HONDA The Power of Dreams

　左、左と回り込む第5ターンから第6ターンを立ち上がる。徐々に高度を上げてきた路面は、ここからさらにエレベーションを上げながら、雲ひとつない真っ青な空に向けて一直線に伸びていく。丘陵の頂点へさしかかるあたりで、黒々としたリボンのようにも見えるアスファルトはバニッシングポイントへ収束し、カリフォルニアの濃密な蒼穹（そうきゅう）の中へ消える。その向こうには、左のブラインドコーナー、そして右へ切り返しながら急降下するように下る第8ターン、通称“コークスクリュー”が待っている。
　そう、今年もアメリカ合衆国にグランプリがやってきた。
　サンフランシスコから南へ100マイル（160km）の位置にあるラグナセカサーキットが、MotoGPのカレンダーに復活したのは2005年。1994年以来、12年ぶりの開催だった。ほとんどの選手がラグナ初体験で、おっかなびっくりといった様子で少しずつコースに馴染んでいったのと対照的に、AMA（全米選手権）時代にこのサーキットを走り慣れてきたアメリカンライダーたちは金曜日のフリープラクティスから快調に飛ばして、コースを知る強みを存分に発揮した。なかでも、レプソル・ホンダ・チームのニッキー・ヘイデンは他を圧する速さを披露して予選で当然のようにPPを獲得。決勝レースでは一周目に飛び出すと、周回ごとに後続選手を引き離してポールトゥウィンの完全勝利を飾った。グランプリ初勝利とは思えない安定したレース運びと、表彰台で軽やかにステップを踏んで喜びを表現する若々しさのコントラストに、アメリカのファンは驚喜した。
　翌年のニッキーは、さらに揺るぎない強さを見せた。
　ランキングトップでホームグランプリを迎えたものの、他のライダーがコースに順応してきたこともあり、前年のように圧倒的な強さを見せることなく、予選は2列目6番グリッド。レースでは序盤こそ引き離され気味だったが、周回ごとにその差を縮め、トップを走る選手をオーバーテイクしてからは一気に突き放して再び独走、終わってみれば2年連続勝利を達成していた。落ち着いた駆け引きと圧倒的な速さに加え、ポイントランキングトップを走ることで身につけたライダーとしての自信をも感じさせるレースだった。
　だが、実はこのレース直前には相当なプレッシャーを感じていた、と3回目のホームグランプリを前に、ニッキーは回顧する。
「イタリア人選手にとってムジェロが特別なコースなのと同じように、ラグナは僕にとって本当にスペシャルなサーキットなんだ。あのとき勝てなかったら、きっとシーズンのその後にも大きく影響したにちがいないと思う。なにより、一昨年に勝っていて、しかもチャンピオンシップをリードする状態でホームグランプリを迎えたから、去年はプレッシャーも大きくて、ずっと苦戦して予選でも低い順位に沈んでしまった。一時はどうなるかと思ったけど、レースでは劇的な勝利を収めることができた。今までの勝利の中でも最も誇らしいものだと感じているんだ。だから、プレッシャーというのは決して悪いものじゃないと思うんだよね」
　リラックスした雰囲気でそう語るのには理由がある。
　昨年は最終戦までもつれ込んだ激戦を制して新王者となったものの、今シーズン序盤はチャンピオンらしからぬ苦しいレースが続いた。だが、ホームグランプリのラグナセカを目前に控えた第9戦アッセン（オランダ）では5列目13番グリッドという低位から目の覚めるような追い上げを見せて3位フィニッシュ。今シーズン初表彰台を獲得した。続く第10戦ザクセンリンク（ドイツ）も同じく5列目14番グリッドに沈んだものの、決勝レースでは次々とオーバーテイクしながらふたたび3位。2戦連続の表彰台を獲得しているのだ。
「状況は確実によくなった。3位といったって優勝ではないけど、再びトップグループを走れるようになったのは気持ちいいし、今はバイクを走らせることが何より楽しいんだ」
　ようやくニッキーらしい走りが見られるようになってきた。そのターニングポイントになったのは、第7戦カタルーニャＧＰの事後テストだという。このときに投入した新フレームで好感触をつかみ、排気系も刷新。Hondaの技術開発とニッキーのライディングが、ようやく本来あるべき形でかみ合いはじめた。
「新しいフレームのフィーリングがだいぶよくなって、とくにターンイン（コーナー進入）が改善されてきた。バイクが思ったように反応してくれるようになり、とても乗りやすいんだ。剛性バランスの違うシャシーでセッティングがだいぶ進んだことがその理由だね。新しいエキゾーストも、すごくいいよ。ボトムからしっかりトラクションがあるし、その効果でパワーをよりスムーズに引き出せるようになった」
　このような言葉を紹介していくといいことばかりにも見えるが、課題も残されている。エンジン特性はやはり改善の余地がある、とニッキーは指摘する。 「パワーやトップスピードも欲しいけど、今なにより必要なのはコーナーでのアクセラレーション（立ち上がり加速）なんだ。タイヤにダメージを与えないようにしながらエンジンパワーを向上させるのは難しいかもしれないけど、Hondaならきっとできるはずだよ。とにかく今は、みんなが一生懸命取り組むことで、少しずつ望んでいた結果に近づいている。これからもこの調子で進んでいきたい。Hondaなら、きっと世界一のマシンを供給してくれるはずだからね」
　3度目のホームグランプリ制覇に向けてまさに上昇ムード全開、といいたいところだが、世界チャンピオンを獲得したことにより、今のニッキーは勝つことの難しさを誰にも増してよく理解している。“ケンタッキー・キッド”は、もはや純真無垢なキッドではない。今年は自分が優勝候補筆頭というわけにはいかないだろう、と冷静に分析する思慮深い25歳の大人へと成長を遂げている。
「開催初年度はコースを知っていることで非常に有利に働いたのは事実だけど、今はもうそのアドバンテージはない。これまで以上に勝つ気満々、と口で言うのは簡単だけど、今年は正直なところ、去年までと同じようなレース運びができるかどうかわからないと思っているんだ。ラグナのレースは、年を追うごとに戦いのレベルが高くなっているからね。でも、この数戦、僕たちはいい流れで来ているからチームのモチベーションも高い。ホームグランプリって、やっぱり特別なんだよ。とくに今年はナンバー1のゼッケンをつけて凱旋するんだから。会場に詰めかけてくれる家族や友達やファンの人たちも、みんなが僕を応援してくれる。ハードな戦いになることは十分わかっているさ。でも、だからこそ3連覇を飾りたいんだ。それに、今年は弟（ロジャー・リー・ヘイデン）も別のチームで走る予定だからね。そういう意味では、今まで以上にラグナが楽しみだな」