全日本モトクロス2013 TEAM HRC現場レポート

HRC
vol.9 最終戦

世界をまたにかけるCRF450R

10月20日に行われた全日本モトクロス選手権の最終戦に、モトクロス世界選手権を戦ったマキシミリアン・ナグル選手(ドイツ)とイブジェニー・バブリシェフ選手(ロシア)という2人のグランプリライダーが出場しました。レースの結果は、ナグル選手の完全優勝(1位/1位)を筆頭にHonda勢が大活躍。成田亮選手は、3位/2位という結果で、IA1シリーズチャンピオンを獲得、さらにランキング2位には小方誠選手が入り、TEAM HRCが上位を独占する結果となりました。今回の現場レポートでは、ナグル選手の優勝マシンCRF450Rに注目し、開発責任者の横山泰広氏に解説していただきました。

世界選手権においては、Honda World Motocross Teamとして3年間ファクトリー活動をしてまいりましたが、このナグル車(CRF450R)は今シーズンの第6戦ポルトガルGPから投入したファクトリーマシンです。バブリシェフ車(CRF450R)も基本的に同じ仕様ですが、世界選手権最終戦まで出場したあと、モトクロス・オブ・ネイションズ(国対抗団体戦)で走ったマシンをそのまま空輸してきました。ナグル選手もバブリシェフ選手も、それぞれが自国のエースライダーですから、ネイションズへの出場は我々としても想定内のことです。今回は現時点での進捗状況の確認と翌年に向けた課題の抽出という意味で、テストを兼ねた参戦をするために来日しました。

Honda World Motocross Teamの活動は、Honda Motor Europeが主体となり、イタリアのMartin Racingに委託する形で活動しています。日本からは成田車(CRF450R)と同等のマシン、パーツ、技術などを供給していますが、具体的には車体とエンジンの中身を含めて全部です。特に油圧クラッチ、ギアボックス、シリンダー、シリンダーヘッド、カムシャフトなど、性能に関わるエンジン部品はすべてHondaのファクトリーパーツです。一方、現地に任せている部分もありまして、具体的にはテルミニョーニ社製エキゾーストシステム、カーボンファイバー製のフューエルタンク、アンダーガードなどがそうです。Martin Racingは、やはりカーボンファイバー先進国のチームですから、そういった最先端の技術については独自に開発してもらい、フィードバックされたデータを共有するのが効率的だと思います。

このマシンで最もユニークな部分は、シリンダーヘッド右側から出した太くて短いヘッダーパイプでしょうか。現地では「ライトハンドエキゾースト」と呼ばれていますが、いわゆる「右出し」と同じ意味ですね。パイプが蛇行しているのは、理論上必要な容量を確保しながら足の干渉を避けて車体に近付けたためで、もし量産されることになったらもっとシンプルな形になるでしょう。

一般的にエキゾーストパイプを細く長くすると、低回転重視型/トルク重視型になり、逆に太く短くすると排気効率を上げられるので、高回転重視型/レスポンス重視型になると言われています。細く長くした例としては、'09モデルのCRFから採用した左出しのエキゾーストがありますが、長所と同時に課題も見えてきましたので、さらにワンランク上の性能を引き出すための方法を模索しているところです。ただ、エキゾーストの管長はいろいろある手法の一つで、組み合わせの一つでしかありませんし、エンジン特性は排気だけで決まるものではありません。吸気側も含めたエンジンのスペックによって、いろいろなキャラクターを作り出すことができます。右出しの太く短いエキゾーストは、我々が求める動力性能を最優先に設計したもので、軽量化が目的ではありません。CRFシリーズのエンジンは扱いやすいという評価をいただいていますが、例えばグランプリコースの雄大なアウトドアや、スーパークロスで求められる動力性能を突き詰めてみると、まだまだ向上する余地はあると考えています。

車体的には、ニューフレームに合わせて前後サスペンションが進化したシーズンでした。SFF AIR(セパレート・ファンクション・フロントフォーク・エア)は、今年一年でかなりインプルーブしたと思います。当初は課題もありましたが、後半になってライダーの成績が向上したのは、このサスペンションのおかげだと思っています。SFF AIRはアメリカのTeam Honda Muscle Milkでも採用され、トレイ・カナード選手やジャスティン・バルシア選手も高く評価していますが、成田選手もAMAにスポット参戦した際に使って好感触を得ています。

リアショックにも新機構を採用しています。外観的にはサブタンクが横向きになっているのが特徴ですが、これはエキゾーストパイプとの干渉を避けたレイアウトの都合を優先したデザインです。また、ダンピングアジャスターをショックの上部に集中させたことも特徴で、コンプレッションとテンションを直感的に調整できるのがメリットとなっています。スプリングはナグル車がチタン、バブリシェフ車が鉄というように、どちらでも選択可能です。リンクにはいわゆるリア用のホールショットデバイスを装着しています。これはベルギーのメーカーが作ったワンオフパーツで、スタート時にリアショックを縮めてロックさせる仕組みです。特にナグル選手の場合はリアをソフトにセッティングするので、スロットルを開けてから走り出すまでの沈み込みがタイムラグとなりますので、このデバイスの効果は絶大だと言えるでしょう。

今シーズンのHonda World Motocross Teamを振り返ると、マシンの進化としては相当な収穫がありましたが、成績の面では不完全燃焼でした。ナグル選手はエプスタインバーというウイルス性の病気で開幕戦から調子が悪く、バブリシェフ選手もシーズン当初に骨折した足首の治りが遅く、終盤のチェコGPまで100%とはいえない状態でした。それでも開発面での流れとしては、全日本でまず成田選手の仕様を作って、それをワールドの舞台で検証するという形ができてきたのが収穫です。ナグル選手はコンスタントなライダーで、バブリシェフ選手は全開のオールorナッシングというのがよくも悪くも持ち味ですが一発のスピードはピカイチです。

実は今回の菅生にアメリカ人ライダーも参戦させる計画がありました。残念ながら全日本選手権最終戦とアメリカのモンスターエナジーカップがバッティングしたため、実現できませんでしたが……。おそらく、来年も日程がかぶりそうですが、この辺りをうまく調整できれば、欧米のトップライダーが菅生で一堂に会すということも夢ではありません。

我々はTEAM HRC(日本)、Honda World Motocross Team(ヨーロッパ)、Team Honda Muscle Milk(アメリカ)という3極がもっと交流を深め、グローバルな技術開発ができればと考えています。かつては毎年11月ごろにジャパンスーパークロスが開催されて盛り上がっていましたが、当時、アメリカ人ライダーが大勢来日していたのは、マシンテストも兼ねられるメリットがあったからです。もちろん、スーパークロスマシンはアメリカで、GPマシンはヨーロッパで日々テストを行い、収集したデータを共有できる仕組みにはなっています。今我々が思い描いている理想は、この3極を近付けることで、例えば成田仕様をバブリシェフ選手が試して、よかったらバルシア選手にも乗ってもらう。もちろん、AMAレギュレーションには制約がありますが……。そんなテストを1カ所でやりたいということなのです。

ほとんどがネイションズに出場する可能性を持ったライダーですから、ネイションズで全員集合してそのまま日本へ移動という段取りも現実的ですね。レース参戦の可否は、日程調整次第といったところでしょうか。こういう交流が活性化すれば、ファンサービスに貢献できますし、市販車のポテンシャルも格段の向上が図れると思います。

開発の舞台である全日本の成田選手の感性から生まれた仕様が、世界の頂点でもまれてフィードバックされてくる。Hondaのモトクロッサーは、世界中のお客さまにもっと喜んでいただけるよう、これからもファクトリー活動を通じて進化を続けてまいります。

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