全日本モトクロス2013 TEAM HRC現場レポート

HRC
vol.4 舞台裏

選手を支えるTEAM HRCスタッフ

全日本モトクロス選手権における好成績の陰には、ライダーの活躍を支えるスタッフの働きがあります。今回はTEAM HRCの運営に携わる芹沢勝樹さんに、チームスタッフの役割分担と連携プレーについてうかがいました。

TEAM HRCのメンバーは、ライダー×3人、ライダー担当メカニック×3人、チーフメカニック×1人、サブメカニック×1人、ヘルパー×1人、運営スタッフである私、そして監督の合計11人です。このほかにドライバー×1人、ウイダーさんのスタッフ×2人、さらに本田技術研究所 二輪R&Dセンター熊本分室のエンジニアが、状況に応じて何人か帯同しています。ウイダーさんは、トレーナーと管理栄養士のチームで、ストレッチ、マッサージ、ウォームアップなどによってライダーのコンディションを高めることと、栄養面でのサポート、体重・体温計測と尿検査などをお願いしています。研究所のエンジニアに関しては、例えば車体テストの担当者、PGM-FIテストの担当者、というようにレースで取り組むテーマに応じた要員が、現場に派遣されています。

ピットクルーの登録は、一人のライダーに対して2人まで可能ですので、ライダー担当メカニックが、第1ピットクルーとして各選手につき、チーフメカニックとサブメカニックと私は、各ライダーの第2ピットクルーとしてエントリーしています。マシン整備については、担当メカニックに一任されています。レース中の配置は、担当メカニックがサインエリア、チーフメカニックが第2サインエリア、サブメカニックがコントロールライン付近でタイムの計測。私と研究所のエンジニアが、要所要所でビデオ撮影というように、分担が決まっています。監督はコース全体を見わたせる位置から指示を出します。

コースに散ったTEAM HRCのスタッフは、全員が無線で連絡を取り合っています。突発的な伝達事項は別として、常にやり取りされているのがタイム情報です。コントロールライン付近に陣取ったサブメカニックが、MFJから発信されるタイム情報をパソコンで受信し、それを口頭で全員に伝えます。公式練習中はベストラップとタイム順、レース中はコントロールライン通過時の順位とラップタイムが、その主な内容です。例えば「トップ成田、ラップタイム1分50秒5、2位小方、1分51秒5、その差1秒…」というように、毎周トップ5あたりまでの情報を配信しています。

もちろん、パソコンの画面には全ライダーのデータが表示されますので、TEAM HRCのだれかが、仮に転倒で最後尾になったとしてもフォローできます。そんなときはライダーも気が動転している場合が多いので、我々としてはなるべく冷静に、客観的な判断をして、ばん回をサポートするメッセージを送らなければなりません。ライダーにケガはないか、マシンに損傷はないか、基本的なことを確認しながら「再スタートしたライダーのアベレージタイムで、何周あれば何位にまで追いつけるのか?」、あるいは「トップまでばん回するには、ペースを何秒上げればいいのか?」といった計算を瞬時にしています。

サブメカニックからはそのほかに、スタートからの経過時間や、残り周回数も発信しています。全日本モトクロス選手権では、スタートから30分経過後に、初めてコントロールラインを通過するトップのライダーに対して、ラスト1周を意味する「L1」が提示されます。しかし、TEAM HRCでは、残り時間とレースリーダーのアベレージタイムから計算し、「L4」「L3」「L2」「L1」のサインを独自に出します。例えば小方誠選手のような後半に強いライダーの場合、残り周回数をしっかり把握することは非常に重要です。30分を過ぎてから「L1」と言われても、1周でできることは限られています。しかし、「L4」と分かれば、ライダーもメカニックも、最後の勝負どころを組み立てやすくなるのです。

タイムがすべてではありませんが、やはりタイムを伝えることは大切です。順調に上位を走っている場合はそうでもありませんが、状況によっては、担当メカニックの方からサブメカニックに問い合わせることもあります。例えば、マディコンディションなどで頻繁に順位が入れ替わったり、前後にいるのがだれなのか判断しづらい場合、計時係のサブメカニックはすべてを把握できていますから、「前はだれで何秒ビハインド」などと、アドバイスができます。また、シーズン終盤にチャンピオン争いが接戦になった場合、ライダーに出すサインを考える担当メカニックには「ライバルは後方何番手を走行中でタイムは何秒」という情報が、必要になるのです。

公式であるMFJから発信されるタイム情報は大切ですが、担当メカニックはそれ以外にも、独自にストップウォッチで計時をしています。例えば名阪スポーツランドなどでは、コントロールラインから1コーナーのサインエリアまでが近いため、公式タイムを聞いてからサインボードに記入すると、遅い場合があります。そこで、名阪であれば“雅己ジャンプ”の踏みきりポイントでストップウォッチを押すなど、計測ポイントをずらします。コントロールラインのすぐ手前のポイントなので、公式タイムとの誤差が少なく、最新情報をライダーに伝えることができます。

ときにはライダーがサインを見逃すこともあります。たまたまバトル中であったり、集中しすぎてサインボードを見る余裕がなかったり、状況はさまざまです。そんなときは、第2サインエリアに控えているチーフメカニックに伝言をトスします。第2サインエリアは大抵はコースの奥の方に設定されていますので、ほぼ半周遅れで間に合います。チーフメカニックは担当するライダーが決まっていませんので、IA1であれば成田亮選手と小方選手の2人をカバーする態勢で、サインボードを構えています。サインを見るか見ないかはライダーの自由ですが、大事なメッセージは見落としてほしくないので、念のための対策をしています。

レース後にパドックに戻ると、走行データを解析したり、それと並行して録画したビデオを見たりします。土曜日の予選後と日曜日のヒート1直後が、ビデオのプライムタイムですね。ライダーには各々、身体のケアや休憩といった都合があるので、ビデオは常に再生しておいて、いつでも自由に見てもらえるようにしています。レースのドキュメントではなく、あくまでコース攻略に役立てる教材なので、撮影者の判断で、いいと思う走りを収録したり、逆に乗れていない個所に寄ってみたりします。ライバルのライン取りがよければ撮りますし、フープスを何個飛ぶかなど、参考になるものはすべて押さえます。

私も一緒にビデオを見ながら、ライダー目線でのアドバイスができるように心がけています。成田選手は公式練習のときからレースを想定したラインを試したり、一発タイムを出したりと、柔軟性のあるライダーです。小方選手はどちらかというと、自分が決めたラインに固執しがちなところがあるので、ほかのライダーのラインを見せて、選択肢を増やしてもらうのに役立てています。田中雅己選手はジャンプでスクラブさせるのがうまいので「お、イーライ・トマック選手みたいでいいね」などと言って、気分を盛り上げています。ビデオとタイムの分析は、コース攻略に活用される部分が多く、例えば「この上りで負けているからもっとパワーを出そう」といったような、ハードでの対応はしません。むしろ「ここの区間のタイムが、前の走行よりも落ちているけれど、ギャップに入りすぎているのでは? ほかのラインを探してみては?」といったアドバイスを心がけています。

モトクロスの戦果は、ライダーの力量によるところが大きいのですが、チームワークのおかげで勝利を手にできたこともあり、そんなときは裏方冥利に尽きますね。2012年シーズンの第8戦中国大会(広島)のこと。成田選手がヒート1で6位、ヒート2で優勝という成績だった大会が、その最たるものです。成田選手は、予選からずっと決めていたラインをヒート1で使い続けた結果、新井宏彰選手(カワサキ)にアウトからまくられて負けたのですが、ヒート2では作戦を変えて臨みました。

最終コーナーから上って1つ目のジャンプからフィニッシュまでは、荒れていない点と距離が近いために、イン側が最も速いラインでした。ところが、ほかのライダーもここを使うようになると、ギャップが増えて加速が悪くなったのです。イン側に入るためには、最終コーナーで減速する必要があり、さらに、上りに差しかかるところにギャップがあると、加速できません。ヒート2では、むしろアウト側をスピードを乗せたまま走った方が速かったのです。アウトにもギャップはありましたが、スピードを落とさなければ勢いでクリアできました。

予選レース、決勝日朝のプラクティス、そして決勝ヒート1のデータを全部並べて比較検討した結果、イン側のアドバンテージがなくなったと結論づけ、それがヒート2でのライン変更、そして優勝につながったわけです。

勝因の一つにすぎない些細なことではありますが、我々はこういうところにも全力を注ぎ込んでいます。

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