F.C.C. TSR Honda France

Vol.02「鈴鹿で叶えた夢。世界一のチームへ」


「いよいよ始まった世界一への挑戦」

F.C.C. TSR Honda Franceにとって、チャンピオンへの最後の戦いとなる2017-2018シーズンのFIM世界耐久選手権(EWC)最終戦が、数々のドラマを生んできた鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)を舞台に行われた。それは劇的な結末を予感させるものだった。母国日本に帰ったポイントランキング最高位チームの戦いは7月26日(木)から始まった。

アラン・テシェ、フレディ・フォレイ

運命のレースウイーク初日。7月10日(火)から12日(木)までの3日間の合同テストでは左ヒザのケガをしていたアラン・テシェが走れるまでに回復し、フリー走行に参加。これで3人のライダーがそろった。1時間、45分間、45分間と午後から3回あった走行時間ではCBR1000RR SP2をドライコンディションの中で順調に走らせ、ベストタイムは2分9秒115。総合7位で終えることができた。周回数は多くないけれど走れたことを素直に喜ぶアラン。フレディ・フォレイ、ジョシュ・フックも明るい表情だった。

(左から)フレディ・フォレイ、アラン・テシェ、ジョシュ・フック

7月27日(金)、午前中に行われた2時間のフリープラクティスを終えて午後から挑んだ、計時予選。ライダーはブルー、イエロー、レッドの順番で、20分を2回走りタイムを競う。アベレージタイムが10位以内に入れば、翌日、スタート位置を決めるタイムアタックショー、トップ10トライアルに進出できる。フレディのベストは2分8秒704、ジョシュのベストはこの日のチーム最速の2分8秒511。ケガ明けのアランは2分10秒062のタイム。結果は12番手。今や8耐の名物でもある華やかなトップ10トライアルには進めなかった、というよりも、あえて進まなかったという方が正しいかもしれない。進むことを目的としていなかった。走行後に「速いラップタイムを狙いにいっていないよ」とフレディが話したように、あくまでもシリーズチャンピオンになるための本番が重要で、3人のライダーはそれを見越しての走行をしていた。それはチームの作戦だった。

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予選終了後、ピットの中で藤井正和総監督は険しい表情で立っていた。「ここまでは順調。思った通り」と短く話したあとにしばしの沈黙。そこからこう続けた。

藤井正和:「問題がないわけではないですよ。それは走ればいろいろあるでしょう。コンディションが変わればマシンも変わるから。それでも狙ったところにもきているので、問題がありながらも、結果としては順調にきていると思います。ショー的な要素でおもしろいか、おもしろくないかと言えば、ど~んと派手にみせられないもどかしさがあるね。やればもっといいタイムを出せて上にいけるっていう感覚はあるから。でも、そういうスタンスで考えてなく、あくまでもシリーズチャンピオンが目的。全力を出させないでおさえて走らせるってこんなに大変なんだと思った。もっとバキューン! っと走らせたいけれど、それをぐっとこらえた。世の中の人が見たら『何だあいつらだらしね~な』って言うかもしれないけれど、それほどしぶとく、粛々とレースをやりたい。そしてシリーズチャンピオンになってみんなで喜びたいね。なんたって日本代表だから。チーム・ジャパンで世界一になりましょう」

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320kmオーバーを記録して、F.C.C. TSR Honda Franceチームのマシンがこの日の最高速だったと場内アナウンスで言われたことについて尋ねると、「うちのは時速400キロでるよ。なんたってHonda製だからね」と冗談を交えながらも、そんな歯がゆい思いをにじませていた。ポイント上、EWCのシリーズチャンピオン争いのライバルは1チームだけ。ランキング2位の#94 GMT94 YAMAHAとの一騎打ちだ。その差は10ポイントもあり、かなりのアドバンテージだが、微塵も楽観視しているようには見えなかった。

7月28日(土)、トップ10トライアルは近づいた台風の影響を考慮して、40分間の計時予選に変更された。それを横目にチームは自分たちの仕事を黙々と進めていた。レース本番まで気を抜ける時間はない。

フレディ・フォレイ、アラン・テシェ、ジョシュ・フック

迎えた、運命の決勝レース

7月29日(日)、決勝日。ウォームアップ走行を前にして、Hondaの八郷隆弘代表取締役社長がピットへ激励に訪れた。藤井総監督が「社長、約束通りランキング1位で鈴鹿に戻ってきたよ!」と明るく言って、笑顔の2人は力強く握手を交わした。雨が降ったかと思うと、急に太陽の光がまぶしくなり、そしてまた風をともなった雨。異例のルートを通り過ぎ去った台風12号(ジョンダリ)が残した雨雲のかけらが、チームに試練を与えるようにレースを難しいものにしようとしていた。

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ただ、チームとライダーに慌てるようすはなかった。スタートライダーは経験豊富な年長者であるフレディが担当。スタート前に降り出した雨によりほどんどがレインタイヤを装着して、8時間先のゴールを目指した。水しぶきが上がるウエットコンディションの中を危なげなくスタートして、フレディは1コーナーに飛び込んでいった。1周目は14番手で帰ってきた。12番手スタートだから2つ順位は下げたものの順調な滑り出し。その後も順位はそのあたりをキープ。雨が上がりドライコンディションになり、初のピットイン。スタートから51分後だった。このピットインでは、フレディがタイヤをレインからスリックに換えて再度コースに戻った。1時間経過、22周終了で15位。気になるライバルは13位で約4秒先を走っていた。例え前を走られていても、ポイント差からこの位置関係ならまったく問題なく、あせって追い越し前に出る必要はない。

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2時間経過時には5位まで上がってきていた。その間に2回目のピットインをして、ライダーはジョシュに。ライバルのGMT94 YAMAHAは12位。追い抜いたあと、同一周回ながらギャップを広げる。その後、転倒によるマシン炎上があり、この日初めてのセーフティカーが入った。3度目のピットインでジョシュからまたフレディに交代。荒れ模様の流れに翻ろうされず、チームは淡々と走行を続けていった。3時間経過時点では6位。ライバルはまだ同一ラップで10位。多くの人が注目していたこのレースでのトップ争いとは違うところで、しのぎを削る戦いが続いていた。4時間、5時間経過は5位のままスムーズに走りきり、16時半ごろ強く降り出した雨で転倒した車両の影響でまたセーフティカーが入った。30分ほどで解除になったがスプーン出口からピットレーンまでオイルがまかれてしまい、10分ほどで3度目のセーフティカーが入るというドタバタした状況もくぐり抜け、6時間経過時点で6位のポジションにいた。

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レースも残り1時間となったとき、じわじわと順位を上げてきていたGMT94 YAMAHAが真後ろにつけ、そして抜き去った。場内アナウンスでは、EWCのシリーズチャンピオンを争っている2チームのバトルを驚きの声で一大事のように伝えたが、順位が入れ替わってもチームもライダーもまったく焦っていなかった。このままでも栄冠は手に入るというのをだれもが分かっており、ピットも落ち着いていた。ライダーの走りからも焦燥感は感じられない。それでも、最終スティントを任されたジョシュがオーバーテイク。3度のセーフティカーや天候による路面コンディションの変化でトップチームさえ200周に届かなかった8時間レースで196周を走りライバルより前の5位でチェッカー。念願の日本チーム初となる2017-2018FIM世界耐久選手権シリーズのチャンピオンを獲得した瞬間がおとずれた。

フレディ・フォレイ

チーム・ジャパンでつかみ取った栄冠

ジョシュが無事に帰るのを待っていたライダーはピットレーンで飛び跳ねるように喜びを全身で表現していた、藤井総監督は溜まっていたものを放出するかのように両拳を漆黒の夜空につきたて喜び叫んだ。レースウイークに入ってから見たことがなかった会心の笑顔がその顔にあった。昨年9月のボルドール24時間耐久レースからスタートした今シーズン。2戦目のル・マン耐久レースでは日本チーム初の優勝を手にするなど輝かしい結果を残し、最終戦となる日本・鈴鹿で手にした最大の栄冠。

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「チームは家族のように接してくれるんだ」と語っていたフレディ。

フレディ・フォレイ:「本当に最高の気分です。チームはシーズンが始まってから今まで、どんなときでも常に全力を尽くしてくれました。チームのメンバーみんなの努力がこのように実を結んだことを、とてもうれしく思います。しかも、藤井監督やHonda、さらにTSRのホームである鈴鹿サーキットでシリーズチャンピオンに輝くことができたことも本当にうれしいです。チームとその関係者、みんなにありがとうと言いたい。そして日本のファンとこのタイトル獲得を喜びたいです」

ジョシュは「このチームには強いパッケージがあるけれど、自分たちができることをやりきるのが重要だ」と強く言っていた。

ジョシュ・フック:「僕らはこの瞬間を迎えるために、シーズンを通して全力を尽くしてきました。どのレースでもとにかく勝利を得るために走ってきました。これまで努力してきた全てが、今日こうしてチャンピオンという結果に無事に繋がって、とても幸せな気持ちです。チームのメンバー全員に心からありがとうと言いたいです。」

ケガのためテストで走れず、一時は暗い表情をのぞかせていたアラン。

アラン・テシェ:「本当に、本当に信じられない気持ちです。この結果を目標にしてやってきましたから。僕にとっては、これがEWCでの初のタイトル獲得になりました。本当にすばらしい気分です。2016年のル・マン24時間耐久レースからこのシリーズに参戦させてもらっていますが、まさか3年目でチャンピオンに輝けるとは思いませんでした。このチームから参戦するチャンスをくれた藤井監督に感謝しています。ポディウムからの景色は素晴らしかった。日本人レースファンは最高です」

F.C.C. TSR Honda France

鈴鹿の夜空の下で華やかに行われた表彰台の後、EWCチャンピオンとなったF.C.C. TSR Honda Franceの公式記者会見が行われた。最後のライダーを担当したジョシュは、体力の限界、多くの緊張から解き放たれたことにより、体調不良で欠席。藤井総監督、フレディ、アランの3人がメディアを前にコメントをして、最後のフォトセッション。ジョシュのヘルメットを抱え、左端に立った藤井総監督にフレディが一言「こういうとき、ジョシュはいつも真ん中に立つんだ」といって、ジョシュのヘルメットとともに藤井総監督を真ん中に立たせた。チャンピオンチームの家族のような強い絆が垣間見えるシーンだった。

藤井正和監督

表彰台、記者会見を終えて、うれしさとともに重責を果たし、そのプレッシャーから解放されたような表情をしていた藤井総監督に話をうかがった。

藤井正和:「やったね~。すごいよ。やっぱりタフなレースだったね。さすがGMT(#94 GMT94 YAMAHA)、あそこまで追い上げてくるとは思わなかった。だけど思った通りにやれたね。それで勝てたんだからハッピーだよ。この一年間を振り返って、最初は自分個人やチームだ、メーカーだと考えていたんだけど、今は国の代表という気持ちになったから不思議な感じがするよ。俺たちだけじゃここまで来られなかった。ポディウムの上からの景色はやっぱり最高。鈴鹿の表彰台、8耐の表彰台は別格だよ。これで夢がかなったから満足したなんてない。1回勝ったくらいでとんでもないね。もっともっとやりたい。我々はもっと挑戦したい。無理だ、駄目だ、って思うようなところからでもがんばれば成し遂げられるんだってことを伝えたい。バイクを使って日本を、世界を元気にしたい。強いHondaを見せたいね」

F.C.C. TSR Honda Franceチームの挑戦はこれで終わりではなく、これからも続く。藤井総監督の目はもう次の戦いを見ている。

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