HONDA The Power of Dreams

　Hondaの研究所でエンジン開発を担当していたとき、伝統の自動車部「チームYAMATO」でレースもやっていました。初代が川本さんたち、次が福井さんをはじめとするチームで我々は3世代目。私がやっていたのは、FL500や初代シビックレースです。今から30年ほど前で、石油危機でメーカーがレースから撤退し“レースなんかやっているのはおかしい”という時代だった。それでもHondaはやらせてくれた。有給休暇を使って休みをとり、自分の仕事が終わったあとの時間を使ってクルマをつくる。完全な自己啓発活動です。でもそこで積んだ経験が、80年にF2で4輪レースにカムバックしたときに活きました。私は、メーカーの一員としてレースを闘っただけでなく、プライベーターとして苦境のときでもレースへの情熱を絶やさず闘った。そんな様々な立場や環境で学んだことなども、アドバイスしていきたいと考えています。

　フォーミュラドリームは、レーシングスクールであるSRS-Fの次に進むレースプログラムです。F3など本格的にレースを始める前に、“闘うドライバー”の資質を醸成する場として位置づけています。年間11レースを闘い、王者がF3のスカラシップを獲得する。たっぷりの練習走行に加え、フィジカル面や自己プレゼンテーション能力など、トップドライバーとして欠かせないレクチャーも行っています。

　日本から、世界で闘える4輪ドライバーが出て来ない背景のひとつに、環境の乏しさがあります。本当の意味でレースが根づいていないから、ドライバーを育てることなど誰も真剣に考えていなかった。
フォーミュラで上をめざす選手たちの走行時間は圧倒的に短い。これじゃあダメなんです。欧州のドライバーは驚くほど走ってる。だから、既存のレースで上位になったドライバーをサポートするといった中途半端な育成ではなく、たっぷりと走れて、やる気のある者は徹底して学べる、ダイレクトに世界を狙うための環境をつくろうというのがフォーミュラドリームをトップとするHondaのドライバー育成プログラムのポリシーです。

　トップドライバーに必要な知識や経験を持つ多方面のアドバイザーの方々に毎レース来ていただいており、自ら飛び込めば、何が足りないのか、必要なのかを吸収できる環境は整えています。それをするか、しないかは本人次第。こちらから唯一教えているのは、「自分を信じ闘う気持ちを持て！」ということです。ドライバーって、自分しか信じるものがないんです。クルマがどうだとか、人がどうだとかということもありますが、自分を超えない限り人を超えられないと思うんです。

　Hondaは、オートバイで世界一になり、クルマづくりでもひとつの頂点に立った。F1の第2期では、エンジンを供給して勝ちまくった。あとはドライバーなんです。中嶋 悟さんや鈴木亜久里さんが道を拓き、今は我々のプログラムを巣立った佐藤琢磨君にF1で熱い声援が集まっている。やはり、日本人が勝つということは最後の目標だと思うんです。サッカーは国対抗のワールドカップで盛り上がっていますが、レースもやはり国対抗で勝ってこそ“やったぞ！”って思いますね。それには、やはり人なんです。

　そういう思いを4輪のレースで味わいたいですよね。そのために日本に欠けているのは、突出した能力を持ったドライバーです。さきほども言いましたが、平等を重視する教育環境ではそういう人材が育ちにくい。ならばHondaがやろうじゃないかと。育成プログラムには、フォーミュラドリームだけでなく、カートから徐々にステップアップしていける道もあります。非常に細い道ですが、すべてスカラシップを獲得していけば、お金をほとんどかけずにF1に乗れる可能性もあるのです。巣立ったあとは、マクラーレンに乗っても、ウイリアムズに乗ってもいい。いつかは日本人ドライバーがF1で“日の丸”を挙げてくれることを願っています。それがHondaの夢ですね。

（思い出）
　私は、ちょうど佐藤琢磨君が3期生としてSRS-Fに参加したときに着任しました。あのときは、定員をオーバーしていて誰かを落とさなければならない状況でした。書類選考のとき、佐藤君が「どういう基準で決めるのでしょうか、経歴なのでしょうか？選考の材料としてぜひ自分の話を聞いてください」と自己アピールを提案したのです。じゃあ全員の話を聞こうということになり、面談をスタートさせました。面談してみると、まったく話をしないドライバーが多かった。しかし佐藤君は、イギリスF3参戦を明確な目標に据え、そのためには何をすべきか、今何をやっているかを熱っぽくアピールしたのです。面接のあとも、受け入れ担当者へ何度も何度も電話してきて「僕は大丈夫でしょうか？宜しくお願いします」と訴えてきました。とにかくすごい執念がこちらに伝わってきたドライバーでしたね。

　佐藤君に対して、我々は特別なことはしていません。彼の強烈な学ぶ姿勢に応えただけです。イギリスF3でチャンピオンをとり、F3マカオGPで勝つというこれまでの日本人では考えられなかった結果を出せたのも佐藤君の情熱と才能があったからこそです。彼がもしもSRS-Fの選考に漏れたとしても、レースをあきらめることはなかったでしょう。が、そうなっていたら、これほど早くF1に乗れなかったと思います。佐藤君の成功を見るにつけ、才能を引き出す育成環境がいかに大事かを痛感します。まずは1勝。F1の表彰台のまん中に、日の丸を挙げて欲しいですね。