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Honda GTプロジェクトリーダー瀧 敬之介×2010 SUPER GTチャンピオン 小暮 卓史 「Honda GTプロジェクト」で掴んだ栄光

手に入れられるなら、いつでも一番にこだわりたい

ツインリンクもてぎで行われた2010年のSUPER GT最終戦は、#6のレクサスがペナルティを受けた時点で、#18 ウイダーHSV-010にとって俄然有利な状況になっていた。2位の位置をキープして無事にゴールができてさえいればチャンピオンの獲得は可能だったからだ。しかし、先頭を走る#1のレクサスと、小暮選手の間では36周目から熾烈なトップ争いが始まる。時には、軽い接触さえ起こしながら……。

 「最終戦は、我々がチームオーダーを出して#18がチャンピオンを獲れるようにし向けると思った人も多かったかもしれないですね。でも、実際はそんなことはまったく考えもしなかった。チャンピオンシップが懸かっていようが、そうでなかろうが、速いクルマが勝つ。それがHSVならいいし、勝てるようにHSVを作ってきたから。0.025秒差で(塚越)広大に小暮が勝利を奪われたSUGOのレースだって、どちらがポイントランキングの上位だったかなんて、関係なかったですよ」

小暮 「あのSUGOのレースに関して言えば、ドライバーとすればオーダーがどうこうじゃなくて、僕が押さえきって優勝しなくちゃいけなかったんです。それなのに、あのタイミングでGT300クラスのクルマに当たってしまったのが全てでしたね。ただ、僕はHondaの『レースに失礼のないようにする』っていうやり方はすごく共感できます」

 「僕は、(塚越)広大の勝利への執念と、GT300クラスに接触したあと、もとのラインに戻った小暮のフェアさが、あの差になったと思ってる。レースって、だれが先頭を走って最初にゴールするのか、っていうのを楽しみに来てもらっているわけだし、僕らは技術者としてHSVを先頭を走らせたい。だから、まぁ当然といえば当然だとも言えるんだけど。最終戦に関して言えば、ずっとモニターで見ていたんだけど、お客さんも疑問に思ったかもしれない。小暮は2位でもチャンピオンになれたわけだから、ぶつかりそうになりながら1位を目指す必要なんてないといえば、なかった。まあ、僕は『やめてよ小暮……』と『行け行け小暮!』が半々だったかな(笑)」

小暮 「やっぱり、『一等賞』は特別ですから(笑)。予選で獲得するポールポジションって、ある意味自分と戦って手に入れるものじゃないですか。レースは、他人と競って手に入れるもの。意味は全然違いますけど、どっちも価値があるからどっちもこだわりたいんですよね。この間の最終戦は結果は2位でしたけど、一等賞を取れるクルマだったから、本当はトップでチェッカーを受けたかったです」

今年は開発陣の空気が違った

#1との17周にわたる接戦で場内を沸かせた#18 ウイダー HSV-010 GTが2位でフィニッシュラインを越えた瞬間、ドライバーズタイトル、チームタイトルの両タイトル獲得が決まった。小暮選手、デュバル選手にとって、SUPER GTでの初タイトルである。そして、HSV-010 GTはデビューイヤーにしてチャンピオンマシンになることが決まったのだ。

小暮 「僕にとってSUPER GTで初めてのチャンピオンだったんですけど、フィニッシュラインを越えたときに思ったのは、不思議なことに自分がどうこう、ということより『あぁ、みんなよかった!』ってことでした。Hondaのホームコースであるもてぎで応援してくれていたファンの方はもちろん、チームのスタッフや、このクルマを開発してくれたHondaの開発陣の方の顔が頭に浮かんで……。僕らに無用のプレッシャーをかけないように、口には出さないんですけど、今年はとにかくみんなの気合いというか、にじみ出る雰囲気がこれまでとはちょっと違いました。もちろん僕も『勝ちたい』と思っていましたけど、それ以上にみんなの『勝ちたい』という気持ちに報いることができたのが本当に嬉しかったし、ホッとしました」

 「いつもと違う何かがあったとしたら、どのスタッフにも『これは、俺たちのクルマ!!』っていう確かな意識があったことだと思いますよ。去年までのNSX-GTはすごく長いこと走らせていたからわからないけれど、HSV-010 GTに関して言えば、だれ一人として『外側』から見ている人間はいなかったと思う。2009年からSUPER GTのレギュレーションが変わることになり、ミッドシップのNSXは『特認』※という扱いでしか出場できなくなりました。FRのクルマを作らなくちゃ、となったときにHondaにはFRのクルマがない。じゃあ、レギュレーションに合致したクルマを何とかしてつくってしまおう、ということで頑張ったんです。それこそ『みんな』でね」

※特認 一定のハンディキャップを与えるなどして、厳密にはレギュレーションに合致していないマシンが、特別に参戦できるようにする制度のこと。

小暮 「それは、外国人のロイック(・デュバル)にもわかるみたいで、『今年は何が何でも勝つぞ』って話を2人でよくしていました。言葉じゃなくても伝わるものがクルマ全体から放たれているというか、あのHSV-010 GTというクルマを走らせることは、そのくらい背負うものが大きかったんです。それなのに、開幕戦はあんな結果になったじゃないですか。本当にあのあとは生きた心地がしないというか、どうしよう……って、すごく苦しかったですね」

 「まあ、あの後は壊れた車を次のレースまでにきちんと直せるか、っていう苦労がすごくあった。今シーズン一番大変だったかもしれない(笑)。それはそれとして、小暮自身も最初のテスト走行から携わってもらって、開発チームの一員みたいなものだったから、余計そうかもしれないね。ほんと、夏も冬も、季節を問わずたくさん走ったよね……」

HSV-010 GTの「はじめの一歩」に立ち会って

若手エンジニアたちがNSX-GTをベースにしてゼロからつくりあげた、「俺たちのクルマ」が完成したのは2007年の終わり頃。生まれたばかりのクルマを走らせながらデータを集め、HSV-010 GTへの道筋を完成させていく役目は道上選手、そして小暮選手が担っていた。HSV-010 GTのデビューイヤーを終えたいま、HSV-010 GTの「はじめの一歩」を、小暮選手と瀧に振り返ってもらった。

 「小暮にも乗ってもらった最初のプロトタイプ、『プロト1』というのは、NSX-GTをベースにして単純にFR化しただけのクルマでした。空力も考えられてないし、重いし。でも、とにかく若いエンジニアたちにクルマづくりというものを学ばせたくて、彼らに設計をやらせたんです。それが2007年の終わり頃。小暮はNSX-GTでレースをしながら開発テストにも参加してたから、頭のスイッチを切り替えるの、大変だったよね」

小暮 「いやぁ、大変でしたね。NSX-GTと、このときのプロトタイプは完全に『似て非なるもの』でした。でも、滑ったあとのマシンコントロールがやりやすいというか、そういういい点もあるんですけど、正直に言ってNSX-GTのような『俊敏さ』はなかったですね。特に、このプロトタイプの開発が始まった2007年の頃のNSX-GTなんて、これ、フォーミュラカーじゃないのかな?ってくらい、カミソリみたいに研ぎ澄まされたコーナリング性能だったんです。それと比べちゃうのはかわいそうかもしれないけど……」

 「基本的な性能としてはそこそこ行ってたんだけど、若いエンジニアがクルマづくりを勉強をしながらつくったものだったから、レーシングカーとしては致命的なつくりだったんです。たとえば、エンジンの交換ひとつで6時間半もかかっちゃったり。小暮、知ってた?」

小暮 「ええっ、6時間半!?すみません。知りませんでした(笑)。開発って、それまでほとんど関わらせてもらったことがなかったから、道上さんといっしょにやっていく中で、すごく多くの人が関わってて、こうやって進めていくんだ……っていう驚きとか新鮮さもありました。レースでトラックコンディションにあわせて走るのは経験あっても、メニューに沿っていろんなデータを取っていく、っていうのは初めてだったから、レーシングドライバーとしてものすごく貴重な体験をさせてもらいました。あと、こんなこと言ったら瀧さんに怒られちゃうかもしれませんけど、レース以外でサーキットを走れるっていうだけでも光栄でした。僕、お金払ってでもサーキット走りたいくらいのクルマ好きなんで」

 「このクルマをつくっていく段階で、テストをしてくれていたのが小暮と(道上)龍で本当によかったと思う。何でかというと、ふたりのドライビングスタイルが結構違うから」

小暮 「僕の方がちょっと乱暴です(笑)」

 「龍は安定指向のクルマを上手に曲げていくのが得意で、小暮はオーバーステアのクルマを振り回して乗っちゃう。これ、クルマをつくる側にとってはすごく重要。同じクルマの同じセッティングでも、『乗りやすい』『乗りにくい』って180度異なる評価になる可能性があるわけです。そのどちらにでもあわせられるクルマをつくるのが、僕らの目指すところなんですよね。このHSV-010 GTの開発コンセプトとして『扱いやすい高性能を技術でつくる』っていうのを挙げたと思うんですけど、それは『クルマの懐が深い』という風に言い換えてもいいと思う。たとえば、コーナリングのときのフレームのねじれ方ひとつ取ってみても、小暮だけが乗るなら、一気にねじれてもいいと思うかもしれない。でも、龍は『じわり』とねじれるほうが好みと言うと思う。そのへんをどうやって両立させていくのかが大事だし、開発者としては面白いところなんですよね」