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2006年グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード
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2006年グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード参加概要
2006年6月23日(金)
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 Hondaは、イギリスのサセックス州グッドウッドにおいて、2006年7月7日(金)〜7月9日(日)に開催される「2006年グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」に参加する。このフェスティバルは、1993年にチャールズ・マーチ卿が広大な敷地を解放して始めた世界最大級のヒストリック・モータースポーツイベントで、今年のイベントタイトルは「A Century of Grand Prix」。

 Hondaは、マーチ卿から招待を受けて参加を開始し、昨年は日本メーカーとして初めてメインスポンサーをつとめた。参加8年目となる今年も、全長1.16マイルのヒルクライムで行われるタイムトライアルにHondaの新旧の二輪・四輪の名マシン及び選手が参加し、イベントを盛り上げる。

 タイムトライアルへのHondaの参加マシン及びライダー・ドライバーは以下の通り。

参加マシン名(予定) 参加ライダー及びドライバー(予定)
二輪マシン ライダー
RC162(1961) ジム・レッドマン/ルイジ・タベリ/トミー・ロブ
RC174(1967)
ラルフ・ブライアンズ/スチュワート・グラハム
ELF-3(1986) ロン・ハスラム
RC211V(2006) ケーシー・ストーナー
CBR1000RR BSB(2006)
カール・ハリス
CBR1000RR WSB(2006)
ジェームス・トスランド

四輪マシン ライダー
RA300(1967) ジョン・サーティース
RA301(1968)
ジェンソン・バトン/アンソニー・デビッドソン/ジル・ド・フェラン
RA106(2006) ジェンソン・バトン/アンソニー・デビッドソン
Honda Integra Type-R(2005) マット・ニール
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参加予定ライダー/ドライバープロフィール

<ライダー>(アルファベット順)

ケーシー・ストーナー(Casey Stoner)
1985年10月16日、オーストラリア生まれ。
世界選手権には2001年より参戦、2005年は250ccクラスで年間5勝を挙げランキング2位を獲得した。2006年はHonda LCRからMotoGPクラスに参戦、現在ランキング6位。デビュー2戦目のカタールGPでは、史上2番目の若さ(20歳)でポールポジションを獲得、第3戦トルコGPで2位を獲得するなど、現在最も注目される若手ライダーのひとりである。

ジェームス・トスランド(James Toseland)
1980年10月5日、イギリス生まれ。
もともとトライアルの選手であったが、12歳からロードレースを始める。1997年に英国スーパースポーツ選手権で3位を獲得。1998年からスーパースポーツ世界選手権、2002年からスーパーバイク世界選手権に参戦、2006年からWinston Ten Kate Hondaに加わり、開幕戦で優勝を果たす。現在ランキング4位。

ジム・レッドマン(Jim Redman)
1931年11月8日、イギリス生まれ。
1960年のダッチTTレースで初めてHondaに乗って以来、引退するまでの7年間Hondaの中心ライダーの役割をつとめた。1962年250cc&350ccクラス、1963年の250cc&350ccクラス、1964年の350ccクラス、1965年の350ccクラスと、合計6回(Hondaライダー中最多)のワールドチャンピオンを獲得、46勝をあげた。またHondaの500ccクラスの記念すべき優勝第1号(1966年5月22日第2戦西ドイツGP)ライダーでもある。

カール・ハリス(Karl Harris)
1979年10月21日、イギリス生まれ。
イギリススーパースポーツ選手権において3度のチャンピオン獲得経験を持つ。2005年はHonda Racing Teamからイギリススーパーバイク選手権に参戦、ランキング7位を獲得した。2006年はHM Plant Honda Racing Teamから参戦し、現在ランキング4位。

ルイジ・タベリ(Luigi Taveri)
1929年9月19日、スイス生まれ。
13年に及ぶレースキャリアの中で世界選手権50ccクラスから500ccクラスまでの全クラスに出場を果たし、サイドカークラスにもパッセンジャーとして出場。1961年Hondaに移籍、1962年、1964年、1966年に125ccクラスのワールドチャンピオンとなった。

ラルフ・ブライアンズ(Ralph Bryans)
1942年、3月7日 北アイルランド生まれ。
1959年にデビュー、1963年にはアイルランド選手権の350cc、500ccクラスで優勝。1964年よりHondaと契約して世界選手権50ccと125ccクラスに参戦し、翌1965年にはRC115を駆って50ccクラスのワールドチャンピオンを獲得。125ccクラスの方でも、1964年5位、1965年8位、1966年3位と健闘し、小排気量クラスのスペシャリストとしての名声を得た。

ロン・ハスラム(Ron Haslam)
イギリス生まれ。1979年鈴鹿8耐で2位を獲得。1977年から世界選手権に参戦を開始し、1983年から1990年まで500ccクラスに参戦した。誰よりも早いスタートダッシュを決めることから、「ロケット・ロン」と呼ばれた。8年の間に9回の表彰台を含む、61回のトップテン入りを果たす。1986〜1988年の「ELFプロジェクト」でライダーを務め、1987年にNSR500エンジンを搭載したELF4を駆り、ランキング4位を獲得した。

スチュワート・グラハム(Stewart Graham)
1942年1月9日、イギリス生まれ。
1949年から1952年の間に世界選手権500ccクラスで4度優勝を果たし、1953年のマン島TTレースで事故死したレスリー・グラハムの息子。1961年から1970年まで二輪レースに出場、1966年には世界選手権500ccクラスで3度の入賞を果たした。その後、1973年に四輪レースへ転向した。

トミー・ロブ(Tommy Robb)
北アイルランド生まれ。1958年からマン島TTレースに出場、1962年よりHondaに加入し、125ccで2位。1970年、71年に世界選手権500ccクラスで3度の3位入賞を果たした。

<ドライバー>(アルファベット順)

アンソニー・デビッドソン(Anthony Davidson)
1979年4月18日、イギリス生まれ。
2001年のイギリスF3選手権で2位。B・A・R Honda(現Honda Racing F1 Team)には2001年に加入し、以来3年間に及びテストドライバーとしてマシン開発に携わってきた。2002年にはB・A・R Hondaからのレンタルという形でミナルディチームからのF1参戦経験もある。2006年も引き続きサードドライバーとしてチームをサポートしている。

ジル・ド・フェラン(Gil de Ferran)
1967年11月11日、ブラジル生まれ。
1992年イギリスF3チャンピオンを獲得し、1995年からCARTに参戦、その年のうちに一勝をあげ、ルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。2000年よりマールボロ・チーム・ペンスキーに加わり、2000年と2001年にCART史上5人目となる2年連続ドライバーズチャンピオンを獲得した。2005年よりB・A・R Honda(現Honda Racing F1 Team)のスポーティングディレクターを務める。

ジェンソン・バトン(Jenson Button)
1980年1月19日、イギリス生まれ。
1998年にイギリス・フォーミュラ・フォードでチャンピオンを獲得し、翌年にはイギリスF3にキャリアアップ、その年のルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝くなど順調にレースキャリアを積み、翌2000年にウィリアムズよりF1デビューを飾る。2003年よりB・A・R Honda(現Honda Racing F1 Team)に加入。2004年は4度の2位を含むシーズン10度の表彰台登壇を果たし、ドライバーズランキング3位。2005年はドライバーズランキング9位、2006年も引き続き参戦している。

ジョン・サーティース(John Surtees)
1934年2月11日、イギリス生まれ。
二輪で7度のワールドチャンピオンに君臨した後、1960年にモナコGPでF1デビューを飾り、1964年にはワールドチャンピオンを獲得。1967年からHondaに加入し、RA300デビューレースのイタリアGPで優勝、HondaにF1 2勝目をもたらした。二輪、四輪両方のタイトルを持つ唯一の存在として、「Master of Motorsports」と呼ばれている。

マット・ニール(Matt Neal)
1966年12月20日、イギリス生まれ。
BTCC(ブリテッシュ・ツーリングカー選手権)に1993年より参戦し、24回の優勝、56回の表彰台を経験している。Civic Type-Rで参戦した2003年は3位、2004年は5位。2005年にはIntegra Type-Rでチャンピオンを獲得し、2006年も引き続き参戦し、現在ランキング1位。

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出場マシン紹介

<二輪マシン>


RC162(1961)
1961年ロードレース世界選手権250ccクラスの第2戦ドイツGPでは、高橋国光が世界GPにおける日本人初優勝を達成すると同時にHondaに250cc初勝利をもたらしたマシン。この年、RC162はコースレコードをことごとく塗り替え、出場した10戦で全勝した。
エンジン 空冷4サイクル4気筒DOHC4バルブギヤ駆動
排気量
249.37cc
最高出力 over 45PS/14,000rpm
最大トルク 2.1kgm/12,000rpm
最高速度
over220km/h
乾燥重量
126.5kg
変速機 6段変速

RC174(1967)
1967年にマイク・ヘイルウッドが、ロードレース世界選手権350ccクラスで、8戦中7戦を挙げチャンピオンを獲得したマシン。
エンジン 空冷4サイクル6気筒DOHC4バルブギヤ駆動
排気量
297.06cc
最高出力 over 65PS/17,000rpm
最大トルク 2.8kgm/16,000rpm
最高速度
over250km/h
乾燥重量
118kg
変速機 7段変速

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<四輪マシン>

RA300(1967)
1967年の開幕戦で3位と好調な滑り出しを見せたRA273だったが、その後の成績は振るわず、Hondaはシーズン終盤のイタリアGPにてニューマシンRA300を投入。ジョン・サーティースは予選9位からの懸命な追い上げで、2位にわずか0.2秒差で優勝し、HondaにF1 2勝目をもたらしたマシーン。
エンジン 水冷4サイクル90度V型12気筒DOHC4バルブギヤ駆動
排気量
2,992cc
最高出力 over 420PS/11,500rpm
最高速度 over 350km/h
重量
590kg(1967年イタリアGP610kg)

RA301(1968)
RA300の発展モデル。最強のHonda F1と期待されるも、フランスGPでの2位が最高位となったマシン。このマシンを最後にHondaは第一期F1活動を休止した。
エンジン 水冷4サイクル90度V型12気筒DOHC
排気量
2,992cc
最高出力 over450PS/11,500rpm
最高速度 over360km/h
重量
530kg
 
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