GTプロジェクトリーダー 瀧敬之介 現場レポート

※写真は2010年シーズンのものです

vol.18 2011年シーズン ウインターテスト編 前半
"速さの感性"を磨く改良
サイドラジエター方式を採用する2011年型HSV-010 GT

新しい年を迎えました。Hondaのモータースポーツ活動に携わる我々も、新シーズンに向けて様々な準備を進めています。昨年デビューイヤーにしてSUPER GTでダブルタイトルを獲得したHSV-010 GTも例外ではありません。そこで今回は、2011年モデルのHSV-010 GTに加える改良点と、新シーズンを戦うチーム体制についてお話ししましょう。

手前味噌になりますが、2010年モデルのHSV-010 GTはとてもいいクルマに仕上がりました。安定していたし、速いし、最終的には空力バランスもとれていた。おかげでチャンピオンを穫れたことは前述のとおりです。けれども、小暮選手を含めた何人かのドライバーからは、こんな話を聞いていました。「HSV-010 GTはコーナーの立ち上がりでは安定していていいけれど、ターンインでちょっとモタッとするような気がする。もっとノーズがシャープにストンと入るようになれば無敵でしょうね」
ミッドシップのメリットを生かして回頭性をとびきりシャープにしたNSX-GTを知る彼らには、HSV-010 GTのターンインはややマイルドなので、彼らのリクエストもわからなくはありません。私自身もハンドリングの初期応答性のいいクルマが好きですし、ノーズの動きに遅れが少ないクルマのほうが乗りやすいと感じます。また、運転操作に対する遅れが少なく、ドライバーが気持ちよく走れるクルマ作りは、レーシングカーの基本的な考え方でもあります。そこで我々は、FRレイアウトを採用するHSV-010 GTの回頭性を向上させることを、2011年の目標にしました。

では、どうすればクルマの回頭性はよくなるのか? NSX-GTでは、エンジンというクルマのなかでいちばん重い部品を車体の中央近くに搭載し、いわゆるヨーモーメントを小さくすることで鋭いターンインを可能にしました。ただし、現在GT500クラスのレギュレーションには、エンジンはフロントに搭載し、次に重いギアボックスはトランスアクスルでリヤに搭載することが明記されています。そこで我々が着目したのがラジエターの搭載位置でした。
2010年モデルのHSV-010 GTでは、ラジエターを前車軸より前方のフロントオーバーハングに搭載していました。空気の流れや冷却水経路の確保を考えれば、これがいちばん素直なレイアウトだったからです。ただし、内部が水で満たされたラジエターは総重量が10kgを超す、重い部品となっています。ヨーモーメントを少しでも減らして鋭いターンインを可能とするためには、従来ひとつだったラジエターを2つに分割し、前輪のすぐ後ろに搭載することがベストと思われました。いわゆるサイドラジエターと呼ばれるレイアウトを採用したのです。

ただし、実際に取り組んでみると、これは決して簡単な作業ではありませんでした。まず、ラジエターをどう配置し、配管をどう取り回すかが意外と難しい。また、冷却風の経路が変更されたことで、苦労して改良してきた空力のバランスも崩れてしまいました。それでも風洞実験で何度もトライ&エラーを繰り返すうち、空力はなんとか昨年レベルまで持っていけそうな目処が立ったため、年末のテストでは暫定仕様の試作車を走らせてみました。このときテストを担当したドライバーたちは、サイドラジエター化の効果を実感し、ターンイン、特にターンインでのノーズの入り方がよくなったとコメントしてくれています。
現在は空力の設計もおおむね終了し、今後はテストでバランスなどを煮詰めていくことになりますが、決してサイドラジエターにしただけでクルマが急に速くなるわけではありません。

一例を挙げましょう。ミッドシップだったNSX-GTに比べると、トランスアクスル式のFRを採用するHSV-010 GTのヨーモーメントは10数%悪化しました。NSX-GTは、最後はエンジンとギアボックスの前後関係を入れ替えるなどして、ヨーモーメントを極限まで小さくしていたからです。このため、いくらサイドラジエターとしても、FRにすることで失った10数%をまるまる取り返すことはできず、2011年モデルは昨年型に比べてもせいぜい数%程度しかヨーモーメントは改善されていません。
一方、2010年モデルでは、ラジエターを路面に近い低い位置に寝かすようにして搭載していましたが、2011年モデルではこれが直立に近い状態となったため、結果的に重心高は上がってしまいました。これに伴い、クルマがロールする際の慣性モーメントも大きくなっています。これらは明らかにネガティブな要因で、このためもありラップタイムシミュレターの様なシミュレーションに掛けてみても、サイドラジエター化で速くなるという結果はほとんど出てきません。

実は、これはある程度予想されたことでした。それでもサイドラジエター化に踏み切ったのは、ドライバーのフィーリングをよくすることが、クルマを速くすることにつながるのではないかと考えたからです。どんなに優れたレーシングカーでも、ドライバーのイメージする走りができなければ速いラップタイムは記録できない。逆に、性能が同じであれば、ドライバーのフィーリングに近い動きをするレーシングカーのほうがラップタイムはよくなるという考え方です。クルマは人間が運転する以上、いかにそのドライバーに気持ちよく運転させられるかがクルマ作りの大切な部分であり、Hondaの基本的考え方でもあります。もしも、今年のHSV-010 GTが2010年を上回る活躍を示してくれれば、我々のフィロソフィーが正しいかったことが証明されます。この点からも、我々は2011年シーズンの開幕を楽しみにしているところなのです。

サイドラジエターにしたことを除くと、今年のHSV-010 GTは2010年モデルとほとんど変わっていません。細かいところを含めても、フロントのエアインテーク周りとフェンダー周りの形状を少し変更した程度です。具体的なインテーク周りは、下側の開口部にあった2本の柱をラジエター冷却のために取り除くとともに、その上側に設けたエンジン吸入気用のエアインテークを幅方向に大きく広げました。昨年、前走者のスリップストリームから抜け出してオーバーテイクを仕掛けようとする際、時としてエンジンが軽く息つきを起こす症状が観察されました。おそらく、スリップストリームを抜ける過程でエアインテーク周りに乱流が発生し、これによってエンジンへの吸入が乱れたのでしょう。エアインテークの幅を広げたのは、この影響を少しでも小さくすることが目的です。

さて、ハードウェアの改良点はこのくらいにして、チーム体制についてお知らせしましょう。Hondaチーム全体の陣容でいえば、2010年と大きな違いはありません。ウイダー ホンダ レーシング、オートバックス・レーシング・チーム・アグリ(ARTA)、ケーヒン リアル レーシング、エプソン・ナカジマ・レーシング、チームクニミツによる5台体制も昨年と同じです。ただし、ドライバーはARTAのみ、武藤英紀選手/小林崇志選手のフレッシュなコンビに変わりました。インディカー・シリーズに参戦していた武藤選手と、昨年スポット参戦した第6戦鈴鹿でポールポジションを獲得した小林選手の2人がSUPER GTに参戦するのは、我々にとってごく自然な流れであり、乗るべき人が乗ることになったといってもいいでしょう。
武藤選手と小林選手はすでにウインターテストに参加してHSV-010 GTをドライブしていますが、武藤選手はアウトラップから好タイムを記録するタイプなのに対し、小林選手はコツコツ走って徐々にタイムを縮めていくという違いがありますが、2人とも既にかなりの速さを見せています。今後更に走り込んでいくことで他のHondaドライバーに負けないスピードを手に入れてくれるものと信じています。どうかご期待ください。

さて、Honda陣営の5チームについていえば、5台とも優勝して欲しいと思っていますが、それは少し欲張り過ぎかも知れません。ですので、5台揃ってタイトル争いに食い込めるようにがんばって欲しい。そのためにはチーム間の情報交換が何よりも大切だと思うので、この点を注意しながら今年も戦っていくつもりです。4月2〜3日に岡山国際サーキットで開催される開幕戦まで、あと1ヶ月半ほど。今年もHSV-010 GTに熱い声援をお願いします。

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