GTプロジェクトリーダー 瀧敬之介 現場レポート
vol.22 Rd.1 岡山レビュー

テクニカルコースを抜群のスピードで駆け抜けた
HSV-010 GT、しかし栄冠は手に入らず

 前回の岡山プレビューで触れたとおり、私たちは大きな期待を抱いて第1戦岡山大会に挑みましたが、残念ながら、今回も思いどおりの結果を残すことができませんでした。
 今回の第1戦岡山大会は東日本大震災の影響で延期されたため、第2戦富士大会のほうが先に開催されましたが、あくまでも岡山大会の呼称は第1戦であり、いささか“わかりにくい”ので注意が必要です。例年の岡山大会は、まだまだ寒い4月の初旬に行われてきたので、この時期の岡山の走行データやタイヤデータがありません。しかし、それは全車同じ条件ですから、この限られた走行の中で決心しなくてはなりません。
 予選前日に行われた習熟走行、それに予選当日に行われた公式練習では、いずれも#100 RAYBRIG HSV-010がHonda勢では、上位に立ち、仕上がりのよさを印象づけました。逆にチャンピオンマシンの#1 ウイダー HSV-010は、いまひとつリズムに乗ることができませんでした。
 ノックアウト方式で行われた予選を制したのは#17 KEIHIN HSV-010の金石年弘選手と塚越広大選手のコンビ。続いて#100 RAYBRIG HSV-010(伊沢拓也/山本尚貴組)が予選3番手、#8 ARTA HSV-010(武藤英紀/小林崇志組)が7番手、#1 ウイダー HSV-010(小暮卓史/ロイック・デュバル組)が9番手、#32 EPSON HSV-010(道上龍/中山友貴組)が13番手となりました。

 この結果は、我々が思い描いていたものとは大分異なっていました。#17 KEIHIN HSV-010と#100 RAYBRIG HSV-010が#1 ウイダー HSV-010に匹敵するスピードの持ち主であることは昨シーズンの段階ですでに明らかになっていたので、この2チームが上位に食い込んだことは意外ではなく、大変うれしい結果でした。ただし、ポールポジション獲得を目標としていた#1 ウイダー HSV-010の9番手の予選順位は大変残念な結果でした。予選3回目で上位を目指した彼らは、タイヤを温存するために予選2回目のアタックを早めに切り上げたものの、これが裏目に出て予選3回目に進出できなかったのです。
 以前にもお伝えしたように、ノックアウト方式の予選に関するルールが今季より変更になり、予選2回目で使ったタイヤで予選3回目と決勝のスタートを走行しなければいけないことになりました。そこで予選2回目の走行を最小限に抑えたのですが、目標として設定したタイムが予選3回目に進出するには不十分で、このため9番手に終わってしまったのです。これは読みが甘かったと認めざるを得ません。
 #32 EPSON HSV-010は金曜日の走行で10番手、土曜日の午前中には5番手につけており、予選ではトップ10が十分に狙えると踏んでいましたが、予選開始時に若干上がった気温にあわず、予選は13番手となってしまいました。これも予想外だったことのひとつです。
 決勝のペースであればライバルに引けをとらない#8 ARTA HSV-010は、レースでのドライバーの乗り易さを優先して硬めのタイヤでアタックしたため、予選は7番手に終わりました。やはり硬いタイヤで一発のタイムを出すという面では、ドライバーの経験が少ない事が不利だったと思います。別の見方をすれば、硬いタイヤで7番手をとれたのは立派だったともいえます。

 こうして5台のHSV-010 GTは、異なるタイヤとそれぞれの予選順位から決勝に挑むことになりましたが、レース戦略もそれぞれに異なったものとなりました。
 まず、#17 KEIHIN HSV-010と#100 RAYBRIG HSV-010はマシンの仕上がりがよく、上位グリッドからのスタートだったので、レースの折り返し地点のやや手前でピットインし、ドライバー交代、燃料補給、タイヤを4本交換してピットアウトするという定石どおりの作戦としました。
 一方、#1 ウイダー HSV-010と#32 EPSON HSV-010は後方のグリッドに埋もれてしまいましたが、#1 ウイダー HSV-010にはもともと速さがあるし、#32 EPSON HSV-010はレースでのタイムの落ちが少ない安定した性能のタイヤを用意できていました。そこで、2台ともタイヤ無交換で68周のレースを走り切る決心をしました。逆に上位の成績にこだわると、これしか作戦がないのも事実でした。
 #8 ARTA HSV-010は硬いタイヤなので先ずは確実に温めて、その乗り易さを生かして粘り強く戦って後方からの追い上げを狙いますが、こちらも場合によっては無交換作戦も考えられました。しかしレース前の気温的には、ややレンジが外れているのが心配でした。
 こうした様々な作戦を立てられるようになったのも、HSV-010 GTを走らせるチームの実力が向上してきたからだと思います。この点は、昨年一年かけてチームの底上げを図ってきた成果といえるでしょう。また、タイヤ無交換の作戦を立てられたのは、HSV-010 GTのタイヤに優しいという特徴があればこそでした。いずれにせよ、選択できる戦略の幅が広いことは、シーズンを通じて安定した成績を残すにはとても重要なことだといえます。

 では、決勝はどうだったのでしょうか? 心配していたようにタイヤが全く温まらないため、スタート直後から次々に順位を落としてしまった#8 ARTA HSV-010以外は、あるところまでは順調に作戦通りの走行を続けていました。ところが、それぞれのHSV-010 GTに次々と予想外の事態が起こり、当初の狙いを達成することはできませんでした。何が起きたのか、それぞれ順に見ていきましょう。
 まず、予選3番手の#100 RAYBRIG HSV-010は、2番グリッドからスタートする#12 カルソニック IMPUL GT-Rにプレッシャーを与え続け、チャンスが見えたところで追い越し、#17 KEIHIN HSV-010と1-2フィニッシュを果たすのが目標でした。実際、最初の数周は猛チャージを仕掛けていましたが、10周目あたりでタイヤカスを拾ってペースががっくりと落ち、3番手を守るのが精一杯という状況に追い込まれてしまいます。
 
 #1 ウイダー HSV-010と#32 EPSON HSV-010にはいずれも不運なアクシデントが起きました。#1 ウイダー HSV-010はデュバル選手から小暮選手に交代したとき、シートベルトのロックが効かなくなるトラブルが発生し、1分以上もピットストップすることになりました。タイヤ交換に要する時間を削り取って上位進出を狙うタイヤ無交換作戦は、この瞬間、水泡に帰したといえます。#32 EPSON HSV-010は道上選手の激走で順位を上げた後のピットインで、中山選手がタイヤ無交換で飛び出して行きましたが、ピットアウト直後から温まっているタイヤでの猛チャージの際他車と接触、これでホイールが割れてしまい、結局もう1度ピットに戻ってタイヤ交換せざるを得なくなり、下位へと沈みました。
 残る#17 KEIHIN HSV-010は金石選手が序盤から順調なペースで走行し、2番手を引き離していきます。しかし29周目にピットインして塚越選手に交代した際のピット作業で、いくつかのミスが重なりかなりのタイムロスをしてしまいました。これはチャンスとばかりに次の周にピットストップを行ったライバルは、我々よりもさらに素早い作業で送り出し、ここで順位が入れ替わってしまいました。とはいえ、我々のペースはライバルを格段に上回っていましたし、ドライバーはいつも攻めの走りを見せる塚越選手なのでいけると信じていました。昨年のSUGOでは、最終ラップのチェッカー間際に#1 ウイダー HSV-010を鮮やかに抜き去ってチームに初優勝をプレゼントしていますし、塚越選手であればきっと大丈夫と、そんなふうに思っていました。
 しかし、今回はなぜか焦りが先行してしまったようです。45周目のヘアピン進入のブレーキングで、突っ込み過ぎた#17 KEIHIN HSV-010はギャップでブレーキをロックさせ、姿勢を崩してトップのマシンと接触してしまいます。これで2台はスピン。塚越選手の動きは素早く、トップでレースに復帰しましたが、二車の接触は後ろにいた塚越選手に非があるのは歴然としています。もう1台のマシンもすぐにコースに復帰できましたが、#17 KEIHIN HSV-010にはこのアクシデントの責任を問われてドライブスルーペナルティが科せられてしまいます。これを消化して4番手でコースに戻った塚越選手は、あきらめることなくプッシュを続けてライバルの1台を抜き去り3位でフィニッシュしました。
 前に進もうとする気持ちが人一倍強く、そのためエキティングなレースを何度も見せてくれた塚越選手ですが、今回ばかりは若さが出てしまったようです。残りラップが少ない状況であればあの突っ込みも理解しますが、今回は残念な結果となりました。塚越選手には今後の活躍を改めて期待したいところです。
 もしも#100 RAYBRIG HSV-010がタイヤカスを拾っていなければ、もしも#1 ウイダー HSV-010にシートベルトのトラブルが起きなければ、などなど、各車に“もしも”が言えたならば、結果は全く異なったものになっていたはずです。しかし、レースは全力で前を狙うのが大切ですし魅力だと私たちは考えています。ですから今回の結果に対して“たら、れば”を語るつもりはありませんし、ここは素直に敗北を受け入れています。
 とはいえ、今回のレースは我々にいくつもの収穫をもたらしました。各チームの実力が上がってきたこと、HSV-010 GTのタイヤに優しい性格が再確認されたこと、そしてレース中のペースがライバルを凌駕していたことなどは、今後のチャンピオン争いを戦っていく上で非常に心強い要素です。 
 富士、そしてここ岡山と、つまらない原因での苦しいレースが続きました。しかし、シーズンはまだ始まったばかり。ここから巻き返しを図っていきたいと思っていますので、SUPER GTを戦う5台のHSV-010 GTに、今後も熱いご声援をお願いします。