Red Bull Honda with 日本郵便

Vol.03「幾多のマイナス要素を乗り越えて挑んだ鈴鹿8耐」

突然のライダー負傷から、チームメンバーの変更

レース終了後、宇川徹監督はサッパリした明るい表情で、しかし無念そうにつぶやいた。

宇川徹(以下、宇川):「完敗でした。総合力でライバルチームに勝てませんでしたね」

10年ぶりにワークスチームを復活させ、必勝を期して臨んだ2018年の鈴鹿8耐。高橋巧/中上貴晶/パトリック・ジェイコブセンの3人で2位表彰台に上がったとはいえ、鈴鹿8耐で優勝することは、ワークスチーム復活プロジェクトの大きな目標の一つだっただけに、これを達成できなかったことは「負け」なのだ。

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レース前には、高橋と中上、それにワールドスーパーバイク選手権(=WSB)にCBR1000RR SP2を駆ってフル参戦しているレオン・キャミアという、MotoGP/全日本ロードレース選手権/WSBのトップライダー3人によるチーム編成が発表されたが、そのキャミアが事前テストで転倒を喫し、決勝に出場することができなくなってしまう。

宇川:「いろいろなオプションを考えました。もちろん、高橋と中上の2人で走ることも考えましたが、今の8耐では、3人チームのメリットの方が多いと判断し、バックアップメンバーを呼んだのです」

Hondaは今大会、Hondaチームのバックアップとしてランディ・ドゥ・プニエを用意していた。しかし、ライディングスタイルの違いや、マシンセッティングの相性から、Red Bull Honda with 日本郵便は、MuSASHi RT HARC-PRO. Hondaから出場予定だったパトリック・ジェイコブセンをキャミアのリプレイスとして指名。ジェイコブセンは2018年からWSBにフル参戦しているアメリカンで、次世代を担う若手の一人として期待されているライダーだ。

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パトリック・ジェイコブセン:「突然だったけれど、Hondaのワークスチームに指名されてうれしいよ。ワークスチームの事前テストには1回しか合流できなかったけれど、CBR1000RRはいつもWSBで乗っているマシンだし、期待に応えられるようにがんばりたい」

ジェイコブセンがチームに合流できたのは7月20日(金)のプライベートテストから。決勝レースのわずか1週間前だっただけに、短い時間で最小限のシェイクダウンだけを済ませて、高橋/中上/ジェイコブセンのチームが始動した。急造チームなのは否めないが、そこは高橋と中上のライダーとしてのスキル、そしてHondaワークスチームのチーム力でバックアップしていけばいい。

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レース直前に上向き始めるチーム力

レースウイークに入ってから本格的にマシンの仕上げに入ったRed Bull Honda with 日本郵便。26日(木)に行われたフリー走行では、全日本からシーズンを通してマシンを作ってきている高橋、ウエットでもドライでもテストを一通り済ませている中上はさておき、ジェイコブセンがマシンに乗る時間を多く取った。ここまでの走行ではチームのトップタイムはやはり高橋だったが、中上、さらにジェイコブセンもそのタイムに近づき始め、個人としてより、徐々にチームとしての戦闘力が上がっていく。

宇川:「PJ(ジェイコブセン)がうまく乗り始められたので、巧(高橋巧)とタカ(中上貴晶)、3人のタイムがそろってきましたよね。8耐というレースを考えると、いい傾向だと思います。一人だけ飛び抜けて速いより、3人のタイムがそろう方が絶対にいいですから。セッティングも、今回は巧寄りの仕様で進めています。ライディングポジションやエンジンの出力特性、サスペンションのセッティングなど、3人の平均地点を取る考え方はありますが、巧という軸を使ってリードしてもらいます」

27日(金)に行なわれた公式予選では、第1ライダーの高橋が1回目の走行でグループトップの2分06秒775をマーク。続いて第2ライダーの中上が2分07秒195でグループ3番手、そして第3ライダーのジェイコブセンが2分08秒150でグループ5番手タイムをマークする。ただし、予選では2人しか新品タイヤを使えないため、ジェイコブセンはユーズドタイヤで走ってのタイムだった。

2回目の走行では3人ともユーズドタイヤで走行し、高橋が2分07秒509でグループ2番手、中上は2分07秒989でグループ4番手、そしてジェイコブセンは2分08秒636でグループ6番手。3人のライダーによる2回の走行のうちのベストタイムを平均して算出される計時予選順位では、Red Bull Honda with 日本郵便が総合3番手タイムを記録した。上位10チームによって行われる、28日(土)のトップ10トライアルに駒を進めることになった。

中上貴晶(以下、中上):「今日は午前の1回目走行でタイム出しをして、午後はユーズドタイヤで周回して、どれくらいのペースで走れるかの最終チェックをしていました。1回目の走行では赤旗が出て、ベストタイムが無効になることもありましたが、巧君のタイムに僕とPJが追いついてきましたね。1周の好タイムを狙わずに、レースペース、アベレージスピードをどこまで上げられるか、最後までセッティングを進めたいです」

しかし、金曜の夜から鈴鹿サーキットのある三重県地方には台風12号が接近、上陸も予想されたため、土曜のトップ10トライアルは通常の1台ずつのタイムアタックではなく、進出する10チームが同時にコースインする40分間のタイムアタックセッションに変更。ここでRed Bull Honda with 日本郵便は高橋と中上の2人が出走し、中上が2分06秒127を記録、2番グリッドからのスタートを決めた。ここまでの準備は、まずまずだった。

高橋巧(以下、高橋):「(昨年までは使わなかった)タイム出し用のソフトタイヤを履いてみたんですが、あまり好みに合わなくて、うまく使えませんでした。それでアタックはレース用タイヤで2分06秒後半を出したら、あとはマシンをタカに託して、しっかりタイムを出してもらいました。予選はそんなに重視していないので、これで十分。あとは明日に集中します」

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最大の勝機で降りかかったアクシデント

明けて29日(日)の決勝日は、台風の直撃こそ避けられたものの、朝から不安定な天候に見舞われてしまう。朝のフリー走行から小雨が降り、路面コンディションはウエットからドライへ。決勝レースの開始時刻も、マシンをグリッドにつけるタイミングでは曇り空から雨粒がぱらついたくらいだったものの、スタート直前には強い雨となり、2018年の8耐はフルウエットからのスタートとなった。

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高橋:「よし、と思いました。ウエットは全日本のシーズン序盤からこの8耐のテストにかけてうまく走れていたし、自信もあった。スタートは行けるだけ行こう、と思いました」

決勝レースが11時30分にスタート。ほぼ全車がレインタイヤをセットした。スタートライダーを務めた高橋はグリッドからの飛び出しこそレオン・ハスラム(カワサキ)に先行されたが、1コーナーでハスラムのインをつき、すぐにトップへ。そのままハイペースで走行を続け、2番手以下を大きく突き放していく。オープニングラップをトップで終えた高橋と2番手との差は、3周目には4秒弱、8周目には5秒、9周目には9秒へと開いていった。

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しかしここで雨脚が止み、路面は徐々に乾いていく方向へ。トップをほぼ独走する高橋だが、後方では3番手にいたシルバン・ギュントーリ(スズキ)が14周目に、マイケル・ファン・デル・マーク(ヤマハ)が15周目に、レオン・ハスラム(カワサキ)が16周目にピットイン。ドライ用のスリックタイヤに交換して高橋を追走する。

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高橋は、トップグループでは最も遅い17周目にピットイン。タイヤ交換、ガソリン補給を行い、ライダーは高橋のまま2スティント目へ飛び出していった。

宇川:「最初のピットイン、レインからスリックへのピットインタイミングは難しかった。雨が止んで路面が乾いていって、次々とライバルチームがピットに入りましたけど、もしあのタイミングでまた雨が落ちてきたら、うちだけが独走できる。そういうタイミングを見ての17周目でした。ライダーを交代しなかったのは、こういうコンディションでのセオリーでしょう。交代したライダーが最初からハーフウエットの路面に慣れていくより、コース状況を知っているライダーをそのまま走らせた方がいいですからね」

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ギュントーリ(スズキ)、ハスラムからバトンを受けたジョナサン・レイ(カワサキ)、ファン・デル・マーク(ヤマハ)に続く4番手で2スティント目をスタートした高橋。ドライ用のスリックタイヤに交換するタイミングが遅れ、さらに高橋が1時間を超える連続走行となったこともあって、20周を数えるころにはトップから約10秒遅れてしまう。

高橋は、ガソリン補給とタイヤ交換を終えて、28周を周回して中上へライダーチェンジ。高橋は、2回のスティント合わせて1時間42分/46周を走行。中上にマシンを託したころには3番手となり、トップとの差は15秒ほどになっていた。

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しかし14時を前にした65周目、転倒車が出て火災が発生したことで、この日最初のセーフティカーが入った。このタイミングでトップから22秒ほど後方で3番手を走っていた中上は、セーフティカー介入でビハインドが帳消しとなり、セーフティカー退出のころにはトップとの差は3秒ほどに接近。そのままRed Bull Honda with 日本郵便はピットインのタイミングを遅らせ、中上は30周を消化してマシンを高橋に再びバトンタッチした。

Red Bull Honda with 日本郵便の前を走るカワサキとヤマハが72周目にピットインしたことで、76周まで引っ張ったRed Bull Honda with 日本郵便は4周のアドバンテージを確保。耐久レースでは、1スティントで周回数を稼ぐ好燃費が、最後に効いてくる。

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高橋による2度目の走行では、コースイン3周目にチームベストラップとなる2分08秒109をマークするなど、トップを走るカワサキ、2番手ヤマハ、そして3番手のRed Bull Honda with 日本郵便差はこう着状態に。高橋も28周を走り、2回目の走行となる中上へバトンを渡した。このスティントは、アレックス・ローズ(ヤマハ)、ハスラム(カワサキ)とのマッチアップ。3番手を走る中上は、このスティントでもピットインのタイミングを遅らせ、ヤマハとカワサキが133周目にピットイン、ガソリン補給とタイヤ交換を済ませたあとも走行を続行。この時点で、ピットタイミングの関係で中上がトップに立った。

すると中上にバトンタッチしてから24周目に、再びコースに雨が落ちてくることになる。ヤマハ、カワサキはライダー交代を済ませ、スリックタイヤで出走したばかり。ここで中上がピットに入り、レインタイヤで高橋が勝負をすれば、一気に後続を引き離せるはずだった。

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宇川:「もちろん、あの時点でタカをピットに入れて、レインタイヤ+巧で逃げる戦略を立てました」

しかし、中上がピットインのタイミングを探る間に、再びセーフティカーがコースに介入したことで、トップの中上とヤマハのファン・デル・マーク、カワサキのレイとの間隔は接近。そしてセーフティカー介入の隊列走行中、33周を周回した中上がピットイン。レインタイヤに交換したあと、コースインしたのはジェイコブセンだった。雨に自信を持つ、しかもスタートで2番手以下を大きく引き離した高橋を使わなかった理由とは?

宇川:「実は巧は、このスティントのあとに体調を崩して、出走できなかったんです。熱中症やケガではないんですが、体調不良としか言いようがないですね。ここでコースインさせることは無理でした」

いまだセーフティカーがコースに残る中、レインタイヤ+ジェイコブセンでコースインしたRed Bull Honda with 日本郵便だったが、ヤマハとカワサキもすぐにピットイン。トップ3チームすべてがレインタイヤでの140周目以降の戦いとなった。このころ、カワサキはレイが隊列走行中に転倒を喫してタイムロス。ジェイコブセンはセーフティカー終了後にローズ(ヤマハ)にかわされ、その後方にハスラム(カワサキ)というトップ3の顔ぶれとなっていく。

宇川:「あのタイミングが最大の勝機だったと思います。巧というカードが切れればよかったんですが、体調不良では乗せ続けるわけにはいきません。これも8耐ということになるんだと思います」

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ジェイコブセンが33周回を終えての170周目、ジェイコブセンから中上へ、最後のライダー交代を迎える。この時点でトップを走るヤマハとの差は約1分、3番手のカワサキにはほぼ1周のアドバンテージを築いていたが、3度目の走行に入った中上のペースをもってしてもヤマハに届くことはなく、199周、トップと唯一の同一周回を回って、30秒差の2位フィニッシュ。Red Bull Honda with 日本郵便の悲願は、かなわなかった――。

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1年後のゴールに向けて

事前テストでのライダーの負傷と交代、そして決勝レース中の高橋の体調不良による走行不可能。思いもよらないマイナス要素ばかりが降りかかった鈴鹿8耐だったが、それでもRed Bull Honda with 日本郵便は2位表彰台を獲得してみせた。誇るべき表彰台のはずなのに、Hondaワークスチームにとっては、負けでしかない2位という結果。

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宇川:「マシンが新しかったとか、ライダーがテストする時間が十分に取れなかったとか、すべて言い訳になりますからね。僕らは2位に終わった、ヤマハに完敗した、それが結果です。もちろん、ここから来年に向けて、8耐優勝に向けてがんばります。マシンの完成度、ライダーのスキル、チーム力を上げること。それにはいろいろな環境も必要だし、与えられた材料の中でやるしかないレースなら、より戦闘力の高い材料を与えられるように準備をします。あとはワークスチーム復活のもう一つの目標、全日本選手権でのチャンピオン獲得に向かってがんばります」

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