全日本モトクロス2013 TEAM HRC現場レポート

HRC
vol.5 体調管理

求められる身体能力とトレーニング

モトクロスは、マシン性能と同時にライダーの身体能力が問われる過酷なスポーツです。TEAM HRCは以前からライダーの体調管理に留意してきましたが、今回の現場レポートでは、チームに帯同する森永製菓のトレーナー、淺井利彰さんにお話を伺いました。

我々は東京の田町にあるウイダートレーニングラボで体力増強を図りながら、レースの現場では管理栄養士とトレーナーの2人体制でTEAM HRCのライダーをサポートしています。モトクロスライダーには、非常に多くの肉体的要素が求められます。全日本モトクロス選手権IAクラスの場合、30分プラス1周を走り続ける持久力、ジャンプの衝撃を踏ん張るときの筋力、さらによく引き合いに出されるのが陸上競技の中距離走のように高出力を長く維持する能力、これらすべてを持ち合わせていることが最低条件です。パワーのオンとオフを繰り返しながら、いかに持続できるかということが重要で、オールラウンドな性能が求められる点では、モトクロッサーのエンジンやサスペンションに似ているかもしれませんね。

例えばロードレースでは、前後左右に大きなGがかかるものの、上下動はほとんどありません。一方、モトクロスにはジャンプ、フープス、ギャップなどがあるので、ライダーは効率よくトラクションを得るため、衝撃を受けながらもステップやシートに体重をかけています。つまり地面に体重を乗せるには、下半身を中心とした力が必要になります。もちろん、常に100%の力を出し続けているのではなく、空中でのジャンプ時など力を抜いて休めるところもありますが、全体の中で占める割合はほんのわずかです。そういった観点から、TEAM HRCのライダーには足腰と体幹を強化するトレーニングをアドバイスしています。ウエイトを用いてゆっくりした動作を繰り返すことで筋力をつけながら、ハードルやボックスの飛び乗り降り運動などで敏しょう性の向上も図っています。

一方で、モトクロス界には根強いトレーニング不要論もあります。マシンに乗ることで自然と鍛えられるので、トレーニングで余計な筋肉をつけるのはいかがなものか……という説ですね。確かにトップライダーの走りを観察すると、全員が身体の使い方がうまくて、しかも速く走っています。中には筋力トレーニングがいらない選手もいるかもしれません。ただ、トップレベルにまだ届いていないライダーが、マシンの操作やライディングテクニックだけで追いつこうとして壁に当たっているのなら、単純動作を繰り返すトレーニングで基礎を築いてから、ライディングにフィードバックしてみてはいかがでしょうか。ある程度の筋力は必要ですし、重心の位置などを踏まえた効率的な動作を身につけるためにもトレーニングは重要です。

この仕事に携わっていると、腕上がりについての質問をよく受けます。いわゆる前腕の筋肉が腫れ上がってパンプアップしてしまうことですが、いろいろな要素や個人差もありますので、これが正解という予防法はありません。ただ、ライダーのコメントを聞いてみると、乗れているときほど腕上がりが少ないという傾向があるようなので、その辺りがヒントになりそうです。理想的なのは、モトクロッサーのピッチング動作の中心近くに乗って、なるべく大きな筋肉に身体を支える力仕事をさせることです。具体的には、両足で身体を支えて、体幹でバランスを取る。足の使い方にしても、くるぶしグリップやニーグリップを駆使しながら、大腿(だいたい)の前側、大腿の裏側、さらには臀部を使って踏ん張ることです。とは言いましても、ついついハンドルにしがみついて、力強く握ってしまうと腕上がりを招きます。

前腕の筋肉は、手首や指の細かい動作をつかさどる小さな筋肉の集合体です。筋肉は動かすときにそれ自体に蓄えたエネルギーを使うものですが、前腕のように筋肉の容量が小さいとすぐに使いきってしまい、さらに血の巡りが悪くなるので、乳酸やほかの疲労物質がたまりやすくなります。同じ腕でも上腕の筋肉はヒジを動かす役目なので比較的大きく、腕上がりを起こすことはありません。このように、筋肉にはそれぞれの役割とそれに見合った容量があることを考えると、身体を支える大仕事を前腕に任せない方が得策だといえるでしょう。

腕上がりのアフターケアとしては、末梢(まっしょう)から心臓に向けてマッサージを行っています。熱を持つので冷やすことも有効です。現場でのマッサージは、主に走行後に次の走行に備えて行うもので、前腕だけでなく全身の硬くなった筋肉を緩めることで、疲労物質が流れやすくなるように15〜20分間ほど施しています。ライダーには、マッサージの前にクールダウンとして自転車を5〜10分程度こいでもらいますが、血流を促して乳酸などの疲労物質を除去するという点で、クールダウンとマッサージは似ています。

通常のトレーニングメニューは、1カ月単位で刺激を入れる量と重さ、走る距離などを変更しています。大まかにはシーズンオフに基礎的な身体づくりをやっておいて、開幕後はコンディションを維持する程度にとどめます。シーズン中は技術的な練習量が増えますので、ライダーが日々なにをやっているかを確認した上でメニューを決めます。筋肉は一度破壊されたあと、回復するときに成長するものなので、周期的に休ませることが大事です。ですから、筋力トレーニングには、シーズンオフの方が集中しやすいのです。

ウイダートレーニングラボでは年2回、開幕前の3月と、藤沢スポーツランドでの大会が終わったあとの7月に体力測定もやっています。例えば、マスクをつけてトレッドミルをこぎながら、酸素を体内に取り入れる量と二酸化炭素を排出する量の変化や割合を計測するVO2max。負荷を上げながら、どのくらいの運動量のときにどのくらいの数値が出て、限界はどの辺りなのかというデータから持久力のレベルが判明します。また、バイオデックスという筋力測定マシンを使って、ヒザの曲げ伸ばしの筋力と収縮のスピードなどを測ったりします。あとは、一定の距離を2本走るシャトルラン。2本目でどれだけリカバーしているか、回復力を数値から読み取ります。また、ジャンプ力測定は瞬発力の指針です。このような各種目から弾き出されるデータから、足りない部分が明らかになれば、そこを強化するプログラムを組みます。

体力測定の際にはメディカルチェックも行います。屈強なアスリートであっても、突然心臓にトラブルが発生することがありますので、心電図、血液検査、エコーなどを実施しています。どんなスポーツでもリスク管理の観点から行われていることですし、モトクロスは循環器系に負担がかかる競技なので、こういったチェックも重要です。

モトクロスは身体を酷使する競技であるにもかかわらず、スポーツ科学的なアプローチの面では遅れています。マシンの性能が年々向上しているのに、ライダーに対しては「気合だ!」とか「全開だ!」などと非科学的になりがちです。ライダーにはまだまだ潜在能力がありますし、我々にはそれを引き出してあげる任務があります。レースで効率のいい動作をするためのトレーニングを行うこともできるはずですし、その辺りを追求していければ、モトクロス界のレベルアップにつながるだろうと信じています。

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