MuSASHi RT HARC-PRO. Honda

Vol.02「試練を成長の糧にして、来年を見据える」

走行を重ねるごとに良化するチーム力

ランディ・ドゥ・プニエ:「予選までは本当にフィーリングがよかったんだ。今まで感じたことがないくらいにね。でも、転んでしまった。いいスタートを切れたあとだっただけに残念だった」

スタートライダーのランディ・ドゥ・プニエは、痛む右手小指を抑えながらこう言った。MuSASHi RT HARC-PRO. Honda、2周目のアクシデントだった――。

MuSASHi RT HARC-PRO. Honda(#634)

2018年の鈴鹿8耐、MuSASHi RT HARC-PRO. Hondaの立ち位置は、近年の8耐とははっきりと違っていた。Hondaワークスチームが参戦を休止していたこの10年、優勝を義務付けられ、「常勝Honda」の座を守り続けていたのが、このチームだったからだ。

しかし今大会はワークスチームが復活し、サテライトチームとしてワークス仕様のCBR1000RR SP2で挑むとともに、またライダーもJSBマシン初年度の水野涼に、ドミニク・エガーター、ランディ・ドゥ・プニエを組み合わせた。ハルクプロというレース・プロフェッショナルが、新しい体制で臨んだ鈴鹿8耐だったのだ。

(左から)本田重樹、本田光太郎

本田重樹:「ドミニクやランディは、ライダーとしても、鈴鹿8耐でももうベテラン。ランディは、本番前に急きょチームに合流してもらったという事情はありますが、雨の事前テストで走行してもらっていた。新しい8耐用マシンの評価軸として、すごく助かっていた。うちのチームの若いライダーである水野は、こういうベテランからなにかを学んでほしいね」

水野とエガーター、そしてレース直前に合流したドゥ・プニエのコンビネーションはレースウイークに入ってから早くも機能した。レース前に行った事前テストでドゥ・プニエが好タイムをマークすると、レースウイークに入ってから3人のタイムが上がり始め、だれか一人だけが速いのではなく、3人そろっての好タイムが見え始めたのだ。

(左から)ドミニク・エガーター、ランディ・ドゥ・プニエ

「フリー走行、予選と、決勝へ向かっての流れがよくなっていきましたね。マシンは、事前テストから進めて、水野がベース仕様を決めていきました。『そのマシンのフィーリングがいい』とドミニクも認めてくれたし、ランディもその仕様からさらに詰めてくれて、器用に乗ってくれました。特にロングランをやっているとき、涼とドミニクのフィーリングはあまりよくなかったんですが、そこではランディが『ユーズドタイヤのときのフィーリングで判断しちゃいけない。これはタイヤの状態で大きく変わることだから』とアドバイスもしてくれたんです。僕らメカニックが言うより、何倍も説得力がありますよね。セッティングで迷ったとき、仕様を選択するとき、ランディの判断力や引き出しがすごく役に立ちました」と語ったのは、現場を指揮する本田光太郎監督。

期待と不安がないまぜになって、レースウイークがスタートする。

MuSASHi RT HARC-PRO. Honda

ベテランを襲ったまさかのアクシデント

26日(木)に行われたフリー走行では総合4番手。27日(金)の公式予選では、2回の走行を通じてエガーターが4番手、水野が12番手、ドゥ・プニエは2番手につけた。水野が上位10位に入れなかったのは、予選で2セットしか使用できないニュータイヤをエガーターとドゥ・プニエに渡し、水野はユーズドタイヤでの走行に専念したためだ。結果、3人の平均タイムで決まる予選総合結果は5番手。優勝候補チームの一角に食い込んだと言える結果だった。

28日(土)、予選上位10チームが出場できるトップ10トライアル(台風12号の影響を考慮し、計時予選に変更)へはエガーターとドゥ・プニエ、そして水野も出走。結果、ドゥ・プニエがチームトップの2分06秒177をマークして4番グリッドを獲得。表彰台を狙うチームとしては、好調な滑り出しだった。

ランディ・ドゥ・プニエ

ドミニク・エガーター:「ランディがいいタイムを出してくれて4番手に入ることができました。僕自身は、昨年のタイムにも届かなかったし、もう少し速く走れると思っていたんですが、うまくペースをつかむことができなかったです。でも、8耐で重要なのは1周の好タイムではなく、8時間で何周できるか、ということ。マシンはどんどんいい方向に進んでいるし、4番手スタートはすごくポジティブだと思います」

ドミニク・エガーター

そして29日(日)の決勝レース。台風が接近、そして通り過ぎた三重県地方は、朝から不安定な天候となり、鈴鹿サーキットは朝から曇り時々雨。雨は霧雨のように降ることもあれば、強くなる時間帯もあった。特に決勝レース直前には雨脚が強くなり、決勝レースはレインタイヤでのウエット路面でのスタートとなった。

スタートライダーはドゥ・プニエ。ホールショットを奪ったレオン・ハスラム(カワサキ)を高橋巧(Red Bull Honda with 日本郵便)がかわしてオープニングラップがスタートすると、ドゥ・プニエはオープニングラップを終えて4番手。まずまずの好スタートと思われた瞬間、2周目に入ったばかりの2コーナーで転倒してしまう。路面の雨の量が一定していないタイミングで、水たまりにフロントタイヤを乗せてしまったのかもしれない。

本田光太郎:「転倒したと思ったら、ランディはそのままピットに入らず、3周目に入っていったんです。これはマシンのダメージがなかったのかな、タイムロスも最小限で済んだかもしれない、と思ったら、次の周にピットに入ってきました。マシンのダメージはさほど大きくなかったんですが、ランディが右の小指を負傷していて、痛みに耐えかねて入って来たようでした」

ドゥ・プニエの負傷は予想以上にひどく、ほぼ右手小指を欠損していたような状態だった。エガーターが走行準備を整えている間にマシンの小ダメージを修復したピットは、2番手ライダーとしてエガーターをコースに送り出す。このピットインで約5分のタイムロス、順位は60番手まで落ちてしまっていた。

ドミニク・エガーター

本田光太郎:「ここからはもう、もう1度レースをやり直すぐらいのつもりで追い上げました。ドミニクは的確に速くラップしてくれたし、すごく安定感があった。ドミニクはこれが5回目の8耐ですが、さすがの安定感がありましたね。ここから(水野)涼にマシンを渡して、涼も順調に周回してくれました」

エガーターから40周目にマシンを受け取った水野は、45番手あたりから27番手あたりまで順位を上げ、再びエガーターにライダーチェンジ。エガーターはこのスティントでチームベストタイムをマークし、MuSASHi RT HARC-PRO. Hondaをついに18番手まで押し上げた。このままいけばトップ10圏内でフィニッシュできるかもしれない。水野を2度目の走行に送り出して、チームの新しい目標が定まったころ、この日2度目の雨が降り始める。水野をはじめ、多くのライダーはスリックタイヤのままだ。

水野涼

リタイアとなったレースの中に見えた水野の成長


2回目の走行となった水野は、明らかに走りがレベルアップしていた。ラップタイムも安定し、上位チームとそん色ない走りを見せながら、ポジションも少しずつ上がっていく。スタート直後に60番手まで下がったリーダーボードの車番「634」が15番手まで上昇した120周目あたりに、ほんの5時間前にドゥ・プニエを2コーナーで餌食にした雨が、再び激しくなり始めた。

本田光太郎:「雨が降り始めて、ちょうどトップを走っていた(マイケル・)ファン・デル・マーク(ヤマハ)にかわされたんです。このペースで行けるのか、とマークしたようですが、ファン・デル・マークが一瞬マシンを滑らせたのと同じコーナーで、涼は転んでしまった。ここはライダーの差だとしか言いようがありません」

結局、水野はこの転倒で負傷しマシンがピットに戻ることはなく、MuSASHi RT HARC-PRO. Hondaにとっての2018年の鈴鹿8耐は、123周回してのリタイアとなってしまった。

水野涼

本田光太郎:「8耐で上位入賞するためには、『ライダーは転んじゃいけない。ピット作業はミスしてはいけない』が鉄則ですが、レースでライダーが転ぶのはしょうがないこと。これも含めてレースです。残念ながら、今年の鈴鹿8耐はリタイアに終わりましたが、収穫もあったレースでした」

それは、水野の成長なのだ。水野は全日本ロードレースで走っているスプリント仕様とは全く違うCBR1000RR SP2に乗り始めると、事前テスト2回とプライベートテストでぐんぐんタイムを上げ、自分専用のセッティングでなくともタイムを出せるようになっていった。さらに、雨や混雑したコース上でも、安定して自分のペースを守るという8耐仕様の走りもきっちり披露。レースウイーク、そしてレース中の成長も著しかった。

本田光太郎:「涼は、最初の走行で2分11秒から12秒で周回していたんですが、2回目の走行では2分10秒台前半で周回することも多かったんです。これにはびっくりしましたね。なにかつかんでくれたかな、って感じがしました。やはり、ランディとドミニクという、世界のトップライダーと一緒に走って、セッティングや走り方を勉強して、すぐに成果を出してくれたんでしょう。転んだスティントは、自信を持って走っていたし、雨が降り始めて少し焦ったかな、と思います。これはもう、ライダーの習性だからしょうがない」

本田重樹:「8耐って、本当に難しい。それを改めて思い知らされたレースだった。うちのチームで走れるなら、って来てくれたドミニクとランディに悪いことしちゃったね。涼は、あの転んだ場面を乗りきって初めて、もう一つレベルアップできるんだ。経験不足だってことは間違いないけれど、今年一つ経験を重ねたからね、もう経験不足なんて言わせない。これを試練だと思って糧にしていかないとね」

水野涼

最終的に、113周目に記録した水野のベストラップ2分09秒943は、エガーターのわずか1秒落ちにまで迫っていた。この成長が、MuSASHi RT HARC-PRO. Hondaが今年の鈴鹿8耐で得た大きな収穫だった。

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