vol.7 | Rd.4 セパン レビュー |
酷暑のマレーシアで明らかになった課題と期待 |
灼熱の戦い、SUPER GT第4戦セパンが幕を閉じました。ただし、私自身は今回、レースの現場に立ち会えませんでした。これはテストも含めてHonda GTプロジェクトのプロジェクトリーダーを拝命して以来、初めてのことですが、この時期に持病の治療をしなければいけなくなり、それでマレーシアには行かず、国内の病院で療養に専念することにしました。現場のトップとしては非常に残念なことですが、週末の様子についてはプロジェクトのメンバーから逐次報告を受けていましたので、ここではいつものように、私の視点でレースの模様を振り返ってみたいと思います。
シーズン前に岡山国際サーキットと鈴鹿サーキットで慌ただしくテストを行なったHSV-010 GTにとって、マレーシアのセパンを訪れるのは当然のことながら今回が初めてです。ライバルのなかには、開幕前にセパンでテストを行なったチームもありましたが、当時、まだ完成したばかりのHSV-010 GTを遠くマレーシアまで往復させる時間的余裕はなく、それよりも国内のサーキットで集中的に走り込んだほうが得策との判断から、マレーシアのテストは見送りました。いまでもこの判断は間違っていなかったと信じていますが、結果的にセパンでテストを行なったチームが勝利を収めた事実を考えると、ぶっつけ本番に近い状態で臨んだ不利は予想以上に大きかったのかもしれません。それくらい、セパンというか、マレーシアの暑さは、レーシングカーとレーシングドライバーにとって過酷な条件だったといえるでしょう。
とはいえ、HSV-010 GTは予選の段階から期待に違わぬ速さを示してくれました。土曜日の午前中に行なわれたフリープラクティスでは、さすがに初走行とあってセッティングをまとめきれない側面もありましたが、ここのところジワジワと実力を伸ばしていた100号車がいち早くセッティングの方向性を見つけ出し、他のマシンもこの情報を共有することで、5台中3台のHSV-010 GTがスーパーラップ進出を決めます。続くスーパーラップでもHonda勢は好調で、8号車がフロントロウを獲得したほか、100号車と18号車は3列目グリッドに並び、上位進出が期待されました。
決勝では、32号車に駆動系のトラブルが発生して出走できないという予想外の事態に遭遇しましたが、残る4台のHSV-010 GTは予定どおりスタートを切り、順調に周回を重ねていきます。特に8号車はファーマン選手の頑張りもあり、トップを走るライバルを粘り強く追走していました。ところで、セパンでの我々の戦略は、HSV-010 GTのタイヤに優しい特性を生かし、スティントの後半にペースアップを図って上位進出を狙うというものでした。実際のところ、7周目に一旦2秒まで開いた8号車とトップの差は、その後、ジワジワと縮まっていき、ピットストップを行なう直前の22周目には0.4秒差とテール・トゥ・ノーズの状態に持ち込んでいました。しかも、この周には100号車が3番手、18号車が4番手、17号車が5番手と、つまりトップ5のうち4台までもがHSV-010 GTで占められていたのです。これに続くピットストップさえうまくいけば、Honda勢が上位を独占できるかもしれない。やや楽観的な見方かもしれませんが、この段階ではそんなレース展開も期待できる状況でした。
しかし、レースの折り返しを過ぎると、4台のHSV-010 GTに次々とトラブルが襲いかかります。しかも、4台中3台はクールスーツに起きたトラブルが原因でした。セパンを走るレーシングカーの車内は50℃を軽く超え、時には60℃近くにもなります。このような過酷な環境で、レーシングカーをドライブするという激しい運動を続ければ、ドライバーは間違いなく熱中症に襲われます。そこでセパンのレースでは、何らかの方法でドライバーを“冷やす”ことになりますが、我々はその方法としてクールスーツを選びました。クールスーツとは、いってみれば内部に冷水が流れるパイプを張り巡らしたベストのようなもので、ドライバーはこの上にレーシングスーツを着用してマシンに乗り込みます。クールスーツに冷水を送り込むのはコックピット内に置かれたクーラーボックスで、このなかにはたっぷり氷水を入れておきます。仕組みは単純ですが、それだけに信頼性は高く、マレーシアの酷暑からドライバーを確実に守ってくれるという期待を抱いてクールスーツを選びました。ライバルのなかにはエアコンで車内を冷やすチームもありましたが、マシン自体にメカニズムを追加することはトラブルの原因となりかねず、我々は選択肢から外しました。
しかし、実績もあり安全確実と思って選択したクールスーツに、今回はトラブルが続出してしまったのです。レース後半、100号車のステアリングを握っていた山本選手は、首位争いを繰り広げている最中にトップのマシンと接触してしまいましたが、これもクールスーツの不調により集中力が低下したことが遠因となりました。序盤は2番手を走行していた8号車にも、後半のスティントでクールスーツに異常が起こり、井出選手は次第にペースダウン。ドライブ出来ない状況にまでなりながら彼はマシンを無事ピットまで送り届けてくれたものの、コックピットを降り立ったところで崩れ落ち、そこで意識を失ってしまいました。幸い、メディカルセンターで点滴を受けるなどして事なきを得ましたが、万が一の場合、ドライバーがどれほど過酷な状況に置かれてしまうかを物語る出来事でした。18号車もピットストップの直後からクールスーツが作動しなくなりましたが、小暮選手が冷静にペースをコントロールしながら周回してくれたおかげで、3位でチェッカードフラッグを受けました。残る17号車は、フィニッシュまであと3ラップの51周目まで2位を走行していたものの、目の前を走るGT300車両が突然スピン。これに巻き込まれる形でコースアウトを喫し、残念ながらリタイアに終わりました。
結果的に、今回は様々なトラブルに見舞われましたが、不幸中の幸いだったのはドライバーが全員無事だったことです。ここで、灼熱のなか果敢に走り続けたドライバーたちの健闘をたたえるとともに、彼らの奮闘に心から拍手を贈りたいと思います。
いっぽう、クールスーツのトラブルは不本意でしたが、レース中のペースは我々の目論見どおり尻上がりに速くなっていき、2-3フィニッシュ、もしくは1-3フィニッシュもあり得るレース展開でした。これは、先にもお話ししたとおり、HSV-010 GTのタイヤに優しい特性が威力を発揮した結果だといえます。また、ダウンフォース・レベルが通常のサーキットと変わらないセパンで優勝争いを演じられたという事実は、今後の戦いに大いに期待を抱かせるものです。特に、セパン同様HSVに適した性質を持つ次戦菅生では、しっかりと活躍してくれるでしょう。全8戦で開催されるSUPER GTも、次の菅生からいよいよ後半戦です。今後は目標の“ダブルタイトル獲得”に向けてスパートをかけていきますので、引き続きHSV-010 GTに熱い声援をお願いします。