


サステナブルマテリアル。
それは資源を循環させた素材。
リサイクルした素材、リサイクルしやすい素材。消費して捨てるのではなく、循環させて使う持続可能な素材を「サステナブルマテリアル」と呼びます。
サステナブルなリサイクル材。
1996年から始まる。
サステナブルマテリアルの取り組みを、Hondaが始めたのは1996年。Honda車の廃棄バンパーをリサイクルのために各地から集めました。今もその取り組みは継続。しかし未だ果たされない夢がそこにあったのです。

1990年代の挫折。
環境にやさしい素材は影の存在に。
廃棄バンパーを、バンパーに戻す。それこそが真の循環。当初掲げられた目標に、全力でチャレンジしました。でもフロントフェイスは、誰もが目に留めるクルマの顔。採用基準はとても高く、リサイクルは困難を極めました。いつしか外から見えないパーツの材料として定着し、夢は途切れるのです。

N-VAN e: 開発チームが、
止まっていた時間を動かす。
廃棄バンパーのリサイクル材を、フロントフェイスの主役にしたい。ある日N-VAN e: の開発チームが声をあげました。難しいのは承知のうえ。より環境に配慮したEVをつくるため、夢への再チャレンジを決心したのです。
開発者の創意工夫で、
バンパーリサイクルの課題を克服。
廃棄バンパーを砕いて、そのままリサイクルすると、塗膜のカケラが残り、デザイン性も、衝撃強度も低下させる。それがフロントフェイスでの採用を長年不可能にしていました。N-VAN e: の開発チームは、どのように課題を克服したのでしょうか。
これは悲願を叶えた、
挑戦のエピソードです。

廃棄バンパーのリサイクル材でつくる
「フロントグリル」と「フロントバンパー」。
一人ひとりが常識に挑み、バトンをつなぐことで実現しました。
開発者3名のインタビューから、一連のチャレンジをたどります。
フロントグリル
世界にひとつの模様を、
1台1台に。

株式会社本田技術研究所
デザインセンター CMFデザイナー
高橋 佐和
色(Color)や素材(Material)、質感などの仕上げ(Finish)をトータルにデザイン。フロントグリルにおける、企画からコンセプト立案、素材開発まで携わる。
EVらしく、循環型の素材を。
廃棄バンパーのリサイクルへの興味を深めたのは、資源循環推進部との意見交換の場でした。現代の大量生産と大量消費を続けると、限りある採掘資源はいつか枯れるかもしれない。一度採掘したら捨てないで、もう一度利用する。資源を新たに掘らない循環型の開発が、メーカーとして目指すべき未来のモノづくり。廃棄バンパーのリサイクル材は、その考えを体現しているものでした。環境に配慮したEVにふさわしい素材だと思ったんです。
環境へのやさしさに、
デザインの付加価値。
いまの世の中、リサイクル材は関心を集めやすいと思います。ただ購入に至るには、お客さまが喜ぶ付加価値が必要だと考えていました。初めて見たリサイクル材のサンプルは、塗膜の粒々がホコリみたいに混ざっていましたが、資源が循環したことが分かりやすい。粒々を活かして魅力的なデザインにしたい、と思ったんです。どのパーツに使うか検討したとき、N-VAN e: は商用車。環境に配慮して事業を行っていることを、対外的に表明できることも価値になるはずです。最も目立つフロントグリルに採用したのは、必然の流れでした。

未知の挑戦に向けて、
想いをひとつに。
廃棄バンパーは1996年にリサイクルを始めてから、フロントグリルのような意匠性が求められる部品に使ったことはないんです。塗膜がホコリのように見え、意匠の基準を満たさないからでした。塗膜を残したまま商品化するには、まず全員が頭を切り替える必要があって。前例はないので客観的な判断材料に乏しく、最後はただただ熱意を伝えていましたね。資源循環のモノづくりは未来に不可欠。N-VAN e: で象徴的に使うことは、この先にもつながる。課題は多いけれど、知恵を出し合えば乗り越えられる。社内にも協力会社にも伝えていきました。呼びかけ続けて生まれた一体感は、困難を乗り越える原動力になったと思います。



モダンな模様になった、
資源の好循環。
塗膜を模様にすることは難題でした。何度成形してもフロントグリルの表面に粒が出ないんです。塗膜の量や成形機の設定など、何百パターンと試しました。そのなかで白やシルバー、黄色の塗膜だけを選ぶと、黒と混ざっても目立つことが分かって。でも採用しませんでした。大切なのは資源の好循環。使うバンパーを選んでは意味がありませんから。デザインだけでなく、衝撃強度を両立させることも難題でしたが、素材開発担当の池田が最善策を探りあて、なんとか完成できました。多彩な色がランダムに並ぶ、1台1台が世界にひとつのモダンな意匠に仕上がっています。ぜひお客さまに楽しんでほしいですね。
N-VAN e: のフロントグリルは塗膜を増やし、粒々を模様に仕立てました。


従来のリサイクル材


剥離した塗膜


N-VAN e: フロントグリル試作板
フロントグリル
デザインと衝撃強度、
ハイバランスの両立。

本田技研工業株式会社
BEV開発センター 材料開発部
池田 彩乃
塗膜のカケラを模様として見せる、フロントグリルの素材を開発。材料の配合比率や成形条件などを検討・検証し、EVらしいフロントフェイスの実現に貢献。
仲間の熱意に応えるため、
難題に挑んだ。
クルマの顔と呼べるフロントグリルにリサイクル材を使う、とデザイナーの高橋から聞いた当初は半信半疑でした。リサイクル材に塗膜が残ることは事前に知っていました。その塗膜は衝撃強度などの品質に影響を与えることも分かっていたんです。デザインにも品質保証にも制約がありながら、通常の素材とそん色なく仕上げる。解決するべき課題が多いことは容易に想像できました。でも開発チームはすごい熱意でリサイクル材をN-VAN e: の顔にしたいと伝えてくれて。心動かされ、期待に応えたいと挑戦を決心したんです。
厳しい制約のなかで、
品質を引き上げる。
フロントグリルのような樹脂パーツに異物が残ると、樹脂と塗膜の間に境目ができ、塗膜量が増えるほど衝撃強度が下がります。その前提があるなかで、廃棄バンパーの塗膜のカケラをあえて混ぜ込んでデザインにするわけです。粒々を出して模様にするなら、大量に投入したいところですが、限界のラインがあるんですね。ほかにもリサイクル材の品質には制約があって、原料となる廃棄バンパーは一度製品として使われているので、風雨や紫外線によって経年劣化をしています。原料としてのハンデを考慮しながら、デザインと衝撃強度を十分なレベルで担保できるラインを探っていったんです。
粒々を美しく。
途方もない試行錯誤。
フロントグリルは、ポリプロピレンというプラスチックと塗膜が混ざったリサイクル材でつくります。衝撃強度を保証しながらもデザインとして映えるよう、塗膜をどれだけ増やせるのか見極めるために、配合率を刻みながら検証しました。ふつうに成形すると沈んでしまう塗膜が表面に出るよう、成形するときの条件も膨大なパターンを試しました。いろんなアプローチをするなか、よりいっそう塗膜の粒々が美しく見えるようポリプロピレンの種類も工夫しています。試しては失敗し、次の手を繰り返し考え、粒を出すその1点をとことん追求しました。


だれも止まらなかった。
だから完成した。
デザインとして美しく見せられる、塗膜のベストな配合バランスにたどりつけたのは、リサイクル材の衝撃強度が引き上げられ、塗膜を多く増やせたことが大きな要因でした。フロントグリルは、フロントバンパーと同じリサイクル材を含みます。フロントバンパーを担当した平山がこだわったリサイクル工程の精度向上が、フロントグリルにも活かされたんですね。関わるひとがポジティブに解決策を模索することをやめなかった。いろんな熱意が積み重なって、前例のないフロントグリルが完成したのだと思います。
フロントバンパー
純度と形状を突き詰め、
より衝撃に強く。

本田技研工業株式会社
BEV開発センター 材料開発部
平山 淳史
廃棄バンパー使用率100%のフロントバンパーを開発。リサイクル工程の見直し、衝撃強度のデータ予測など、多岐にわたる業務を手がけた。
前代未聞。リサイクル材
だけでつくるバンパー。
私が担当したフロントバンパーは、廃棄バンパーのリサイクル材だけで開発しました。リサイクル材は、通常の素材よりもどうしても衝撃強度などの品質が落ちることが常識です。それを衝撃強度が求められるフロントバンパー、しかもリサイクル材100%ですから、驚きました。従来のやり方では実現不可能だし、リサイクル工程やバンパー設計などのさまざまなテコ入れが必要でした。そのことを開発チームに共有すると、課題は分かったと。すぐに設計や製造部門に連絡してくれて、プロジェクトチームが動き出したんです。みんなでやりきるんだ、という意志の強さを感じ、私もやってみようと次第に高揚していきました。
最初の工程から、
異物を徹底的に除去する。
材料が廃棄バンパーのみなら、やるべきことがあります。リサイクルの過程で廃棄バンパーを砕くときに、金属や補修材などの異物を完璧に近い状態まで取り除くことで、衝撃強度は引き上がるんです。その異物除去は、まず廃棄バンパーの回収元になるHonda車の販売会社、そのあとリサイクル会社が行います。とくに最初の販売会社の精度が上がると、リサイクル会社が品質を担保しやすい体制に近づくんですね。そこで廃棄バンパー回収の担当者と協力して、販売会社向けにマニュアルを制作したんです。除去する異物、その取り方を周知徹底し、精度向上の下地をつくりました。
バンパーの設計で、
衝撃強度を引き上げる。
バンパーの衝撃強度は形状でもカバーできます。N-VAN e: に適した形状を設計担当と模索しましたが、ここにも難しさはあって。回収される廃棄バンパーの使用年数は、数ヶ月のものも10年くらいのものもあり、品質がバラつくんです。テスト段階でも何年使ったバンパーが手に入るか分からない。だから一番悪い状態を想定して備えるしかない。そこで活きたのは、1996年から蓄積している廃棄バンパーリサイクル材のデータでした。それを活用することで数値の予測が可能になったんです。一番低い品質を想定して設計するので、当然難航しました。すぐに設計の検討に入れたのは本当に助かりましたね。


リサイクル材が当たり前の、
未来へのステップ。
Hondaは2050年に、サステナブルマテリアルを100%使用したクルマの開発を目標に掲げています。リサイクルバンパーは製造時のロスなどが発生するので、つくれる数は集めた廃棄バンパーの数よりも少なくなります。事業目標の達成には、より多くのリサイクル材をつくるために、販売会社から回収した廃棄バンパー以外の活用や、より効率的な材料配合の考案が必要です。だからN-VAN e: は、リサイクル材を当たり前に使う将来へのステップだと思っていて。異物を取り除くためのリサイクル工程や、衝撃強度のデータ予測など、得られた知見はほかのアプローチにも活かせるはずです。循環型の未来にしっかりとつながる、チャレンジだったと思います。
環境に配慮したフロントフェイスは、
持続可能な未来への想いが実現の原動力でした。
資源を循環させるモノづくりが、N-VAN e: から加速します。

フロントグリルとフロントバンパーだけでなく、
リアバンパーや内装の一部にもリサイクル材を採用しています。
廃棄バンパー回収ネットワークの構築
環境への想いをつなぎ、資源循環の土台を広げる。
「この回収量は不可能だ」
N-VAN e: にサステナブルマテリアルを採用するにあたり設定された、
廃棄バンパーの年間回収量を見たとき、その担当者は直感的に思いました。
廃棄バンパーは、Honda車の販売店などから集めます。
提示された目標は、当時回収していた何トンという量の倍以上だったのです。
ひと呼吸おいて、N-VAN e: にサステナブルマテリアルを採用する目的を確認。
気もちが前を向く。エコカーのEV「N-VAN e: 」に持続可能なリサイクル材を使う、
それはHondaが目指す循環型社会のシンボルになる。その意義に奮い立ちました。
プロジェクト開始当初、廃棄バンパーの回収網は本州の真ん中、中日本のみ。
これを全国に広げる。
のちにHondaの関連会社や販売店窓口の部門がメンバーに加わりますが、
最初は2人だけで始めた挑戦でした。
訪問、電話、案内文。あらゆる手段で販売会社にアプローチ。
繰り返し、繰り返し、Hondaが目指す循環型社会、N-VAN e: の存在意義を説きました。
心動かされる販売会社は多く現れます。けれども回収に協力する会社の数は伸び悩みました。
廃棄バンパーを回収するとき、金属や補修パテなどのリサイクルできない異物は、
販売会社の整備士が除去します。これがハードルのひとつだったのです。
忙しくて手が回らない、やり方が分からない。
廃棄バンパー回収の意義は共感できるが、現実的に難しい。そんな声が多く聞こえました。
担当者は動きます。販売会社で現場の声を集め、バンパー回収マニュアルを刷新。
内容の充実を目指し、リサイクル材の開発部門やリサイクルの企画部門にも協力を依頼します。
なぜ異物をとる必要があるのか、どう取り除くのか、分かりやすく、丁寧にまとめました。
現場によりそい、ほかにもさまざまな手を打つ。すると少しずつ、協力者が増えはじめました。
■ N-VAN e: をきっかけに広がった回収エリア



2024年11月時点
環境にやさしい未来、その共感の輪は全国エリアへ広がり、
N-VAN e: の生産計画への対応が見込める回収量に到達します。
高く設定されていた目標の達成も見え、
よりいっそうエコフレンドリーなN-VAN e: をつくる基盤を築きあげました。
地道な取り組みの成果が芽生えたところで、彼は定年退職を迎えます。
より多く、持続的にリサイクルできる、回収ネットワークを確立する。
その未来へのバトンは、後任へと託されました。