F.C.C. TSR Honda France

Vol.01「世界一の耐久チームへ」


「我々はチャンピオンを取るために鈴鹿へやってきた」

総監督、藤井正和氏がテスト初日に語った言葉の中で、これが一番力のこもったものだった。今年の鈴鹿8耐は、いつもの鈴鹿8耐とは違う。

チームがEWC(世界耐久選手権)に参戦するようになったのは2016年からだ。藤井監督は以前から「3年でシリーズチャンピオンを取る」と公言していた。2016年シーズンはランキング7位、全5戦で年をまたぐようになった2016-2017年シーズンは4位。着実に前進し続け、3年目となる今季2017-2018年シーズンはこれまでの4戦中優勝2回に3位と6位でランキングトップ。勝利の中には日本チームとしては初の快挙、ル・マン24時間レース優勝も入っている。

そのEWCの最終戦がこの鈴鹿8耐。ランキング上で優勝の可能性があるのはF.C.C. TSR Honda Franceチームともう1チーム。事実上の一騎打ちである。戦いを前に藤井監督はその意気込みで満ちあふれていた。

藤井監督

ホームの鈴鹿で世界一のチャンス。やらなきゃいかんでしょ

藤井正和:「余裕なんてなくて、いっぱいいっぱいですよ。今までは『俺達はチャレンジャーだ! なくして困るものなんてない』という感じで一生懸命取り組んできましたから、全力で戦って潰れてリタイアするのも怖くはなかった。でかい相手にぶつかるとか、高い山に登るとか、退路を断って挑むのが我々の生き様だった。今回は違うわけです。最後まで走りきって成績を残し、シリーズチャンピオン争いに勝たないといけない。仮にレースで転んだとしても、なにがあっても帰ってきてもらいたい。こういうレースは過去になかったから、大変と言えば大変だけど、このプレッシャーも含めて一番楽しみにしているのは我々。Hondaの代表でありながら日本の代表だと感じている。これまで世界一になったことがないのだから経験したことがない気持ち。だからおもしろいのかもしれないね。ホームの鈴鹿で世界一を取れるという最高の舞台ですから、やらなきゃいかんでしょ」

藤井監督は「ふぞろいの林檎という感じ」と冗談めかして3人のライダーを表現する。フランス出身で耐久レースでの経験が豊富な最年長ライダーのフレディ・フォレイ(33歳)。Moto2を含む数々のカテゴリーを経験し、鈴鹿8耐には4度出場したことのあるオーストラリア人のジョシュ・フック(25歳)。フレディと同じフランス人で、Moto3、Moto2を経験してきた若手ライダーのアラン・テシェ(23歳)。

(左から)フレディ・フォレイ、アラン・テシェ、ジョシュ・フック

フレディ・フォレイ:「このチームに加わって、すぐにマシンがとてもいいことに気がついたけど、結果を残すにはあと一年はかかるかと思っていたんだ。でも最初のレースに参加してみてから、もしかしたら今年、それを達成できるのかもしれないと思った。実際にそれは間違っていないだろうね。もし今年、ワールドチャンピオンに輝くことができたら、僕たちチームにとってはそれぞれがきちんと役割を果たせたということだし、すばらしい仕事をしたと胸を張って言うことができると思う。鈴鹿8耐には世界中から速いライダーが集まるけど、自分のペースを守るのが大事だ。たとえ自分より速いライダーがいても、それに惑わされてペースを崩したら元も子もないからね」

フレディ・フォレイ

ジョシュ・フック:「真夏の炎天下で長時間走り通さなければならないレースだから、体力的にも大きな負荷がかかる。タフさで言ったら鈴鹿8耐は世界一かもしれないね。とにかく、レースに向けて準備を整えていくことがなにより大切だと思う。決勝レースではチャンピオンになることに集中して走りきらなけばならない。このレースで、優勝に向かってプッシュすること以外を目指すのは、今年が初めてじゃないかな。とにかく慎重に走らなければならない。ここで勝つことより、チャンピオンを獲ることの方が重要だからね。このチームには強いパッケージがあるし、なによりHondaにとってはホームサーキット。鈴鹿8耐に長年挑んできた経験もある。ここではこれまで毎年、いいペースがあるし、自信はあるよ」

ジョシュ・フック

アラン・テシェ:「決勝レースに向けては、タイトル獲得を最優先に走るつもりです。チャンピオンに輝くのは、世界選手権に参戦するすべてのライダーにとっての夢ですからね。本当に狭き門です。だからこそ、決勝日は一人でも多くのモータースポーツファンに鈴鹿へレースを見に来てほしいです! 日本のチームが世界耐久選手権でチャンピオンを獲ったことはまだないわけですし、歴史的な瞬間をぜひ、その目で目撃してもらいたいですね」

アラン・テシェ

コメントからも分かるように、3人のコンセンサスが取れて、ライダーの息は合っている。全員が7月のテストから決勝まで帰国しないで日本にとどまるというところにも注目だ。藤井監督が「一緒にいる時間が多くなって理解が深まり、助けあったり、励ましあったり。飛び抜けてはいないけれど、ライダー、マシンを含めたチームの総合力で世界一を目指して戦ってきた」という一体感が、今シーズンの好成績につながっている。

シリーズ参戦で培った調整力。チーム一丸となって前進する

7月に入った最初のテスト、5日の4メーカー合同テスト、6日のタイヤメーカーテストは2日間ともウエットコンディションだった。ライダーは水煙を上げながらCBR1000RR SP2を精力的に走らせた。
「雨の中で手応えを感じることができたからよかったと思う」(フレディ)
「データ集めに苦労したけれど、マシンのフィーリングはかなりいい」(ジョシュ)
「ウエットでのベースセッティングが見つかり、これで決勝が雨でも戦える」(アラン)
と、ポジティブな発言をしつつ、当然ながら三者とも早くドライで走りたいという気持ちでいっぱいだった。

F.C.C. TSR Honda France

翌週、7月10~12日の合同テストは待ちに待ったドライコンディション。それも鈴鹿8耐らしく湿度と気温が高い、日本の夏本番といった天気だ。絶好のテスト日和になったが、残念なことにアランは以前負った左ヒザのケガの状態が悪化。思うようにヒザを曲げられずに走れなくなった。2人のライダーがマシンのセッティングをしっかり進めてくれてよかったとアランはコメントしたが、表情には無念さがにじんでいた。これによってドライの3日間、2人のライダーで走り込むことに。このテストから今まで使ってきたものとは違う新しいシャシーになり、マシンをゼロから作り込んでいく大事な作業となった。

ナイトセッションもあった初日は、両ライダーが「思うようにいかなかった」と発言していたが、2日目は徐々にセッティングが煮詰まっていき、「基本となるセッティングが見つかった」と言うジョシュが午後のセッションで2分9秒488のチームベストタイムをマーク。同じようなコメントを述べたフレディも前日のタイムから刻んできた。テスト最終日、いろいろなメニューをこなしながら、確実に周回を重ね続け、ベストタイムを2分9秒186まで縮めた。ポイント的には2チームによるEWCシリーズチャンピオン争いになったが、そのライバルより前の位置で終えられたことは気持ちも含めて大きい。安定したアベレージも維持できていた。

F.C.C. TSR Honda France

ジョシュ・フック:「これまで世界耐久選手権に参戦してきた中で、それぞれのサーキットで、3人が乗りやすいようにマシンをセッティングする作業を何度も繰り返し行ってきている。マシンだけでなく、ライダー、メカニックを含めて本当に強いパッケージになっていると感じているよ。僕たちはチャンピオンを獲るために戦っているチームだし、そのためには完ぺきなマシンでなければならない。もしなにか問題があるなら、なにがなんでもそれを解決してレースに臨む必要があるんだ。このレースにすべてがかかっているからね。だから、ときにはメカニックたちに檄を飛ばしながらセッティングを詰める作業をやってきた。チーム全員が一生懸命に働いてくれたおかげで、大きな進歩を遂げることができたことに満足しているよ」

F.C.C. TSR Honda France

フレディ・フォレイ:「ここまでのテストで自分たちがどの程度の走りをできるかはだいたい分かった。それ以上を出そうとしてはいけないし、無理にレースをしてはいけない。走るペースも着実に上げてこられたし、最終日にはマシンにかなりいい手応えを感じた。今シーズンはこれまでに2勝を挙げているおかげで、僕らには10ポイントのアドバンテージがあるんだ。それを踏まえると、無理をせずとにかく冷静に自分の仕事を、きっちりこなさなくてはならない。それがチャンピオンにつながる道だと思うよ」

F.C.C. TSR Honda France

藤井正和:「世界を見渡しても、鈴鹿サーキットっていうのは飛び抜けて難しいサーキットなんですよ。こういうレイアウトは鈴鹿にしかないね。ここにマシンを合わせ込むっていうことは大事だけれど難しくて、じゃあここを征服するためになにが必要なんだってことをいろいろ考えて事前から仕込んできたわけです。今回のテストで実際ニューパーツを導入したんですが、まだまとまったとは言えないね。フレディとジョシュはセッティングの好みが少し違うけれど、それをすり合わせていくのがチームに必要なこと。ただ、明日がレースでもう戦うしかないという状況になったならば、しっかり戦えるレベルまでは来ていると思うよ」

F.C.C. TSR Honda France

これまでとは違う決勝の日、7月29日が近づいてきた。泣いても笑っても時間は流れていく。サイは投げられた。藤井監督は、運命の日に向けて「世界一になりますよ!」と力強く言い、やさしく微笑んだ。

News