テスト走行を重ね、ついに完成したHSV-010 GTはデビューイヤーで4回のポールポジション(第1戦、第2戦、第6戦、第8戦)、3回の優勝(第2戦、第5戦、第6戦)という好結果を記録した。手強いライバルたちとコース上で競り合ってきたドライバーは、HSV-010 GTのステアリングを握りながら、何を感じていたのだろうか。
小暮 「HSV-010 GTの強みは、ひとことで言うならブレーキングとコーナリング。でも、実は大きいのが『ドライバーがポジティブな気持ちで戦える』っていうことじゃないかと思うんですよ。ドライバーって、ブレーキングやコーナリングで相手に負けると凄く精神的に傷つくんです。『腕で負けた!』みたいな……。でも、HSV-010 GTに乗っていると、そんなふうに傷つくことは、まずないと言っていいです。これは他のクルマと勝負をする上で大きいですよ。鈴鹿のS字とか、130Rとか、みんなよりタイヤ1本分内側を走っていても同じ速度をキープできるんですから」
瀧 「クルマを走らせる側、つまりチームからしてみると、タイヤの選択に幅を持たせられるのもHSV-010 GTの強みじゃないかと思いますよ。予選で硬めのタイヤ、決勝で柔らかめのタイヤ、っていう使い分けができるんです。これは、車体が相当にがっちりつくられていないとできないこと。今のところ、我々の強みになってますよね」
小暮 「あとは、ブレーキングもコーナリングも速いから、これ以上何かを求めたら無い物ねだりになっちゃうのはわかってるんですけど、やっぱりストレートで放されちゃうと、『ストレートがもっと欲しい』って言いたくなっちゃうんです(笑)。一周トータルで見てみると、HSVって圧倒的に速いんですけど」
瀧 「そう、開幕の時は確かに直線が遅かった。それにしても、レクサスが速すぎたね。あそこまでストレートが速くなってるなんて、ちょっと予想外でした。
でも、ストレートを速く走ろうと思ったら、空力ではなくてギアレシオ※を工夫するという考え方もあります。フォーミュラ・ニッポンのエンジンを例に取ると、エンジンメーカー各社、レシオの考え方が全然違う。Hondaは後半に向けて伸びていくようなレシオにしてあるよね」
小暮 「なるほど、そうですね」
瀧 「まあ、とにかく要因は複合的なんですよ。ドライバーだって、自分のリズムで走れないと気持ちよくタイムが出せないだろうし。ロボットが運転していたらそんなことあり得ないわけで、だからクルマづくりはおもしろいんですよね。ずっとうちの若いエンジニアに向かって言ってきた『全体を見てクルマをつくれ』っていうのは、こういう面白さを知って欲しいからというのもあります」
※ギアレシオ ギアの変速比のこと。これを変えることで加速重視のセッティングにしたり、最高速重視のセッティングにしたり、ということが可能になる。
HSV-010 GT開発陣の努力により「扱いやすい高性能」が実現され、#18を走らせる小暮選手とデュバル選手が念願のチャンピオンを獲得した。だが、敢えて聞いてみよう。「今のHSV-010 GTに足りていないものは何か」。当然のことながらここで戦いが終わるわけではない。すでに、開発責任者の瀧の中では、来たる2011年を戦うHSV-010 GTへの想いが、熱く渦巻いていた……。
小暮 「これも、無い物ねだりだって言われるかもしれないですけど……NSX-GTみたいな機敏性が出てきたら最高ですね!あのクルマって、フォーミュラカーみたいにステアリングを切ったらそこからすぐにコーナリングができるんです。いきなり最大Gが出るんですね。でも、HSVはステアリングを切ってから徐々にGが増していって、最後に最大Gが出る。そこでクルマがスライドしても、許容範囲がすごく広いのですごく扱いやすいんですけど、NSX-GTの『最強時代』を知っているからこそ、あの鋭さを求めてしまうというのはありますね
瀧 「おぉ、まったく同じことを考えてます。100パーセント同じ!ほっとしたね!僕が今HSVに足りていないと思うのは、予選用のセッティングがないってこと。NSX-GTはすごくピーキーなんだけど、『一発タイムを出すセッティング』っていうのがあったでしょ」
小暮 「ええ、ありました」
瀧 「ミッドシップって、ターンの前半で稼ぐイメージなのね。ブレーキングしてクイックに入って、アクセルに対してはナーバスだからじわーっとアクセルを開けていく感じ。HSVは、コーナーの前半はあまり鋭くないんだけど、クリッピングポイント※から立ち上がるときに安定しているから、思いっきりアクセルが踏める。速くて安定しているんだけど、ドライバーが『気合い一発』でタイムを出せる余地があんまりない……のが、僕はちょっと気に入らない。ターンの前半に『キュッ』と向きを変えられるクルマをなんとかつくりたいね。それでいい?」
小暮 「ありがたいです!」
レーシングドライバーとして、技術者として、常に前を見据えて突き進むふたりは2010年の結果に何を見いだし、これからのレースで何を目指して行くのか。答えはきっと、とてもシンプルなものになるだろう。
小暮 「僕、ずっとフォーミュラばっかり乗っていたので、GTがこんなにたくさんの人の力で走っているのって知らなかった部分があるんですよ。2005年に道上さんと組んで、いろんなことを彼から教わって、知った部分が大きいですね」
瀧 「普通、ドライバーってあんまり自分の経験を他人に教えたりしないけど、(道上)龍はそういうのはないよね。中山(友貴)にも様々なことを教えてもらったり、タイヤの開発も進めてもらったり、本当に感謝しています」
小暮 「GTでの『ドライバー』の役割って、もしかすると大きなものの中の『駒』なのかもしれないな、って最近思うんですよ。光の当たりやすい、光栄な『駒』なんですけど。だから、HSVの開発陣も、チームのスタッフも、みんなが勝ちたいと思っていて、その中で僕らがそれを達成できたことは、よろこびが何倍にもなることと同じなんです」
瀧 「僕たちが自然と作り出してしまった雰囲気や期待で、知らず知らずのうちにプレッシャーを与えてしまっていた部分もあるかもしれないね。僕自身にとっても重かったけど、ドライバーはさらに重かったんじゃないかな。最終戦の始まる前なんかは、小暮が小暮じゃなかったもんね。相当にテンパってて(笑)。だから、昔よく言ってた『小暮、“ゆっくり速く”だからな!』って声を掛けたりして」
小暮 「懐かしいですね(笑)。あの言葉、久しぶりにかけてもらいました。でも、自分ではすごくプレッシャーに弱いタイプだと思ってたんですけど、今シーズンを通して、追い込まれたときに発揮される力っていうのを発見した気がするんですよね。逃げられないと思ったら正面から立ち向かっていく、そういう戦い方もあるんだ、って。来年はもっともっと自分を追い込んで、速さに磨きをかけていきたい。それが僕の唯一の趣味みたいなものなんですけど……速さが結果として残ったときのよろこびって、すごいものがあるんです。とにかく、速さのみを追求していきたい。もっともっと速くなりたい」
瀧 「小暮が追い求めているように、僕らは技術者としてそれを追い求めたいんです。今年のクルマって、我ながらすごくいいデキでしたけど、全然満足していません。小暮たち、ドライバーの求めに応えて常に進化させていきたいんです。技術者として『できあがったね』ってなったらそこでおしまいです。チャンピオンにはなったけど、もっと先をめざしていきたい。これからも『Honda GTプロジェクト』として力をひとつにして、Hマークのついたクルマを先頭で走らせていきたい。他のクルマだって進化してくるだろうし、永遠にゴールはないですよ」
※クリッピングポイント コーナリングのときにクルマが通る軌跡の、最も内側に当たる場所のこと。コーナーのアウト側から進入し、クリッピングポイントを通って、アウト側から脱出するというのが、サーキットにおける基本的な走り方。