team HRC現場レポート

鈴鹿8時間耐久ロードレース明けに行なわれた全日本ロードレース・もてぎ大会から続く連戦。 Team HRCの高橋巧にとっては、もてぎ大会、岡山大会の事前テスト。そして海外テストと続くハードスケジュールの中で迎えた岡山大会だった。
いまだ癒えない足の負傷――。岡山大会で高橋のやることはただ一つ。チャンピオン争いのロストポイントを最小限にとどめることだった。

高橋巧

Vol.16

今は耐える時 2戦連続の我慢のレース

前戦もてぎ大会から2週間。その事前テストで負った高橋の負傷は、まだまだ癒えてはいなかった。歩く姿は自然と右ひざをかばうようなシーンが見られ、階段を上がる姿もつらそうだ。
それでも高橋はいたずらっぽく笑う。

高橋巧(以下、高橋)
「ぜんぜん平気ですよ。ほら、もう体重もかけられるし、いつまでも痛いなんて言っていられないです。体重をかけるにも、かける方向によって痛みがあったりなかったりで、まだランニングこそできませんけど、普通に生活する分にはぜんぜん平気です」


インターバルでハードスケジュールをこなした高橋
インターバルでハードスケジュールをこなした高橋

実は高橋にとって、この2週間のインターバルはハードスケジュールの連続だった。
もてぎ大会を終えてすぐに岡山大会の事前テストへ向かい、それが終わってからはスーパーバイク世界選手権(WSBK)のテストへ、Moriwaki Althea Honda Teamのレギュラーライダー、レオン・キャミアの代役として、ポルトガル・ポルティマオサーキットへと出かけていたのだ。

高橋
「岡山の事前テストは、もてぎが終わったばっかりということもあってか、まだ足は痛んだのですが、そのあとのWSBKテストは意外と普通に乗れましたね。本当はテスト参加を打診されたとき、ケガを悪化させるかもしれないとか、このケガできちんとテスト項目をこなせるのかとか、いろいろ悩みましたが、『チャンスがあるときに行っておこう』と思いました。自分でも不思議なほど痛みがなく走れて、テスト項目をこなすどころか、それ以上にたくさん周回してきました」


テストでは仕様違いのマシンに乗ることもしばしば
テストでは仕様違いのマシンに乗ることもしばしば

迎えた岡山大会のレースウイーク。高橋はWSBKマシンから全日本マシンへの乗り換えもスムーズにこなし、金曜の合同走行の参考順位を、総合5番手としていた。ここ岡山を苦手なサーキットという高橋にしては、スムーズな流れに入っていけた、という手応えがあったのだろう。

高橋
「今まできちんとした成績を残していないこともあって、岡山は苦手なイメージがありました。1年ぶりの走行で、足のケガもあり、今年は昨年とは違う仕様のマシンということもあって、どうなるかな、と思っていたのですが、その割にはスムーズに走れました」

土曜の公式予選はノックアウト方式で行なわれ、Q1を5番手、Q2は4番手でクリア。残暑厳しいコンディションだった岡山でのまずまずの滑り出しだが、天気予報では日曜の決勝レースが雨になるかもしれない、と言われ始めていた。1年ぶりの岡山、足の負傷にニューマシン、それにまた「雨」という不安要素がのしかかる。特に痛みの残る足では、ウエットコンディションでつらいのではないか――そうも思われた。

高橋
「逆ですね。雨のほうが負担がかからなくていいと思います。あ、もうケガは大丈夫だって言ったんでしたっけ(笑)。でもまぁ、周回数が24周と長いので、ドライよりウエットのほうがいいです」

雨の高橋といえば思い出す、2018年最終戦・鈴鹿大会での快走を。そう、昨シーズンあたりから、高橋はウエットレースに絶対の自信を持っているのだ。少しでも不安要素を減らしたい、との願いだったのだろう。そして、天気予報は当たり、日曜は朝からどんよりとした曇り空に見舞われてしまった。


ウエットレースで果敢に攻める高橋
ウエットレースで果敢に攻める高橋

朝のウォームアップ走行は、まだ雨も小粒で、スリックタイヤでの走行。ここでも2番手タイムをマークした高橋だったが、決勝レースの開始時刻どころか、この日のオープニングレースのJ-GP3クラスの終盤には雨が落ち始め、第2レース、J-GP2クラスまでのインターバルで雨となり、JSB1000クラスの決勝レースも雨、ウエットコンディションでのレースになっていった。

迎えた決勝レース、高橋は4番手スタートから水野涼(MuSASHi RT HARC-PRO.Honda)、野左根航汰(ヤマハ)、中須賀克行(ヤマハ)らに続いて4番手あたりでオープニングラップをスタート。この4人がトップグループを形成し、レースが進んでいくことになる。
高橋は終始、中須賀の後方を走り、トップ4人が5番手以降を引き離していく展開。レースは、野左根がリードし、それを水野が追い、その後方に中須賀、高橋というオーダーで続き、結局そのままの順でフィニッシュすることになった。
高橋は今シーズンはじめて表彰台登壇を逃しての4位。しかし、チャンピオン争いの対象である中須賀が3位となったことで、ランキングポイントは「2」縮まっただけに留めることができた。

高橋
「4位に終わりましたが、今日のレースはこれでOKです。もちろん優勝を狙っていましたし、表彰台にも上がりたかったのですが、なかなか思うようには走れませんでした。思ったより雨の量が少なかったし、少し狙ったセッティングがあって、上位3人とは履いたタイヤが違ったんじゃないかな。もう少し降ってくれたら、違ったレースになったかもしれません」

これでシリーズは、2大会4レースを残して、依然として高橋がランキングトップをキープ。2位中須賀に21ポイント差をつけている。1レースごとの優勝も大事だが、いちばん重要なのはシリーズチャンピオンだという高橋にとって、もてぎから岡山に続く2レースは、どういうレースだったのだろう。


ランキング2位の中須賀に詰められたポイントはわずか2だった
ランキング2位の中須賀に詰められたポイントはわずか2だった

高橋
「もちろんいつも勝ちを狙っています。それでも毎レースやるべきこと、やらなきゃいけないことがあると思うんです。勝てるレースを落とさない、そうでないときにはその時の状況でベストのレースをする、ということです。シリーズも後半に入って、いま大事なのは中須賀さんにポイントを詰められないこと。この2レースは、足のケガのこともあって、勝てないまでも3位と4位と、最低限の仕事はできたかな、と思います。今日も4位なんてダメだったな……とは思いましたが、中須賀さんが3位で、ポイントもふたつしか縮まらなかったのはよかったと思います」

同じく、Team HRCを率いる宇川徹監督も同じ思いを抱いていた。

宇川徹 Team HRC監督(以下、宇川)
「8耐明けの2レースは、巧にとって試練でしたね。8耐で巧に負担をかけてしまっていたし、もてぎの事前テストでのケガも、マシントラブルで転倒させてしまったようなもの。それで間隔を空けずに2連戦、岡山の事前テストにWSBKのテストもありましたからね。その中で、精一杯の結果を残してくれたし、がんばってくれたと思います。ケガは治ったって言ってる? そんなわけないじゃないですか。骨折してるんだから痛いに決まってるでしょう」

そして宇川監督は、別の面も指摘する。


高橋を気づかう宇川監督
高橋を気づかう宇川監督

宇川
「しかも、この2戦は、どちらも1レース制だったでしょう? それも巧に有利に働きました。たとえば巧がケガしたのが開幕2戦のもてぎ~鈴鹿だったら、2戦4レースをガマンしなきゃいけない。当然、ロストポイントも多くなるわけです。ここから1か月くらいインターバルがあって、次戦からはまた2レース制でしょう? 少し風がうちに向いてきてるのかな」

そして、高橋は今、違う目標も見据え始めている。それが約2年ぶりとなる、岡山大会の翌週に行なわれるWSBK第10戦・ポルトガル大会のキャミアの代役出場だ。

高橋
「WSBKでは僕に求められていること、僕の仕事をきっちりやりたいと思っています。WSBKのマシンがどれくらいの戦闘力を持っているかは分かりませんが、僕らレーシングライダーは、ずっと同じマシンに乗るより、全日本車と8耐マシン、それにWSBKとか、いろんなマシンに乗った方が勉強になるし、楽しいんです。もちろんプレッシャーもありますが、楽しみにしている面もありますよ」

あくまでも高橋の本職は全日本ロードレース。目標は2019年のシリーズチャンピオンだ。

宇川
「鈴鹿8耐から続いたレース、全日本テスト、WSBKテスト、そしてレースと続いてきた巧の忙しかった夏が、WSBKでひと区切りつきますね。僕は全日本の監督なので、ポルトガルに同行しませんが、WSBKでも自分の走りをしっかりしてきてほしい。もちろんケガには気をつけて、帰ってきて改めてチャンピオンを獲りに行こう、という気持ちです。全日本でチャンピオンを獲ったら、巧のライダーとしてのキャリアにも次の展開が見えてくるかもしれませんからね。まずはチャンピオン獲得!」