KYB MORIWAKI MOTUL RACING

Vol.03「大きな前進を果たした2年目の夏」

台風12号が接近した影響で、不安定な天候で迎えた鈴鹿8耐決勝レース当日。グリッド整列後に降ってきた雨により、ほとんどのチームがレインタイヤに交換したが、KYB MORIWAKI MOTUL RACINGは交換せずにスリックのままだった。

だからこそ行く。スタートから見せたモリワキスピリット

KYB MORIWAKI MOTUL RACING

午前11時半、伝統のル・マン式スタートでいよいよレースが始まる。スターティングライダーを務める清成龍一は、9番グリッドから午後7時30分のゴールを目指してスタートを切った。雨脚がどんどん強くなる中、水煙を上げながら各車が1コーナーに消えていく。

KYB MORIWAKI MOTUL RACING

トップ10から挑んだKYB MORIWAKI MOTUL RACINGだったが、1周目は52位、2周目には59位とほぼ最後尾まで順位を下げた。その理由が場内でアナウンスされると、観客席からはうめくようなどよめきが上がっていた。

清成はそのときの心中を、レース後にこう語った。

清成龍一(以下、清成):「メカニックからスリックでいきたいと言われたんです。僕は全くいきたくなかったんですけど(笑)。朝のウォームアップで、雨が上がって乾き始めたときに、この路面コンディションならもう10分スリックを履いてもよかったと感じて、その情報をチームに伝えていました。それがあったから、スタートの雨の量や、長引かずにやんだらすぐに乾くというのを考えて、チームの戦略としてスリックを選択しました。そうしたら、だらだらとなかなかやまずに降り続けまして。あんなに水しぶきが上がるヘビーウエット路面をスリックで走るなんて人生で初めてでしたね」

溝がないため排水ができない、路面温度も合わないスリックタイヤで雨の中を走る怖さは相当なものだと言いながらも、そう決断したのはチームとの信頼関係があったからだ。

KYB MORIWAKI MOTUL RACING

清成:「路面の水が多くて、最初はこんな選択をしたのを後悔しました。メカニックを恨みましたね(笑)。これが8耐じゃなかったとしても、どのレースでもスリックで濡れた路面は怖いですよ。最悪な状況でしたが、チームへの信頼があったから、ばん回できるはずだと思いながら走りました。最下位にはなったんですが、その位置でこの1時間のセッションを終えても残りは7時間ありますから、絶対にできると思い集中できました。とにかく転倒しないように気をつけて、雨がやみ、路面が乾いたときにどう対処してタイムを上げていくかと冷静に考えていました」

これはメーカーワークスではない、プライベートチームであるモリワキだからこその戦い方でもあった。古い時代から、常に革新的なアイデアと技術を取り入れてきたモリワキエンジニアリングの社長である森脇護は、かつてこう語っていた。新しいことに挑戦したのはお金がないからで、プライベートチームがメーカー系チームと同じことをやっても勝てないから、アイデアで勝負するのだと。

清成:「大きなリスクを取ってでもなにか違うことをやっていかないと、結果につながりにくい。別のチームでしたが、以前もプライベートチームで出ていたことがありますから、そういうギャンブルは普通でした。その中でも、モリワキは飛び抜けているんですが(笑)。もし、雨が3周や4周で上がって乾いていったなら大当たりでした。今回は外しましたけど、大外しではなかったと思います。だから、転びそうでめちゃめちゃ怖かったんですが、すぐにあきらめてピットに入らず、チームの戦略に必要な時間を走りきりました。ちゃんとマシンを裕紀(高橋裕紀)に渡せば、つないでしっかり走ってくれるという信頼があるから。絶対に転倒してはダメだけど、攻めて走らないといけないという狭間でたいへんでした」


高橋裕紀、清成龍一

スリックタイヤで雨の中を走行し続ける清成の帰りをピットで待ちながら、走りを見ていた高橋はどう思っていたのか。

高橋裕紀(以下、高橋):「すぐにピットに入ってくると思っていたんです。それほど雨がひどかったので。でも数周しても入ってこなくて、こんな怖い状況で決まった時間をきっちり走りきるつもりなんだってことが分かったので、身が引き締まる思いでした」

チームの予想よりも雨が上がるのは遅くなったものの、鈴鹿サーキットに陽が射してレコードラインから乾き始めてきた15周目くらいに、ピットインするチームが多くなった。その間に、清成はどんどんペースを上げて順位を高めていった。清成がようやくピットインしたのは、スタートから1時間を軽く過ぎた31周目。ここで高橋にマシンを託した。ここまでに清成は、なんと44台を抜き去り15番手まで浮上していた。

KYB MORIWAKI MOTUL RACING

清成:「もうどのチームとどう戦っているのか、敵ライダーがどこにいるのかななんて全然分からなかった。何位かをチェックしても、ふ~ん、そんなものかな、なんて感じで順位を上げていっている実感もなかったですよ」

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マシンを受け取った高橋は順調なペースで周回し、一時は9番手まで順位を上げた。約1時間のスティント27周を走りきり、11番手でまた清成へとつないだ。そこから5周を走り、もうすぐスタートから2時間半の14時を迎えるというときに、転倒した車両の燃料に引火したことでセーフティカーが入る。清成は前を走るライダーに追いつこうとプッシュしてタイム差を縮めていたが、セーフティカーが入るタイミングにより、アンラッキーにもその差が開いてしまった。これもレースである。

常にピットにいて、チームメンバーとしてレースを戦ってきた森脇護の三女、森脇緑は「レースというものはなかなか自分たちの思い通り、計画通りにはいかないのが世の常で、実力だけでなく運も必要なんです」と8耐の難しさを話した。

KYB MORIWAKI MOTUL RACING

清成がまたも31周をこなし、8番手まで順位を上げた時点で、スタートからちょうど半分の4時間が経過。交代した高橋は、2分11秒台前半で周回を重ねながらレースの後半へ突入していった。

高橋:「ちゃんと走らなきゃいけなかったんですけど、ちょっと予想していたよりタイムが上がらなくて。特にスティントの終盤は全然、納得のいくものではありませんでした。いいペースで自分より多く周回してくれていた清成選手のがんばりに申し訳なく思いながらも、できることはきっちりやって、あとは清成選手にマシンを返せるようにと思っていました」

KYB MORIWAKI MOTUL RACING

確実に走った高橋からの想いとともにバトンを託された清成が3回目の走行に出ていく。ドライコンディションの中を快調に走り、120周目には決勝レースのチームベストである2分9秒600を記録。ところが、午後4時15分ごろにまた雨が落ちてきてきた。コースはまたたく間にウエットコンディションに変わり、スリックタイヤでウエット路面を走る難しさを痛感する時間が続いていく。激変した路面で激しく転倒したライダーを救助するためにこの日2度目のセーフティカーが入り、このときにスリックタイヤのまま走行していた上位チームにも転倒が出たことで、レースの優勝争いを左右する事態にもなった。

過酷なスティントを走りきった2人のライダー

セーフティカーが解除になり、残り2時間に近づいた午後5時04分に、レインタイヤに履き替えて高橋がピットアウト。しかし、高橋が走り出してすぐ、午後5時09分にコース上にオイルが出たために3度目のセーフティカーとなった。オイルが撒き散らされた距離が長かったことから処理に時間がかかり、結局、セーフティカーが解除になったのは約35分後のことだった。

KYB MORIWAKI MOTUL RACING

高橋:「当初はまた50分ほど乗る予定だったんですが、走る直前にチームから、作戦は走りながら考えるからサインボードをちゃんとチェックしてくれと言われたんです。セーフティカーが出ている時間が長かったこともあり、どのくらい走るのかは予想できませんでした。雨が上がってまた路面が乾いてきた中で、周回数のカウントがサインボードに17周、18周と出ていたら、いきなり13周とカウントアップ表示だったのに下がったんです。あれ、おかしいな、と思ったけれど、すぐにこれは残り周回数の表示だと分かりました。走りながら、残りこれだけならあと何分後にピットインだから、次の清成くんで最後までいくんだと。レインタイヤでドライの中を走るという、スタート後の清成くんと逆のことをやったんですね」

ドライの中、レインタイヤで1時間半走るのが自分だったらすぐにピットに帰っていたと、清成は笑った。

清成:「路面が乾きだしたので、最初は20分くらいしたら入ってくるものだと思って、首のマッサージだけお願いしてすぐに走れる準備をしていたんです。裕紀は10周くらいで帰ってくるだろうと。そうしたら、チームは午後6時半まで走らそうと言っているわけですよ。僕は最初にそのタイヤが合わない怖さを体験しているので、絶対無理だと言ったんですが(笑)。そうしたらレインタイヤのままどんどんペースを上げていって、最後は2分23秒台まで上げていたんですから、『すげぇ!?』って驚きました」

ウエットで走行を続ける高橋は、タイムが落ちてスリックタイヤへの履き替えが必要になったときはピットインの指示を出してほしいとチームに伝えていた。しかし、いっこうにサインは出ない。ウエットの中をスリックタイヤで走り続けた清成と、ドライの中をレインタイヤで走り続けた高橋。タイヤこそ違うものの、合わないタイヤで走り続ける難しさ、怖さは同じだったことだろう。

我慢の走行をしながらも高橋は31周を無事に走りきり、169周目で6回目となる最後のピットイン。そして、チェッカーライダーの清成がピットから最後の走行へと飛び出した。

清成龍一

昨年の転倒が頭にあったかどうかは本人のみぞ知ることだが、この日の清成は速いペースで終始安定した強い走りを見せた。一時は最下位まで順位を下げたKYB MORIWAKI MOTUL RACINGだったが、グランドスタンドのファンが点灯したライトが流れて見えるようになった午後7時30分に無事にチェッカーフラッグを通過。結果は8位のシングルフィニッシュだった。清成は暗くなったのにスモークのバイザーのままで、よく見えないと気がついたのは残り5周だったと言う。それほど深く集中して、最後まで走りきったのだ。

KYB MORIWAKI MOTUL RACING

目指すのは勝利のみ。来年を見据えて

KYB MORIWAKI MOTUL RACINGにとって久しぶりの参戦となった昨年は27位。今年は8位。レース後に着替えて一息ついたあと、2人のライダーは大きく前進した今年の感想をいろいろと聞かせてくれた。

清成:「テストでのバイク作りも、チームワークも落ち着いてきたし、昨年いろいろなことを経験したので、ベースができていて。一人ひとりがなにをやればいいのかを分かってきた。はっきり言って、テストでの順位はイマイチでタイムも出ていなかったんですが、ちゃんとやるべきことはできていた。僕らライダーも、欲を出さずに一緒になってしっかり仕事をこなせたと思う」

高橋:「今年は昨年と違い、しっかり地に足がついている感じがしました。1年分のデータが蓄積してチーム力も上がったというのもあり、とても冷静に決勝レースを見据えてこられたと思うんです」

清成:「テストから順調にきていたと思います。でもいざ決勝レースを戦ってみたら、まだまだ足りないと思いました。8耐で満足できるのは勝ったときだけです。昨年以上の結果はうれしいですが、それだけが目標ではなく、もっと上を求めてやってきましたから、実力不足を痛感しました。来年は自力で表彰台を取りにいかないといけないですね。トップ6は見えているので」

高橋:「スタートしてあの雨の中を清成選手がスリックで走るという大勝負に出ましたが、あの状況の中で走りきったのは本当にすごいと思います。がんばってもらいました。そのおかげで、チームは余裕を持って作戦を立てることができたんです。今年はセーフティカーが何度か入ったので、タイミングとか運も必要だったと思いつつ、結局強いチームはちゃんと上位に入ったので、強くなるために、僕自身ももっと走りのレベルを上げないといけません。しかし、いろいろありながらも8位でゴールできたことで、昨年よりしっかり8耐を戦えたという実感があります。本当に一緒に走った清成選手に感謝したいです。来年は表彰台を実現したいです」

清成龍一

清成:「やりがいがあるチームだからこそ、成績に結びつけたいです。それは自分のためでもあるんです。9月で36歳になるんですが、疲れましたけれどすっごく元気です。まだ全然いけると思います。だから34歳の裕紀はまだまだ長くやれるよ!」

高橋:「そんなに歳は変わらないですよ(笑)」

清成:「今、一発のタイムで2分5秒台を出せと言われたら無理ですが、レース中のラップタイムでは大きく劣ってはいなかったんです。その差にはわけがありますし、速いライダーとの差に驚きはありません。レベルは高いですが、手が届くと思っています。いろいろがんばってくれたチームスタッフには本当に感謝しかないです」

高橋:「やっぱり速い人はすごいと思いますが、敵わないという感じはしません。2分3秒台を出せと言われたら無理ですが(笑)。難しいけれど、挑戦する気持ちにはこだわっていきたいです」

高橋裕紀

2人のライダーは本当に仲がよく、お互いをリスペクトしている。明るい表情でもっと上、優勝を狙うと言いきった。強豪チームに勝つ、KYB MORIWAKI MOTUL RACINGの“番狂わせ”を、来年の8耐では是非見せてほしい。

森脇護:「テストのときはちゃんと走れるか心配もあったんですが、みんなのがんばりで本当にいいレースになった。特にライダーは、雨が降ったりする難しい状況が重なった中でよくやってくれたと思います。チームスタッフも昨年と違い、安定した仕事ができました。これは大きな進歩だと思います。来年はもっと上を。我々に重要なのは、第一にライダーが転ばないようなマシンを作ることです。その次に優勝を目指すことです」

森脇緑:「結果は昨年よりよくなりましたが、正直悔しくて、悔しくてたまらないです。でも、本当に2人のライダーがよくやってくれました。感謝したいです。スタートのギャンブルについては、いろいろな方に『モリワキらしいね』と言われました。これぞモリワキレーシングの姿だと思います」

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