 二輪ロードレースの最高峰であるMotoGPを戦う玉田誠選手のチーム監督であるジャンルカ・モンティロンは、気配りの人だ。いつも笑顔を絶やさず、皆から「ルカ」と親しみを込めて呼ばれている。玉田選手との関係も、選手とチーム監督、という枠を越えた固い絆で結ばれている。おそらくそれは、彼らの年齢がさほど離れていないことも関係しているかもしれない。現在29歳の玉田選手に対して、モンティロンは36歳。ふたりは、玉田選手がMotoGPに参戦を開始した2003年からずっと行動を共にしてきた。そのモンティロンが率いるコニカミノルタ・ホンダは、イタリア人と日本人からなる混成チームJiR(Japan Italy Racing)を母体としている。チームのタイトルスポンサーに日本の大手光学機器メーカーであるコニカミノルタを獲得した事実にも、この日伊混成チームの紐帯の強さがよくあらわれている。
このようにモンティロンが日本と強い絆を育むに至った背景には、今から少し時間を溯る必要がある。彼がレースの世界に足を踏み込んだのは1985年のことだった。
「WGP500ccクラスプライベートチームのスタッフとして働き始めたことがきっかけです。19 93年には原田哲也選手と出会い、250ccクラスでチャンピオンを獲得しました。その後、しばらくは別々の体制で戦い、2002年に原田選手がHondaに移籍した際に再び一緒に仕事をするようになり、その翌年にマコト(玉田選手)と出会ったんです」
ふたりは2003年にはプラマック・ホンダ、2004年にキャメル・ホンダとしてシーズンを戦った。そして2005年にモンティロンは自らのレーシングチームであるJiRを立ち上げ、タイトルスポンサーにコニカミノルタを獲得した。モンティロンが日本と日本人のことをよく理解し、玉田選手とも強い信頼関係で結ばれているのは、このレースキャリアを見れば納得がいくだろう。
 「でも、日本人の思考形式を理解して、自分たちの考え方とすり合わせていくまでには、多少の時間もかかったんですよ。イタリアと日本は、文化も哲学もすべて違いますからね。今では日本人とイタリア人のチームスタッフが共に仕事のしやすい環境を作り上げ、日本企業をメインスポンサーに獲得できるまでに至りました。コニカミノルタにとっても、オフィシャルライダーとして日本人のマコトを獲得できたのは素晴らしいことだと思います」
モンティロンが玉田選手と最初に出会ったのは、2003年のプレシーズンテストが行われたセパンサーキットだったという。当時の玉田選手は、英語をほとんど理解しなかったが、それでも会った瞬間に好印象を抱いた。
「言葉を交わさなくても、お互いにピンと来るものがあったんでしょうね。これだけ長い間ずっとマコトと一緒にやってくることができたのは、言葉の壁を越えて理解しあえるものがあったからだと思うんです。もちろん、ときには細かい部分でお互いに何を言ってるのかわからないこともありますよ。でも、意思は通じているんです。イタリア人と日本人は思考形式も思考回路も違うけれど、こうやってひとつのチームとして一緒にやっていくことができるのは、相互により深いレベルで理解をしているからだし、だからこそ、皆で新しいスピリットを築き上げようと私たちは今も努力を続けているんです」
この言葉にもあるとおり、玉田選手とモンティロンは、まさにその“スピリット”の部分で繋がっている。だから、モンティロンから見た玉田選手の性格は、日本人が玉田選手から受ける印象と同じで、全くと言っていいほど違和感がない。
「明朗快活なヤツですよ。人に優しく、自分が快適に過ごす術も心得ていますよね。我々はチームであると同時にファミリーでもあるので、何も問題はありません。マコトは、必要な場合には強靱な精神で立ち向かいますが、リラックスしたいつもの性格への切り換えも早い。そんなふうにライダーがレースに集中でき、そして落ち着くことのできるベストコンディションを整えることは、我々の仕事の重要なポイントでもあるんです」
このチームでの玉田選手の活躍は、今さら言うまでもないだろう。デビューイヤーの2003年、フル参戦3戦目のスペインGPで6位に入り、第5戦のイタリアGPでは4位。そして、後半戦の第12戦リオGPでついに初表彰台となる3位を獲得する。翌2004年はそのリオGPで初優勝を遂げ、凱旋帰国した日本GPでも優勝を飾った。このふたつの優勝は、モンティロンにとっても至福の体験だったが、なかでもリオGPの優勝は忘れることのできないレースだという。
 「レース前のスターティンググリッドで、マコトがいきなり『腹減った』と言ってサンドイッチを食べ始めたんです。これからレースを戦おうとしている選手がグリッドでサンドイッチを食べるなんて、今まで見たことも聞いたこともありませんよ(笑)。それでレースが始まったら、完璧にコントロールして勝ってしまうんですから、あのときはホントに最初から最後まで驚きっぱなしでしたよ！」
そして2005年、日本人初のMotoGPチャンピオンの期待が高まるが、不運にも玉田選手は2戦目のポルトガルGPで転倒、手首を骨折してしまう。秋の日本GPでは3位表彰台を獲得して復活の兆しを見せたが、苦闘は続き、2006年シーズンの現在に至る。
「でも、マコトなら絶対にいい結果を残すことができる、と我々は信じています。実際に、ドイツGPでは転倒に巻き込まれるまでトップグループを快走してポテンシャルの高さを披露してくれました。その後のレースでも、金曜の走り出しから快調な時は決して少なくありません。あとは、これをつなげて毎戦安定させるようにしていくことです。だから、後半戦では、是非とも勝利を挙げたい。この世界では、勝てば必ず道が開けてくるのですから」
そしていよいよシーズンは佳境に差しかかり、玉田選手のホームグランプリである日本GPを迎える。当然ながら、モンティロンもこのレースに期すものは大きい。今までのベストレースを訊ねると、
「現在までのベストレースなら、もちろん、リオともてぎの優勝でしょう」
そう答えた後、人なつこい笑顔の奥の目に、一瞬、鋭い光が走った。 「でも、次のもてぎこそ、是非とも私たちの最高のレースにしたいですね」
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