MENU
HONDA
検索
モータースポーツ > 今日は何の日?
2 4 火
6月
2008
June
6月24日にあった過去の出来事を紹介
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 19 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
ビルヌーブ、粘りの走りで9位完走
2001年 F1第9戦ヨーロッパGP(ニュルブルクリンク)決勝
第9戦ヨーロッパGPが開催され、Jordan Hondaの2台が予選7、8位を獲得。しかし、決勝レースでは終盤惜しくも2台ともリタイア。また、BAR Honda勢は、J.ビルヌーブが9位完走、O.パニスがリタイアに終わり、Honda勢にとって厳しいレースとなった。>>つづき
ビルヌーブ、粘りの走りで9位完走
2001年ほかのレースへ
雨で合計9回、25周ものフルコースコーションが発生
2001年 CART第8戦ポートランド(オレゴン州)決勝
第8戦ポートランドは、雨により荒れたレース展開となった。Honda勢はマシンの調整に苦しみ、最上位はD.フランキッティ(Team KOOL Green)の6位であった。>>つづき
2001年ほかのレースへ
炎天下の激闘。加藤、フィリップ組激しく追い上げ2位
2001年 全日本GTスペシャルステージ(セパン)決勝
全日本GTスペシャルステージがマレーシアのセパンで開催され、Honda-NSX勢は厳しい気象条件の下、5台すべてが完走した。手堅い走りで6位前後の順位をキープしていた加藤寛樹/S.フィリップ組(TAKATA 童夢 NSX)が、終盤攻めの走りに転じ激しく前をプッシュ。しかし、周回遅れの車をかわすのに手間取り2位でフィニッシュ。>>つづき
2001年ほかのレースへ
転倒者続出のなか、岡田、エドワーズが健闘!
2001年 スーパーバイク世界選手権第8戦(サンマリノ・ミサノ)決勝
SBK第8戦がサンマリノで開催。第1レースはC.エドワーズ(Castrol Honda)がペナルティによる繰り上げで3位。同僚の岡田忠之は、最後までペースを上げられず9位に終わった。第2レースではエドワーズが転倒を喫して11位、岡田は苦戦を強いられながらも5位でゴール。>>つづき
2001年ほかのレースへ
山口がトップ争いの末、3位を獲得
2001年 全日本ロードレース選手権第4戦(ツインリンクもてぎ)決勝
全日本ロードレース選手権第4戦が開催され、SBではホールショットを決めた山口辰也(TEAM CABIN HONDA)が、3位でシーズン初表彰台に。同チームの玉田誠は転倒リタイアを喫する。ST600は武田雄一(チーム 桜井ホンダ)が、4番手から3台を一気に抜き去り2勝目を挙げた。GP125はHonda勢が表彰台を独占。>>つづき
2001年ほかのレースへ
バロス、クリビーレ、カピロッシが1-2-3達成!
2000年 WGP第8戦オランダGP(アッセン)決勝
「ダッチウェザー」と呼ばれるアッセン独特の変わりやすい天候がライダーを翻弄。2ヒート制で開催されたレースを、タイヤチョイスに成功したA.バロス(HONDA PONS)が制した。2位にA.クリビーレ(REPSOL YPF HONDA)、3位にL.カピロッシ(HONDA PONS)が入り、Hondaがこのシーズン初の500ccクラス表彰台独占。250ccクラスは宇川徹(SHELL ADVANCE HONDA TEAM)が、ハーフウェットのコースを攻略し、シーズン2勝目を挙げた。>>つづき
バロス、クリビーレ、カピロッシが1-2-3達成!
2000年ほかのレースへ
ランプキンが圧勝。コロメ2位、藤波貴久は8位
2000年 トライアル世界選手権第8戦(フランス)第1日目決勝
フランスで行われたトライアル世界選手権第8戦1日目。D.ランプキン(MONTESA HONDA)が、2位M.コロメ(MONTESA HONDA)に14点もの大差をつけて優勝した。藤波貴久(MONTESA HONDA)は8位。>>つづき
2000年ほかのレースへ
通算5度のチャンピオンに輝く、ファンジオ生誕
1911年 History/四輪(F1)
4年連続を含むワードチャンピオン5回という、F1黎明期最強のドライバー、ファン・マヌエル・ファンジオがアルゼンチンに生まれる。F1が誕生した1950年の第1戦イギリスGPでデビューし、ランキングは2位。翌51年、ワールドチャンピオンに。52年は故障で棒に振るも、54年から4年連続のチャンピオンとなる。開発能力に優れ、4つの異なったメーカーのマシンでチャンピオンとなった。享年84歳。
F1黎明期のチャンピオン、アスカリ生誕
1911年 History/四輪(F1)
1920年代を代表するドライバー、アントニオ・アスカリの息子で、1952年、53年のF1ワールドチャンピオンとなるアルベルト・アスカリがイタリアにて誕生。F1デビューは50年モナコGP。チームはフェラーリ。55年、テストドライブ中の事故にて死去。享年36歳。