この小さなスキーリゾートの町でワールドカップが開催されるのは今回が初めて。しかし主催者は、世界のトップライダーもかつて経験したことがないような、極度に厳しいコースを設定していた。急斜面は徒歩で下見を行うのも危険なほどで、連日午後になるとやってきた雷雨の影響もあり、レースは近年になく困難なものとなった。通り雨は毎日16時前後に訪れていたため、スタート順の前半と後半に選手を抱えていたチームは、決勝レースのコースコンディションの判断が難しく、戦術を見直さなければならなかった。
初日に行われた練習走行では、チームの新鋭、ブレンダン・フェアクローがシャンペリーの絶壁をスムーズなライディングで乗り切ってチーム関係者に感銘を与えた。骨折した手の状態はあいかわらずだが、ビーゴの開幕戦に比べるとかなり回復しており、「ブレンドッグ」の愛称で呼ばれるフェアクローは、予選を心待ちにしていた。一方、グレッグ・ミナーは金曜の練習走行が終了したあと、コースを歩いているときに急坂で転落し、左肩を脱臼するという不運に見舞われた。ミナーは自力で外れた肩を元に戻したが、肩の腫れが引くのを待つため、土曜の練習を見送ることになった。レヒコイネンは2〜3度コースを外れる場面があったものの、無難に練習走行を消化した。ミナーとおなじく、レヒコイネンも狭くツイスティでペダリングの必要がほとんどないこのコースに、“クランク・ブラザース5050”という薄いタイプのペダルで臨む方針を固めた。
準決勝でミナーが目標としていたのは、首位に立ち、50ポイントを獲得することだった。一方、チームの首脳はレヒコイネンにいったんコース上で停止し、タイムを抑えて16時前後の早い時間にスタートできるよう調整するよう指示を与えた。フェアクローが目指したのは、限界を越えることなく安全に走り切り、80位以内に入って決勝に進出することだった。しかし、実際にフェアクローが見せた走りは力強く、チーム内では最高の順位につけた。朝の雨でまだ部分的にウエットだったコースを6番手のタイムで走りきり、チームに加わってから初めてのトップ10入りを果たした。好タイムを狙ったミナーは2度も転倒し、80位までに残ることができなかったが、ランキング20位以内のライダーをシードとするUCIの規定に救われて、決勝に駒を進めることになった。レヒコイネンは予定通り、決勝進出台数の中間の40位で準決勝を終えている。
決勝では、ほかにも何人かの有力選手がドライコンディションのうちにスタートした。その1人であるスティーブ・ピートは早々と最速タイムをマークし、雨が降り出すのを期待していた。しかしピートが首位を守っていたのは20分ほどの間にすぎなかった。レヒコイネンはちょうど雨が降り出すのと同時にコースへ出たため、終盤は路面が滑りやすくなっていたが、それでもピートを破ってトップに立ち、最後までその位置をキープした。まもなく雨足が強まり、レースはサバイバルゲームの様相を呈することとなり、ミナーは滑りやすい路面に足をとられて2度転倒してしまった。そのうち1度はマシンがセーフティフェンスにからむ状態となり、20秒以上の貴重なタイムを失っている。
フェアクローは難しいコンディションの中、見事なライディングを披露し、序盤に転倒しながらも好タイムをマークした。急斜面と雨のため、コースには走破することがほとんど不可能な個所も見られた。最後にスタートしたのは昨年の世界チャンピオンのサム・ヒルだったが、予選で驚異的なタイムをマークしていたとはいえ、極度に悪化した路面状況を考えると、レヒコイネンを逆転することができるとは思えなかった。それでもヒルはトップから1秒63遅れというすばらしい記録を叩き出し、世界チャンピオンの実力を示した。この種のコースにおいて、その走りは見るものを驚嘆させるに十分なものだった。
Team G Cross Hondaは6月24日、モン・サンタンヌで開催されるUCIワールドカップ第3戦に備えるため、カナダへ移動する。 |