team HRC現場レポート

Vol.03

雨に翻ろうされたレースで見えた光明――

全日本ロードレース選手権の第3戦は、九州・オートポリスでの一戦。2017年、思い返せば開幕から好調だった高橋巧の勢いが止まったのが、この春のオートポリス大会でした。新しい体制でスタートした18年。オートポリスでのレースは、高橋にしても期するものがあった一戦となりました。

高橋巧

2017年の記憶との戦い

Team HRCのエースライダー高橋巧は、17年全日本ロードレース選手権JSB1000クラスのチャンピオン。ただし、実はそれをまだきちんと消化できないでいる。

高橋巧(以下、高橋)「中須賀さんのミスに助けられただけだと思っています。僕が開幕2連勝したレースはどちらもセミ耐久で、ポイント配分が高かったレース。それにも助けられてのチャンピオン獲得だったという思いが消えてないです」

17年、高橋は開幕からの鈴鹿大会、SUGO大会を連続優勝。第3戦もてぎ大会でも2位表彰台を獲得し、絶好のスタートを切っていた。そして、次のオートポリス大会でも好スタート。2日間行われた事前公式練習で2日間とも2番手タイムをマークし、レースウイークに行われた金曜日の練習走行でも2番手。そして、雨に見舞われた公式予選は、セカンドローの4番手を獲得。これはタイムアタックを始めようとした周に雨と風が激しくなった中でのタイムであった。

高橋「あのオートポリスは調子もよくて、決勝では雨でも晴れでもいいレースができると思っていたんです。1周目からトップに立てて、そのまま後続を引き離せるレースだった。そうしたら5周目に、視界不良で赤旗中止になって仕切り直し。再開したレースでも中須賀さんと一騎打ちに持ち込んで、いいフィーリングで走れていたんですが……」

しかし、レースが折り返しを迎えたころ、高橋のマシンに異常が発生してしまう。結果、レースは2番手でトップを追い詰める位置にいながら、マシントラブルでリタイア。秋のオートポリス大会では、2位表彰台を獲得したものの、あの春のオートポリス大会は、開幕4戦目でノーポイントに終わったということ以上に、高橋にとって“勢いがストップしたレース”として、悔しい記憶が残っている。


オートポリスで苦しむニューマシン

あれから1年――。Team HRCという新しい体制、CBR1000RRWというニューマシンを手にした高橋は、このオートポリスを重要な大会と位置付けていた。

今回のレースには事前公式練習がなく、レースウイークの金曜日から走行スタート。しかし、ここで高橋はつまづいてしまう。1回目の走行で2番手、そして2回目の走行では、ほかのほとんどのライダーがタイムを更新していく中、高橋は1回目のタイムを短縮できずに7番手に終わってしまった。

土曜日、ノックアウト方式で行われた公式予選でも、Q1で5番手、Q2で6番手。2列目スタートとなった高橋だが、2列目6番手というスターティンググリッドが問題なのではなく、ポールポジションを獲得した、中須賀克行選手(ヤマハ)に1秒9という大差をつけられたことこそが問題だった。

高橋「事前テストがなく、今年のマシンでオートポリスを走るのは初めてなので、まずはベースのセッティングから決めていく必要がありました。そこは分かっていたのですが、ニューマシンでこんなに変化があるとは思わなかったという感じですね。去年のマシンのいいところが上手く出せず、特にコーナーでペースが上げられませんでした。金曜日の事前走行で1時間枠を2回走れたのですが、その時間内に詰め切れず、土曜日の公式予選でもよくなりませんでした。方向性がハッキリとは見えないままでした」

18年型のCBR1000RRWのメリットは大きく、これまでのマシンと比べても明らかにストレートが速いと高橋は言った。しかし、ここオートポリスではコーナリングが課題に。コーナーでスピードを出せないとなると、うまくストレートスピードが乗せられず、結果、タイムも伸びない。いいイメージ、好きなコースだというオートポリスで正解が見つからない。

Team HRCの宇川徹監督も、この低迷は意外だったと言う。

宇川 徹(以下、宇川)「鈴鹿で上向いたフィーリングが再現できませんでしたね。いま巧が苦しんでいるのは、チャタリング(注=マシンの共鳴振動)です。これは、いつの時代もライダーのペースアップを邪魔しようとする厄介な問題なのですが、これはさまざまな要素をひとつずつ組み合わせていくしか解決の方法がない。タイヤの選定、サスペンションのセッティング、そして車体調整を繰り返し、組み合わせていくしかありません。常に解決はしない問題なのですが、1mm単位の調整と、その組み合わせを重ねていくしかないんです」

レーシングマシンのサーキットでの作業は、ライダーが走って、マシンの印象をメカニックに伝え、次の走行へとメカニックがセッティングを変更し、そこで変化を判断――。その繰り返し。チャタリングに苦しんだという高橋も、金曜日の練習走行での印象をメカニックに伝え、走行1回目の状況からセッティングを変えたマシンで2回目を走行し、そこからまた変更を施して土曜日に走行。通常なら、ここからまたセッティングを変更して日曜日の朝フリー走行に臨み、そこで微調整をして決勝レースに挑むのが流れ。これを、繰り返すことで、マシンはそのコースにフィットしていく。

しかし、その予定は天候の悪化によって崩されてしまう。金曜日、土曜日と最高に晴れ渡った天候だったオートポリスは、早くから天候が崩れると予報が出ており、それが的中。日曜日は朝から雨が降り始めてしまう。

高橋「ドライ路面ではなかなか光明が見出せなかったのですが、ウエットならば今苦しんでいる症状が出にくいんです。今年のマシンでは、雨での走行はほとんどできていないのですが、雨は苦手じゃないし、開幕戦の予選1回目で走っただけですが、ウエット仕様のマシンのフィーリングもいいです。特に濡れているのか乾いているのか、中途半端なコンディションがいいですね。そうすれば、マシンの状態以上に、僕の走りでカバーできることがたくさんあるから」

宇川「雨は巧も苦手にしていないし、チャタリングも出にくい。巧のウエットでのマシンコントロールは素晴らしいものがありますから、上位を狙えるでしょう。ドライでの課題はいったん置いておいて、日曜は朝のフリー走行でマシンをしっかり雨仕様で決めて、決勝に臨みます。でも、これで金曜から土曜の走行が無駄になったわけじゃない。ここで苦しんだものがデータとなって残って、9月のオートポリス大会に活きます。これが積み重ねです」

非情の雨 驚きのハイペース

明けて日曜日は、予報通りの雨。しかも、オートポリス特有の霧も出てしまい、朝から予定されていたフリー走行はキャンセル。天候の回復を待って、何度もスケジュール変更が重ねられ、ようやく走行できたのは正午ごろだった。

このフリー走行では、全車レインタイヤで、このウイーク初のウエット走行。ここで高橋は前日に言っていた、ウエット仕様のマシンのフィーリングのよさを確かめるように、積極的にハイペースでラップを重ねる。路面はウエットからドライへと変わりゆく中途半端な状態で、しかし走行時間帯の終了を待たずに、またも霧が発生して視界不良となり、走行は終了。予報は依然として快方に向かわず、いつ降り出してもおかしくない空模様だ。

このフリー走行、高橋はトップタイムをマークしていた。

フリー走行終了後、霧が晴れ始めたため、周回数を20周から15周に短縮して決勝レースがスタート。2列目6番手からスタートした高橋は、好スタートを決めてあわやホールショット! 中須賀選手と重なるように1コーナーへ進入し、先行はされたものの、2コーナーですぐにトップに浮上。そうはさせじと、中須賀選手も先行し、高橋はオープニングラップを2番手で終了する。中須賀選手-高橋-渡辺一樹選手(スズキ)-秋吉耕佑(au・テルルMotoUP RT)-津田一磨選手(スズキ)-加賀山就臣選手(スズキ)といったオーダーで2周目へ。レース序盤は、上位4台ほどが5番手以下をやや引き離し、4台のトップ争いがスタートする。

3周目、高橋はこの時点でのファステストラップをマークし、5周目には中須賀選手をかわしてトップへ再浮上。すぐに渡辺選手に、そして中須賀選手に先行されるものの、この3台がほぼ団子となって6周目へ。ここで高橋は、まず中須賀選手、そして渡辺選手をかわしてトップに浮上。ここから2番手以下を引き離し始める。

これまでのレース序盤に高橋は、先行されていた中須賀選手のタイヤの具合を見ていた。トップグループは全員レインタイヤでのレースだ。

高橋「中須賀さんの走りを見ていたのですが、苦しそうだな、タイヤ表面も随分荒れているなと思っていました。これは、僕が履いてるタイヤとは違うんだなと。僕は決勝前のフリー走行の感じで、硬めのレインタイヤを選択していたんです。チャンスでした」

同じブリヂストン製のレインタイヤとはいえ、選択できるタイヤには2種類ある。それが硬めと柔らかめの選択。路面は依然ハーフウエットで、濡れている場所と、乾き始めている場所が混在するコンディション。タイヤが硬めならば、レインタイヤでもやや長持ちするし、柔らかめならばレース序盤から逃げられる。天候を読んでのタイヤ選択で、高橋は硬めのレインタイヤを装着していた。

2番手以下を引き離して、ハイペースでトップを独走し始める高橋。これは今シーズン初優勝かと思われたころ、下位から追い上げるライダーが現れる。それが、渡辺一馬選手(カワサキ)、高橋裕紀(MORIWAKI MOTUL RACING)、松崎克哉選手(カワサキ)ら、スリックタイヤを選択したライダーたちだった。

路面は未だ中途半端な状態だったが、走行ラインはほぼ乾き始めていたため、レインタイヤ勢より約3秒も速いラップタイムで上位に迫り、高橋は11周目にトップを明け渡してしまう。天候は依然、流動的で、このまま晴れれば高橋に勝ち目はなく、再び降れば逆転がありうる――そんな状態だった。

高橋「中須賀さんをかわしてトップに立ったころ、路面から水蒸気が上がっているのが見えたんです。乾き始めてるな、ヤバい、逃げられるかなと思いました。決勝前のグリッドで、カワサキの2人やモリワキの(高橋)ユウキさんがスリックを履いているという情報は入ってきていたので、こうなると逃げるだけ逃げようと。それでも、乾き始めた路面でレインタイヤですから、僕もいっぱいいっぱいでした」

レースは5周を残したころにスリックタイヤ勢が上位に進出し、レインタイヤ勢は後退。序盤にトップグループを形成していたレインタイヤ勢では、渡辺一樹選手は6番手、中須賀選手は9番手、秋吉選手は10番手以下まで順位を落とす中、高橋は踏ん張って4位でフィニッシュ。トップ3人以外のスリックタイヤ勢を抑え込んで、レインタイヤ勢のトップでのゴールだった。

高橋「残り10ラップぐらいで中須賀さんをかわして、このままイケると思っていました。ただ、予想以上に路面が乾きすぎましたね。トップに立って、これは乾いてきたな、スリック勢は追いついてくるかなと思ったのですが、おそらく1周で3秒も4秒も速いはずだから、タイヤ温存なんか考えずにいけるところまでいこうと。途中、また霧が出始めたり、雨粒が落ちてきたりしたので、降れ降れ、もうひと濡らししろと思ったんですが、ダメでしたね」

ただし、高橋が前日に言っていたように、ウエット仕様のCBR1000RRWはいい仕上がりだった。金曜日、土曜日とドライ路面、そこで急なウエットでの走行となると、高橋でなくともペースアップに手を焼くものだが、高橋はウエット路面でのフリー走行でトップタイムをマーク。チームがアッという間にウエット仕様のマシンを決めて高橋を送り出したからだ。

そのフリー走行を終えて路面状況を見てのレインタイヤ装着は、なかば当たり前のもので、特に中須賀選手と同じ条件はセオリーどおり。チャンピオンシップを戦うチームが、あそこでギャンブルにも等しいスリックタイヤを選ぶことは難しいものだ。タイヤだけではなく、サスペンションや車体、たくさんの選択の中で、4位に入ったのはチームの総合力と言えるだろう。

レース後に表彰式が行われているころ、コースには再び大粒の雨が落ち始め、JSB1000のあとに予定されていたスーパーフォーミュラは、残念ながら中止となってしまった。

高橋「降り始めるの、遅いですよね(笑)。でもドライでのセットアップが決まり切らない中で、ウエットレースになっての4位は悪くないと思います。ウエット仕様のマシンの強さは確認できて、ドライのセッティングは足踏みしちゃいましたけど、秋のオートポリス大会へのテストができたと割り切って、次に進みます」

これで、開幕3戦5レースを終わって、高橋はランキング3位に浮上。ランキングのトップ6位内の顔ぶれのうち、ノーポイントレースがあるのは高橋だけ。それだけ、毎レース高ポイントを獲得している証拠だ。