vol.20 | Rd.2 富士 レビュー |
ストレートスピードが劇的に進化したHSV-010 GT、 |
東日本大震災におきまして、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げますと同時に、1日も早い復興をお祈り申し上げます。
すでにテレビなどの報道でご承知のとおり、私達の開発拠点である栃木研究所も今回の地震で被災しました。レース部門の建屋が壊滅した事もあり、今シーズンへの準備ではスケジュールに多少の遅れが発生してしまいました。やはり地震の影響でSUPER GTの合同テストがキャンセルされてしまいましたが、2011年型HSV-010 GTの開発は震災前にかなりの部分の確認と対策を終えており、開幕戦から高いパフォーマンスを発揮できると確信できました。
当初、4月2〜3日に予定されていた第1戦岡山ラウンドが5月21〜22日に延期された関係で、今年は第2戦で開幕するいささか変則的なスケジュールとなりました。しかもその舞台は、昨年の第3戦で苦戦を強いられた富士スピードウェイです。あのときHonda陣営の最上位は17号車の5位。不振の原因はストレートスピードが伸び悩んだことにありました。ちなみに2010年のSUPER GTでHSV-010 GTが1台も表彰台に上らなかったのは、後にも先にもあのとき1度だけです。非常に悔しい思いをしたことを、いまもよく覚えています。
結果を先に言ってしまうと、今回の最上位は昨年と同じ17号車、ただし順位は昨年を下回る8位と、昨年以上に悔しい結果となってしまいました。この事実だけを見ると、HSV-010 GTは引き続き富士スピードウェイを苦手としているように思われるかもしれませんが、そんな事はありません。予選前日の4月29日にここ富士で行われた習熟走行では、昨年のチャンピオンカーである1号車がトップタイムをマークしていますし、予選当日の公式練習でも100号車が2番手タイムを出しました。ストレートスピードもライバル勢にまったく引けをとっていないばかりか、いくぶんリードしているような状態です。このため、1号車の予選アタッカーを務めることになっていたロイック・デュバルは「これだったら絶対にポールポジションをとれる」と意気込んでいました。つまり、マシンは高いパフォーマンスを示していたのです。
“戦いの風向き”が変わり始めたのは、公式予選でのことでした。空には雲が広がって日の光が遮られ、強い風が吹き始め路面温度が急激に下がりました。おそらく10℃は下がったでしょう。この影響で、それまで良好なグリップを発揮してくれていたタイヤが、本来の能力を発揮しなくなってしまいました。
みなさんご存知のとおり、レース用のタイヤは負荷をかけて発熱させ、この熱でタイヤ表面のゴムを半ば溶かすことによって高いグリップ力を発揮します。よくスタート前のローリングでマシンを左右に蛇行させていますが、あれはタイヤに負荷をかけて発熱させることを狙っているのです。もっとも、タイヤを発熱させるにもそのタイヤに適した温度レンジがあるので、通常、気温や路面温度にあわせて何種類かのタイヤを用意しておき、そのなかからコンディションにマッチしたものを選びます。これをタイヤ・チョイスといいますが、今回はこの急激な温度の低下に対して、持ち込んだタイヤの温度レンジが外れてしまったと言う事です。つまり、マシンのパフォーマンスとしては高いポテンシャルを持っていながら、タイヤも含めた全体性能を充分発揮させられずに苦戦を強いられたのです。
このため、予選では100号車の7番手が最上位という結果に終わりました。
決勝は雨となりました。予選での不振をばん回する好機ととらえていましたが、雨のなかで思いもよらないトラブルがHSV-010 GTに襲いかかりました。フロントウインドーが曇り、ドライバーの視界が奪われてしまったのです。
これまでにも何度かHSV-010 GTをウエットコンディションで走らせていますが、このような症状が出たことは1度もありませんでした。したがって詳しい解析を行わない限り原因は特定できないものの、思い当たる節がないわけでもありません。
すでに何度かご説明しているとおり、2011年モデルのHSV-010 GTでは、エンジン冷却用のラジエターを車両の最前部ではなく前輪の後方に置く“サイドラジエター方式”を採用しました。これによってフロントを“軽く”し、ドライバーが意のままに操れるクルマに仕上げようとしたのです。この変更に伴い、クルマ全体のエアロダイナミクスも見直しました。ラジエターの位置が変われば冷却気の経路も変わり、それにあわせてクルマ全体の空力特性を見直す必要が出てくるからです。また、ストレートスピードがとりわけ重視される富士スピードウェイを戦うためには、空気抵抗が特別小さい専用の空力パッケージを用意するのが一般的です。今回、我々もこの“富士エアロ”を2011年型HSV-010 GTのために作りました。
この新しい富士エアロでは、ボンネット上のルーバー(細い切れ目を何列も重ねた外観の排気口)をすべて取り去っています。その結果、空気抵抗は小さくすることができ、最高速も上げる事ができました。しかし、ラジエターダクト以外からエンジンルーム内に入った空気は行き場が限られてしまう結果となります。これが、思わぬ落とし穴となりました。ルーバーという空気の出口を失ったことで、エンジンルーム内やウインドー廻りの空気の流れが全く変わってしまいました。これ自体はドライであれば全く問題はありませんが、ウエットコンディションではウインドー内外の温度差や湿度の関係から、曇りが発生したのではないか。これが現時点での私の推測です。
この推測が正しいかどうかは、しっかり検証してみなければわかりませんが、原因さえ特定できれば対策はさほど難しくないと思われます。また、ボンネット上のルーバーを全て塞ぐのは富士だけなので、おそらく富士以外のサーキットでは雨が降ってもフロントウインドーは曇らないと思われます。ただし、原因が他にある可能性も完全には否定できないので、まずは原因の究明、そしてその適切な措置が必要になってくると考えています。
大変悔しいシーズンの幕開けとなってしまいました。開幕戦での勝利を信じて応援して下さった皆様や、後方スタートとなったレースでも、寒い雨の中で最後まで見守って下さった方々には、大変残念な結果となり申し訳有りませんでした。レース直後には悔しさと情けなさで一杯でしたが、今は次へとスイッチを切り替えました。次戦はツイスティなことで知られる岡山国際サーキットが舞台です。岡山はHSV-010 GTがもっとも得意とするコースのひとつですし、シーズン前のテストでもじっくり走り込んで強い手応えを掴んでいます。昨年、第2戦として開催された岡山でHSV-010 GTが初優勝を飾ったことも鮮明に記憶に残っています。今回の雪辱を果たすためにも岡山ラウンドには全力で挑みます。引き続き5台のHSV-010 GTに熱い声援をお送りくださいますよう、よろしくお願いいたします。