GTプロジェクトリーダー 松本雅彦 現場レポート
vol.39 特別対談:瀧 敬之介×松本雅彦

新たなプロジェクトリーダーと共にタイトル奪還を誓う
世代を越えて受け継がれるHonda レーシングスピリット

—今回は現場レポートの特別編として、2011年シーズンまでHondaのGTプロジェクトを率いてきた瀧 敬之介プロジェクトリーダー(以下PL)と、2012年シーズンより同プロジェクトを率いる松本雅彦PLに登場願い、対談形式でHonda GTプロジェクトへの思いと今シーズンの抱負を語ってもらいます。なお、厳密には“瀧元PL”と“松本新PL”と呼ぶべきところですが、ここでは便宜上、ふたりともPLとさせていただきます。まず、瀧PLから松本PLを紹介していただけますか?

瀧 敬之介PL(以下、瀧)「最初に、私がGTプロジェクトリーダーの任を降りて、2012年より松本雅彦がPLに就任することをお知らせします。この変更は、今年私が定年退職となるためです。PL在職中の2年間、みなさまにはいつも熱いご声援を送っていただき、本当にありがとうございました。松本は1986年の入社で、入社直後の2年間は量産車を担当しましたが、それ以降は一貫してモータースポーツ、というかF1を担当してきました。第3期F1が終了してからはSUPER GT担当となり、近年はGTプロジェクトのエンジン部門をとりまとめる役目を務めてくれていました。私はどちらかといえば量産車開発を中心にやって来て、モータースポーツ畑はそれほど長くありませんでした。しかし、松本は私よりもはるかにレース経験が豊富なので、すばらしいPLになると確信しています」

—では、長年モータースポーツを担当してきた松本PLにとって、Hondaのレーシングスピリット、もしくはチャレンジスピリットとはどういうものですか?

松本雅彦PL(以下、松本)「みなさん、はじめまして。今シーズンよりHonda GTプロジェクトのリーダーを務めることになりました松本です。今後もみなさんのご期待に応えられるように全力で職務に取り組みますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。Hondaのレーシングスピリット、またはチャレンジングスピリットに関する質問ですが、私は、両方は同じものだと思っています。もともとHondaは、創業者の本田宗一郎がいろいろなものにチャレンジすることで会社の規模を拡大してきました。そこには、世界一のモノを作るというこだわりが常にあって、それが次の世代、次の世代へと引き継がれてきた。この、世界一のモノを作るというこだわりは、量産車でもレースの世界でも変わらないんですね。そして、このこだわりこそがHondaの文化であると私は考えてきました」

—その点、瀧さんはどのようにお考えですか?

瀧「基本的に松本と同じですが、ひとつ付け加えるとしたら、世界一になるというチャレンジングスピリットの出発点として、負けるのがきらいとか、真似したくないという気持ちがあると思うんです。つまり、自分たち自身のアイデアや技術を使って世界のトップをとりたいと思ってる。ですから、我々のこういう考え方というか姿勢を表現するのにレースほど適しているものはないと思います。なにしろ、技術で優れたクルマを作って、それで競争して1番を取ろうとしているわけですからね。だから、Hマークのついたクルマに先頭を走らせたいと、私はそれだけを考えて仕事をしてきました。それも、技術の力で速くする。これが一貫した目標でした」

—やはり1番になることは大事ですか?

松本「はい、1番でなければ意味はありません。2番は負けなんです」

—なぜ、それほど1番が大切なのでしょうか?

松本「ライバルと技術で競争しているとき、どこまで努力すれば1番になれるかわかりません。つまり、すべての面で妥協なく努力し尽くすこと。だから、1番という成績は、誰よりも努力したことを示す勲章でもあるのです」

—ただし、1番になるための努力はさぞかし大変でしょう。

松本「確かに大変かもしれませんが、それだけ一生懸命やって1番になると、ものすごい達成感を得られます。私は第2期F1にも関わっていましたが、当時は大変な達成感が得られました。もっとも、本当に大変なのは、最初に勝つことよりも、勝った後のほうかもしれません。なにしろ、1回勝ったら、今度はそれを維持しなければいけない。そして1番のポジションを維持するためには、自分自身が常にさらに上の目標を設定していかなければいけない。言い換えれば、自分でどんどんハードルを上げていくようなもの。そうしないと勝ち続けることはできないんです」

—第2期F1では1988年に16戦中15勝という不滅の金字塔を打ち立てています。これを達成したマクラーレン・ホンダは、ライバルと比較して性能面で相当大きなアドバンテージがあり、毎戦余裕で優勝しているように見えましたが、実際に関わっていたみなさんはどんな心境でしたか?

松本「少なくとも余裕は全然ありませんでした。むしろ、毎回綱渡りの連続で、楽勝で勝てたなんてことは一度もなかった。少なくとも、当時F1に関わっていたメンバーはみんなそう思っていましたよ」
瀧「でも、本当は圧倒的な差で勝たないとダメなんだよね。圧倒的な差で勝って初めて、大きな達成感が得られる」
松本「そうですね。やっぱりHondaのレースは圧倒的な勝利を収めないといけません。そうしないと、Hondaらしいレースとはいえないような気がします」

—では、目標としていたタイトル防衛を果たせなかった2011年シーズンを、瀧さんはどのように捉えていましたか?

瀧「悔しい一年でしたね。2010年にタイトルを取ったクルマを、あえてサイドラジエターにする大手術を行いましたが、いろいろなことがあって自分たちの思い通りにならなかった。言い換えると、クルマとしては速かったけれど結果を残せませんでした。そういう意味で本当に悔しいシーズンだったと思います」
松本「たしかに、技術的に一つひとつのことを見ていくと、みんなうまくいっていた。けれども、それらがちゃんとつながらずに、トータルとして結果を出せなかったような気がします」

—裏を返せば、結果には表れなくても、技術的には着実に進化していたというわけですね?

松本「そうですね。だから、HSV-010 GTを速くするための材料はもうそろっているんです」

—では、2012年モデルの特徴を説明してください。

瀧「2011年にサイドラジエター化した際、ヨーモーメントの減少は数%程度で、これだけではラップタイムが速くならないことはわかっていました。それでもサイドラジエター化を実施したのは、ドライバーにクルマが意のままに動く感覚をつかませることで、結果的に自由にクルマを操れるようになり、タイムが削られることを狙ったからです。一方、シーズン後半はいくつかアップデートを行って、クルマ自体の性能をさらに上げ、ドライバーに頼らなくても速くなる方法を考えていました。残念ながら、予定していたアップデートは実施できませんでしたが、2012年モデルはこれらがしっかりと盛り込まれています。だから、サイドラジエターになったHSV-010 GTで、本来やりたかった形に仕上げたものが2012年モデルなのです。これは、サイドラジエターの本来あるべき姿や車両バランスでもあり、性能は確実に上がっていると信じています」

—それは楽しみですね。最新バージョンのHSV-010 GTを走らせることになる松本PLは、どのように取り組んでいく予定ですか?

松本「自分にはF1での経験があるので、F1でやっていてSUPER GTでまだ取り入れてないことを重点的に取り入れるつもりです」

—もう少し具体的に教えていただけますか?

松本「クルマの走行に関する情報をたくさん集め、それらを解析し、レースに反映させていく。こうした情報戦略を今季は強化していきます。中でも、できるだけ多くの情報を収集するとともに、それを正確に解析し、素早くクルマに反映させることに力を入れていくつもりです」

—収集した走行データを次回のセッティングなどに生かしていく手法は2011年にも取り入れていましたね?

瀧「はい。たとえば昨年のJAF GPでは、第1レースの走行データ(山本尚貴)を解析し、それを第2レースに活用することで#100 RAYBRIG HSV-010(伊沢拓也)が優勝しました」
松本「この、解析データを次の走行時のセッティングに反映させるスピードを、今年はさらに上げるつもりです。セッションの中で手に入れたデータを解析してそのセッションの中で今まで以上に精度を上げて反映させる。そのくらいの速さを目標としています」

—最後になりましたが、瀧さんは退職後、どのような毎日を過ごす予定ですか?

瀧「そうですね、いままでなかなかできなかった自分の趣味に没頭しようかな、と考えています」

—どのような趣味ですか?

瀧「釣りが好きなんです。フライ釣りもやりますし、自分で手巻きフライも作ります。竿もずいぶん買い込んで、家に置いてあります。バイクも若い頃から大好きで、一時は10数台持っていました。あとはギター、これも若い頃からですね。アコースティックギターもエレキギターも両方持っていますが、最近昔好きだったギターを偶然見つけてしまって、これは衝動買いしました。ここ最近は、こういった趣味ができていませんでした。というのも、趣味に乗馬が加わってからは乗馬ばかりになってしまっていたんです。乗馬は、どうしても乗ると一日がかりになってしまうので、週末はほとんど乗馬で終わってしまいます。これからは時間ができるので色々な趣味を再開したいと思っています」

—ずいぶん多彩な趣味ですね。松本さんの趣味はなんですか?

松本「私はラジコンのヘリコプターを飛ばしています。実は私は、飛行機のライセンスを持っていまして、今は飛んでないんですが、その代わりにラジコンを飛ばしています。子どもの頃から機械いじりが好きで、気がついたらHondaに入社してました。ですから、飛行機やエンジンなど、自力で動く機械が大好きなんです」

—ラジコンのヘリコプターは、墜落させるとずいぶん出費が大きいと聞きましたよ。

松本「かえって気晴らしにならないかもしれませんね。なので、落とさないように楽しんでます」

—今日はどうもありがとうございました。Honda GTプロジェクトのますますの成功を期待しています。

松本「はい。今年はタイトル奪還を最大の目標にしておりまして、そのことは社内的にも宣言しています。第1戦からポール・トゥ・フィニッシュで優勝できるように準備を進めていますので、ファンのみなさんの応援をどうぞよろしくお願い申し上げます」