GTプロジェクトリーダー 瀧敬之介 現場レポート
vol.30 Rd.6 富士 レビュー

苦しい状況下でHSV-010 GTの実力を最大限に発揮
残り2戦に逆転タイトル獲得の望みをつなぐ

 超高速サーキット、富士スピードウェイでのSUPER GT第6戦が終わりました。結果は#17 KEIHIN HSV-010(金石年弘/塚越広大組)が3位となって表彰台に上ったほか、タイトル争いを演じる#1 ウイダー HSV-010(小暮卓史/ロイック・デュバル組)も4位に入賞して貴重な8ポイントを獲得しました。残る3台を含め、Honda勢は苦しい状況下でも最大限に実力を発揮したと考えています。
 レース自体もとても面白かったと思います。中でもレース終盤、#17 KEIHIN HSV-010に乗る塚越選手がライバルと繰り広げた2位争いは緊張感にあふれるもので、最後まで目が離せませんでした。HondaのGTプロジェクトリーダーとして現場を預かっている私の立場でいえば、今回と全く同じ相手であるライバルの術にはまってミスを犯した第1戦岡山大会。あの時の再現にならなければいいと願っていましたが、塚越選手は最後まで冷静にバトルを挑み、しっかりと完走を果たしました。よくがんばってくれたと思い2位になれなかったのは残念ですが、ファンのみなさんには手に汗握るバトルを楽しんでもらえたことでしょう。正直、私自身も肩が凝りました(笑)。

 プレビューでもお話ししたとおり、今回の第6戦富士大会にはいささか自信をもって挑みました。昨年、HSV-010 GTは富士スピードウェイを苦手としていると言われ続けましたが、車両バランスの見直しやセッティングの煮詰めを行っていく中でストレートスピードが伸びないという課題を克服、ライバル勢を上回るパフォーマンスを手に入れたと確信していたからです。
 しかし、蓋を開けてみれば、予選ではレクサス勢にトップ5を独占されてしまいました。もともと富士スピードウェイを得意としていたSC430ですが、ここにきて新たに何かを見つけたのではないか、と思われるほどでした。Honda勢の最上位は#8 ARTA HSV-010(武藤英紀/小林崇志組)の6位。さて、いかにして反撃すればいいだろうか?というのが予選を終わった時の正直な気持ちでした。

 今回、我々は状況を慎重に見極め、そこに柔軟に対応しながらレースを戦うという戦法を選びました。決して派手な戦い方ではありませんが、自分たちの実力を最大限に発揮するという意味では有効な手法です。予選で使ったタイヤも、レーススタートで使わなくてはならないことを考慮した確実なタイヤ選びを行っていました。ですから今回は、この地道な作戦が期待通りの成果を生み出しました。

 まず、#17 KEIHIN HSV-010は金石選手のドライブでスタートしたものの、思ったほどペースが上がりません。決勝レースのスタートは、予選で使ったタイヤで臨まなければなりませんが、一度温めたタイヤを冷やし、改めて使おうとすると、タイヤ本来の性能を発揮できないことがまれにあります。実は、今回は#32 EPSON HSV-010(道上龍/中山友貴組)にも似た症状が出て、前半を受け持った道上選手のペースが伸び悩んでしまいました。このため、#17 KEIHIN HSV-010は予定よりもやや早めにピットインさせ、新しいタイヤに交換するとともにステアリングを塚越選手に委ねて後半の追い上げを期しました。

 この作戦が見事に的中、塚越選手はじわじわと追い上げて、35周目には5番手まで浮上しました。実は、その過程で#1 ウイダー HSV-010もオーバーテイクしています。ただし、ポイントテーブル上では#1 ウイダー HSV-010が2番手で#17 KEIHIN HSV-010は5番手。今後のことを考えれば、チームオーダーを発令して#17 KEIHIN HSV-010に「抜くな!」と指示してもおかしくない状況です。けれども、我々はチームオーダーを出しませんでした。サーキットでは1台1台が全力で戦っている姿をファンのみなさんにご覧いただきたい。そう願ったからです。#1 ウイダー HSV-010の後方に#17 KEIHIN HSV-010が迫ったとき、私から塚越選手への指示はたったの一言でした。「ぶつけるなよ」 あとは存分に戦えばいい。そんな思いを込めて発した言葉でした。

 結果的に#17 KEIHIN HSV-010が先行したことで、#1 ウイダー HSV-010の獲得ポイントは2点減りました。この2点が、タイトル争いの結果に決定的な影響を与えることになるかもしれません。それでも私の判断は間違っていなかったと信じています。徹底したフェアプレイ。それこそがHondaらしい戦い方だと信じているからです。

 4位に入った#1 ウイダー HSV-010もよくがんばりました。前半はデュバル選手がいいペースで走っていましたが、タイヤの寿命が終わりつつあったので、やや早めの25周でピットに入れ、小暮選手に交代させました。このときのピット作業は、およそ24秒。ひょっとすると24秒を切っていたかもしれません。他のチームは26秒台がほとんどだったので、これは見逃せないアドバンテージとなりました。日頃からメカニックのみんなが熱心に練習を続けたおかげだといえます。後半を受け持った小暮選手もいい走りを見せてくれました。こうして、チーム全員が一体となって戦った結果、8番グリッドから4位まで追い上げてフィニッシュできました。ハンディウエイトが88kgだったことを考えれば、この結果は上出来だといえます。

 一方、小林選手の奮闘によりHonda最上位の予選6番手を勝ち取った#8 ARTA HSV-010は、決勝ではステアリング系のトラブルに見舞われて14位に終わりました。序盤は6番手につけていただけに、この結果は残念でした。トラブルの原因を詳しく追求し、再発の防止に努めたいと思います。

 #32 EPSON HSV-010は、前述した予想外の症状に苦しめられ、ペースが上がりませんでした。その原因が判らないままピットストップを引き延ばしたこともあり、追い上げのチャンスを失い、12位でチェッカーフラッグを受けました。戦略次第ではもう少し上位が狙えたと思うと残念ですが、次戦以降の活躍に期待したいところです。

 #100 RAYBRIG HSV-010(伊沢拓也/山本尚貴組)は、予選ではリズムに乗りきれずに15番手と低迷しましたが、決勝では山本選手が粘り強く戦い、5位までポジションを上げてフィニッシュしました。山本選手は、ライバルたちが軒並みタイヤを使い果たしてペースを落としていくなか、1人タイヤをうまく使いながら安定したラップタイムで周回することでポジションを上げました。タイヤに優しいHSV-010 GTの特性を山本選手がフルに引き出してくれた結果といえるでしょう。

 ところで、#1 ウイダー HSV-010とタイトル争いを繰り広げているライバルは今回7位でフィニッシュ。その結果、2台のポイント差はそれまでの12点から8点に縮まりました。スタート前、#1 ウイダー HSV-010に乗るデュバル選手と小暮選手には「とにかくライバルの前でフィニッシュして欲しい」と伝えていたので、まずは第一目標を達成したといえます。
 今シーズンも残り2戦。逆転タイトル獲得の可能性は決して小さくありません。今後もチームの総合力を武器にHSV-010 GTのパフォーマンスをフルに発揮し、ドライバー部門とチーム部門のダブルタイトル獲得を目指していきます。引き続き5台のHSV-010 GTに熱い声援をよろしくお願いします。