清成龍一が、この夏の話題を独占した。7月下旬の鈴鹿8時間耐久ロードレース(以下、鈴鹿8耐)では、スーパーバイク世界選手権(以下、SBK)を戦うチームメートのカルロス・チェカとペアを組んで優勝を果たす。続くSBK第10戦イギリス大会では、第1レースでシリーズ初優勝、第2レースで2勝目を挙げる完全Vを達成。わずか2週間の間に、耐久仕様、そしてスプリント仕様のCBR1000RRで世界の頂点に立った。
2004年に英国スーパーバイク選手権(以下、BSB)に参戦を開始し、06年に日本人として初のBSBチャンピオンを獲得、07年は連覇を果たした。今年はSBKに戦いの舞台を移し、日本人初のSBK制覇に向けてスタートを切った。シーズン中盤までは、初めて経験するサーキットが多く、ルーキーならではの苦労を味わってきたが、鈴鹿8耐で3年ぶり2度目の優勝、その翌週には、BSB時代に走り慣れているブランズハッチで見事に完全勝利を飾った。
BSB時代は、「HM Plant Honda Racing」のエースとしてシリーズ戦を戦い、年明けからテストがスタートする鈴鹿8耐にも出場する多忙なスケジュールだった。それは「Hannspree Ten Kate Honda」で世界戦を戦う今年も変わらず、鈴鹿8耐に向けてのテストをこなしながらシリーズ戦を戦っていた。
今年はCBR1000RRが新型になった。発表のタイミングの影響で、シーズン序盤はマシンの開発を続けながらシリーズ戦を戦わなければならず、同時に鈴鹿8耐マシンの開発を兼ねたテストもスタートして、これまでにないハードな日程となっていた。加えて、SBKはピレリタイヤのワンメーク、鈴鹿8耐はブリヂストンタイヤを使う。さらに、エンジンスペックの違う鈴鹿8耐マシンとSBK仕様のマシンの乗り換えにも苦悩したが、最高の結果を残すことに成功した。
これまで多くのHondaライダーが、鈴鹿8耐を経験することで大きな成長を遂げ、世界タイトルを手にしている。清成もまた、偉大なチャンピオンたちと同じ道を歩み始めたことを感じさせていた。
「8耐のテストは、スケジュールがタイトで、バイクの乗り換えも大変だった。しかし、8耐に出ることで、いろんなことを学ぶことができた。シリーズ戦で調子が出なくても、8耐のテストで調子を戻せたり、その反対もある。過去2年は、8耐で勝てなかったので、BSBでチャンピオンを取ろうとがんばれた。今年は初めてのSBKでチャンピオンは難しいと思っていたが、一日も早く勝ちたかった。今年は8耐で勝ち、その勢いもあったと思う。今年になって初めて走り慣れているブランズハッチで2連勝することができて本当にうれしかった」
今年は、新型になったCBR1000RRのセットアップにも苦しみ、さらに初めて経験するサーキットにも苦戦の連続だった。予選は中団グループに沈み、決勝は追い上げのレースを強いられた。BSBでは経験したことがない下位に沈んだときには、悔しさを隠そうともせず、それが次のレースのに原動力になっていた。4年間で34勝を挙げたBSB時代、「第1レースで勝っても第2レースで勝てないと喜べない」と語っていた清成だが、それはいまも変わらず、ブランズハッチの2連勝につながった。
BSBにデビューしたころは、ただひらすらがんばることで、タイムを押し上げた部分が大きかった。この数年は、セットアップの上手さが全体のレベルを押し上げ、ライディングの幅も広がった。それが結果としてCBR1000RRのポテンシャルを一段と発揮することにつながっているようだ。
テストでは黙々とメニューを消化する。誰よりも周回することでマシンとタイヤの限界を探り、ライディングを磨いてきた。BSBで初めてタイトルを獲得した06年は、最終戦決着という、プレッシャーに押しつぶされそうな厳しい戦いの中でチャンピオンを決めた。一日2レースが行なわれるBSBとSBKは、選手に高い集中力を要求するが、清成のメンタリティの強さは、こうした戦いの中で自然と磨かれてきたものだった。鈴鹿8耐においてもでも、本番では転倒が一度もなく、必ずペアライダーにバトンを渡してきた。清成の本番での勝負強さは、鈴鹿8耐とシリーズ戦という2つの大きな仕事をこなすことで培われてきたのかもしれない。
「今は、レースのためになることなら何でも取り入れようと思っている。嫌いな食べ物、飲み物でも、体にいいと思えば採るようにしている。今年の8耐は、4時間走っても疲れなかった。最後の走行を終えてもまだまだ走れると思った。ペアを組んだカルロス(チェカ)とのコミュケーションも大事だと思ったし、レースウイーク中は、食事も移動も一緒にするようにした。8耐で勝てたのは、CBR1000RRのポテンシャルの高さ、スタッフのがんばり、すべてがよかったけれど、カルロスと、言いたいことを言い合えたことも大きかった。それが勝てるバイク作りにつながったと思う」
速く走ることだけでなく、勝つために必要なコンディションと環境を作ることに気を配れるようになったことも、清成の成長を感じさせている。今年は、SBKのチャンピオンチーム「Ten Kate Honda」に移籍。チームとのコミュケーションを深めるために、BSB時代のイギリスから、チームの本拠地のあるオランダに居を移した。今年はSBK制覇に向けてチャレンジを開始したばかりだが、鈴鹿8耐制覇、ブランズハッチ2連勝で大きな一歩を踏み出したことになる。
「8耐で勝ち、ブランズハッチで勝ったことは、自分の中で大きな自信になった。今年は成績を残せなくて悔しいレースも多かったけれど、後半戦は、これまでと違う戦いにしたい。残り4戦、1つでも多く勝てるようにがんばりたい」
鈴鹿8耐で勝ち、SBKで初優勝と2勝目を達成した2008年の夏は、清成龍一にとって、最高の夏になったに違いない。大きな成長を遂げた清成の後半戦に注目したい。
1982年9月23日生まれ。埼玉県出身。2002年の全日本選手権ST600クラスチャンピオン。04年からBSBに参戦し、06年は年間11勝を挙げて、日本人初のチャンピオンに輝いた。07年はチームメートとのし烈なタイトル争いの末、見事シリーズ連覇を達成。08年はSBKにスイッチし、第10戦終了時点で総合8位につけている。