GTプロジェクトリーダー 瀧敬之介 現場レポート
vol.17 2010年シーズン総集編 後編
技術開発の手は休めない
2011年モデルの方向性とハイブリッドレーサーの可能性

今回は、少し気が早いようですが、HSV-010 GTの2011年モデルの方向性についてお話ししましょう。なぜなら、これをご説明することが、とりもなおさず2010年モデルの特徴と問題点を浮き彫りにすることになるからです。
HSV-010 GTに乗ったドライバーは、小暮卓史選手を始めとするほとんどの選手がそうでしたが、「HSV-010 GTはコーナーリングで安定していて、いいクルマだね」と言ってくれる。それは嬉しいことでもあるんですが、おそらく、彼らがイメージするクルマの動きとは微妙なズレがあるのではないかとの気もしています。
2009年までSUPER GTを戦ってきたNSX-GTは、ブレーキングからターンインしてクリップにつくまで、本当に素早く、ストンと最大Gまでいけた。その代わり、マシーンの挙動がピーキーで、クリップから先がなかなか踏んでいけなかった。この部分を乗りこなせるようになるには、それなりに経験を積まないといけませんでした。これがいい意味でも悪い意味でもNSX-GTの特色というかキャラクターでした。
いっぽう、FRレイアウトを採用したHSV-010 GTは、ブレーキングからクリップにつくまでの間は、フロントの重さもあって動きはやや鈍い。でも、その代わりに、クリップから先は、安定性が高いのでどーんと安心して踏んでいける。これがHSV-010 GTのキャラクターです。
NSX-GTは軽快な動きが身上であった分、ターンインがよくて脱出が難しい。HSV-010 GTは安定性がいい分、ターンインは鈍いが脱出が得意。つまり、ターンインのよさと脱出時の安定性というのは、本来相容れない、二律背反する要素となる場合もあるのです。だから、仮にHSV-010 GTで素早くターンインできるようにすると、従来のアドバンテージだった脱出時の安定性が失われる可能性があります。でも、ドライバーたちは素早くターンインしたいと思っている。では、どうするべきか?
私は欲張りなので、どちらも実現したいと思っています。つまり、二律背反への挑戦です。そして、これは2010年シーズンの課題を克服することにもつながります。この現場レポートでは何度かお話ししてきたとおり、HSV-010 GTは決勝レースで順位を上げてくることが多かった。これはタイヤに優しい特性のおかげでもあるんですが、欲張ったものの見方をすると、予選での速さと決勝での速さが釣り合っていなかったともいえます。つまり、決勝であれだけ速いのであれば、予選でももっと上位が狙えるはずだ、と。決勝レースで追い上げられるのはもちろんいいことですが、上位グリッドからスタートできればアクシデントに遭う可能性をそれだけ低くできる。だから、予選での速さにもっと磨きをかけたい。2010年シーズンはそんなことも考えていました。
話をターンインに戻すと、鋭いターンインを追求していくとどんどんピーキーな傾向のセッティングになっていきます。しかし、これは予選セッティングのひとつの理想になる可能性もあります。こういうセッティングのクルマを走らせるには、ものすごく緊張して、まるで糸を張りつめるようにしてコーナーリングしていかなければなりません。予選を戦うには、このようなキャラクターのほうが速さにつながる事も考えられます。一方、このセッティングのまま決勝を走りきるのは、思わぬミスを招きかねないので避けたいところです。つまり、予選はピーキーだが一発のタイムが出せるセッティグで戦い、決勝は2010年シーズンのようなやや安定したセッティングにしてあげる。これができると、HSV-010 GTの速さはさらに磨かれるのではないか、と考えています。これが、2011年シーズンに向けた、ひとつの開発の方向性となるでしょう。

ここで、2011年シーズンのことはひとまずおいておき、もう少しスパンの長いお話をしましょう。2010年10月6日にもてぎで行われたSUPER GTの合同テストで、Hondaは1台の実験車を走らせました。ベースとなったのは、我々が“プロト1”と呼んでいるスタディモデル。これはFRレイアウトの研究を行うために、以前、NSXをFRに改造したマシーンです。今回は、これにザイテックのハイブリッド・システムを搭載して、合同テストで走行させました。
その目的は、SUPER GTのシリーズオーガナイザーであるGTAが、将来の検討用にということで、ハイブリッドレーサーを開発してくれるメーカーを探していました。そこで我々も興味があったので手を挙げ、これに応じたというわけです。
ただし、ハイブリッドレーサーの開発は、HSV-010 GTを担当した若手エンジニアたちに任せ、私は敢えて口を出しませんでした。その結果、彼らは自分たちで計画を立て、どんどん開発を進めていきました。その姿を見て、本当によく成長してくれたなあと心から嬉しく思いました。
ゼロから1台のマシーンを作り上げたことのなかった彼らは、HSV-010 GTの開発では戸惑うこともあり、そのプロセスでは私が道筋を示してあげなければならないこともありました。ただし、そうやって1台のマシーンを初期の先行研究の段階から通して、最後には完成させたことで、彼らのなかに自信が芽生えた様に感じています。また、1台のマシーンをまるまる開発するという全体的な流れも把握できたのだと思います。つまり、全体の流れを1度通して経験できたので、最終的なゴール地点を見据えながら日々の作業に取り組める。これは本当に心強いことだと思いました。
ひとりひとりの若いエンジニアたちが成長して、技術者として独り立ちしていってくれることは、Hondaにとって本当に頼もしいことです。若手を軸にHSV-010 GTというプロジェクトを立ち上げてよかったと実感した瞬間でもありました。これは、レースの成績には表われない、でも私のなかではとても大切な成果でした。

そろそろまとめに入りましょう。CO2削減に大きな効果のあるハイブリッド・テクノロジーはHondaにとって重要な技術であると同時に、モータースポーツのありようを一変するかもしれない可能性を秘めています。まず、レースの世界で使うとなると、サーキット走行ではできるだけ短時間でブレーキングを終えるのが望ましいので、回生ブレーキの使い方が市販車とは大きく変わってきます。端的に言えば、減速時だけではバッテリーのチャージが間に合わないので、たとえば加速しているときなどもエンジンパワーを発電および充電に振り分ける可能性が出てくる。つまり、レース中にエンジンが発生するパワーをどのように使っていくかというパワーマネージメントが重要になると予想されるわけです。これはいままで以上に複雑で緻密な制御が要求される考え方で、技術者としてはひとつの面白いチャレンジになりそうです。
言い換えれば、これまではタイヤ交換や給油のタイミングがレース戦略の柱になっていたわけですが、今後は、このパワーマネージメントもレース戦略の主要な要素になってくるかもしれないという事です。我々エンジニアの夢は果てしないものです。きっと、新しいものを考え続ける姿勢は、エンジニアであるのを止めてしまうときまで続くのでしょう。そして、そうした最適な回答を追い続ける姿勢はHondaの真髄でもあります。

2011年も、我々は新しいチャレンジを続けていきます。新シーズンが始まりましたら、またお目にかかりましょう。1年間、本当にありがとうございました。来シーズンもHondaとHSV-010 GTに、どうぞ熱い声援をお送りください。
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