全日本モトクロス2012 TEAMHRC現場レポート
Vol.08ライダーとチームスタッフのきずな

サインボードの秘密

モトクロスライダーは30分+1周の間、一人で戦っているわけではありません。チームスタッフがレースを見守りながら、走りを支えているのです。今回はライダーとチームスタッフの重要なコミュニケーションツールであるサインボードについて、3人の担当メカニックにお話をうかがいました。

成田亮担当/中川重憲メカニック「数字からすべてを読み取れるライダーなので、メンタル的なメッセージは皆無です」

成田選手の場合、スタートがうまいので、ほとんど4〜5番手以内で出ます。そのぐらいのポジションなら自分で数えられるので、わざわざ「P4」などと伝える必要はありません。出遅れたり転んだりしたら、その都度「P10」などと出しますが、ばん回をあせらせるようなコメントは控えるようにしています。むしろ、本人はテンションが上がり過ぎていることが多いので、スタート直後は少し抑えるように「自分の走り」、「熱くなるな」、「呼吸」というようなサインを書きます。早めにトップに立って10分ぐらい経過するとリードが広がるので、そこから先はもう言葉は書きません。115勝(2012年第8戦まで)しているライダーですから、あとは自分でレースを組み立ててくださいと任せます。もちろん、ラップタイム、タイム差、残り時間などは常に伝えています。「残10分」や、早いときは「残20分」から出します。終盤はチームの計測係からの連絡を受けて「L4」からカウントダウンを始めます。ラスト1周を宣言するのはオフィシャルの判断ですので、我々が無線で共有する残り周回数はあくまでも非公式なものですが、前後のライダーと僅差のまま終盤に突入するような場合、やはり早めに知っておいた方が作戦を立てやすい。そのため、TEAM HRCでは「L4」から出すようにしているのです。

サインエリアにはメカニック同士の戦いもあります。戦いというよりも、根回しと言った方がいいかもしれません。例えば、成田選手が三つ巴のトップ争いをしながら帰ってくると、サインを出すメカニックも3人が競合します。そんなときは、かぶらないように「こちらは上に出します」と先に宣言すれば、相手は「じゃあウチは下に」ということになるので、紳士的にイニシアチブを取るということでしょうか。サインがかぶって見えなくなってしまうと、お互いにとって不利益ですから、そこは冷静に譲り合います。ただ、息の合うメカニックもいれば、そうでない人もいます。

サインには黒板と雨用チョークを使っています。ボードの使い方は、だいたい、下の1/3ぐらいがラップタイムで、「T43.9」のように書きます。分の単位は省いて、43.9秒という意味です。ボードの上の2/3ぐらいがそのほかの用途になりますが、私は「前#2、-3」とか「後方+5」と書きます。普段は前後にいるのがだれなのかを伝えなくても分かるのですが、今年の第3戦中国大会だけは神経質なくらいに、毎周「P2アライ」と「P2マスダ」と書き直して教えました。新井(宏彰)選手(カワサキ)ならインを突いてきますし、増田(一将)選手(Kazu Racing Project×WestWood)ならスピードを乗せたアウトのバンクを多用するので、どんなラインで防戦すればいいのかを考えるための情報が必要だったからです。成田選手は新井選手の進入をイン側でブロックしたあと、立ち上がりでアウトにはらんで増田選手のラインをつぶすような走りで優勝しましたが、サインを役立ててもらえたのがうれしかったですね。

成田選手に対して叱咤激励するようなメッセージはほとんど必要ないので、数字だけを伝えていますが、第4戦SUGOのヒート1で転んで帰って来たときは、思わず「勝つ!」と書きました。普段はあまりそういうことを書かないのですが、あのときはまだ全勝にこだわっていましたので、私も勝ちたいんだという気持ちを表したのです。もちろん、いつだって勝つつもりなのですが、ライダーが毎レース集中しているのとは違って、メカニックはある程度はクールにシーズン全体の流れを考えて見ているものなのです。無理にあおってヒート1で転んだら、ヒート2に出られなくなるかもしれません。出ても好成績は望めないかもしれない。あるいは次のレースを欠場するようなケガをしてしまったら、自分でハンディキャップを背負うことになってしまう。だから私は順調なときほど慎重になるのです。

成田亮 成田亮 成田亮 成田亮 成田亮

平田優担当/中村篤史メカニック「ライダーに火が付いたら、自分も一緒に燃えたい」

サインボードに最低限必要なことは、経過時間、残り時間と残り周回数、そしてラップタイムです。同時に伝えたいことがいろいろありますので、ボードを上下2〜3段に区切って使います。例えば、上には「45”2」のようにタイム、下には「-4」のように前のライダーとの差を書きます。後続に対して「+何秒」ということは、レースの前半は書きません。早い段階で1〜2秒の変動を気にしても意味がないですし、逆に大差があるからと安心してペースが落ちるのも困りますし、とにかく後ろを気にせずに前に集中してほしいからです。もちろん終盤になって後続が接近してきたら、注意を促すために、「+5」、「+4」、「+3」などと知らせます。小数点以下はあまり書きません。自分のストップウォッチを基本としていますので、そこまで細かく測れないのです。TEAM HRCには計測係がいて、リアルタイムで公式の電波を拾っていますが、それを読み上げて無線で聞いてからだと間に合わないコースもあります。それと、ポジションについては、必要に応じて「P3」などと出します。

時間については、スタートしてから15分までは出しません。15分を過ぎてから、「あと15」とか「あと10」というように出します。おおまかに5分刻みでもいいのですが、なるべく正確に伝えたいので、「あと7」と書くときもあります。レース終盤になると残り時間から周回数に切り替わるので、ラスト何周かを示す「L4」、「L3」、「L2」、「L1」という表現になります。ご存じのように全日本モトクロス選手権では、30分経過後にコントロールラインを通過するトップのライダーに対して「L1」が提示されますが、TEAM HRCではアベレージタイムで予測できますので、我々は無線連絡を受けて「L4」からサインボードに書き始めます。ピンクのマーカーを使っているのは、2008年に試してみたら見やすいということでしたので、それ以来ずっとです。ポスターカラーみたいな水性で速乾性なので、消すときには濡れタオルでふいています。

平田選手とはコンビを組んで長いのですが、いつのころからなのか数字だけではなく言葉を多用するようになりました。乗れていれば「いいね!」や「男だね!」など、歯がゆいときには「そんなもんか!」とか「何しに来たの?」と書いたこともありました。ヨイショするのか、突き放すのか、決まっているわけではありません。普段だったらそんなにきついことは言えませんが、レース中は同じ方向を目指していますので、どんな言葉でも分かってもらえるはずです。勝ちに来ているはずなのに、6番手や7番手あたりを走っていたら、なにをやっているんだと思うのが普通じゃないですか。30分も走っている途中には弱気になることもあるだろうから、そこを感じ取ってカンフル剤のような働きをしたい。私の一言で走りが変わって速くなったこともありますし、そういうところがやりがいになっています。平田選手がバタバタしているときには、ワーワー言ってもなにも伝わらないし、ちょっと引いて静観してみることもありますが、乗れているときはこっちもテンションが上がりますし、一緒に乗っていきたいんです。メカニックは冷静であるべきだという風潮があるかもしれませんが、思ったことはなんでもサインに書きますし、それでライダーががんばってくれたらうれしいです。レースは熱があるものなので、火が付いたら一緒に燃えますよ。

平田優 平田優 平田優 平田優 平田優

小方誠担当/河瀬英明メカニック「基本的な情報に加えて、随時アドバイスを発信しています」

サインボードの基本的な要素はほかのメカニックと同様ですが、私は黒板と太いチョークを使っています。時間の書き方は、私なりに前半は「5分」、「10分」と経過を出します。いきなり「あと25分」などというサインを出されるとライダーも疲れてしまうので、後半になってから「あと10分」、「あと5分」とカウントダウンを始めます。ラップタイムについては、2分13秒5だったら「13”5」というように書き、「5」は小さく書きます。小数点以下はいらないという人もいますが、コンマ5秒でも10周すれば5秒になりますから無視はできません。タイムには矢印を添えて、向きで変動を表しています。前の周よりよかったら「↑」、遅くなったら「↓」、ほぼ同タイムだったら「→」という具合です。これは以前に担当していた熱田孝高選手の要望で始めたのですが、彼はいろいろなラインを試すタイプでしたので、前の周と比べて速くなったのか遅くなったのかを明確に知りたかったのです。数字だけだととっさに分からないので、矢印で表現するようになりました。あとはタイム差ですが、例としては「前ナリタ、-3」「後ろアライ、+4」という出し方をします。

小方選手の場合は、あまりタイムを気にしないので、逆にもっと気にして、考えて走るように助言しています。数字以外にはライディングに関するアドバイスをよく書きます。目標としている乗り方やテクニックがありますので、それができていないときは指摘します。「スムーズに」、「顔上げろ」、「目線」とか、「もっとアグレッシブに」、「スタンディング」など……。「目線」だけで目線を遠くにという意味になりますが、「スタンディング」などは長くてもほかの言葉だとニュアンスが伝わらないので、そのまま書くようにしています。作戦的なサインとしては「前タレてる」、「追い付ける」などがありますが、これを小方選手だけでなく先行しているライダーに見せる技もあります。相手を動揺させる心理作戦ですが、逆にスイッチが入って逃げられてしまうかもしれません。

見せるサインもあれば見せたくないサインもあるもので、ラストのどこで勝負しろというようなメッセージはなるべく隠すようにしています。以前、広島でサインが読みにくいということで、フィニッシュジャンプの着地付近で待ち、空中にいるライダーに向かってサインを出してみたことがありましたが、敵にも丸見えでしたので廃案になりました。サインの見やすさということは常に考えていますが、私はボードの取っ手を上にして持ち、高く掲げるようにしています。ボードには小方選手の名前は書いていません。スペースがもったいないですし、全日本モトクロス選手権のコースレイアウトだったら、チームウエアを見れば分かるからです。タオルやカッパを振り回すことで、私の位置をアピールすることもあります。ボードは3段に区切って、上にラップタイム、下に残り時間、そして真ん中に言葉を書いて、上下の数字が混ざらないように工夫しています。

私はテクニック面や作戦面でのアドバイスはしますが、精神論はあまり展開しません。やることをやってきたライダーに対して「気合!」とか言っても、もう気合は入ってますからと返されるのがオチです。それよりも、客観的な情報を冷静に伝えるのが大事なのではないかと思っています。ただ、今年の千歳(第5戦)では、小方選手のペースがどんどん下がってきましたので、「それでも男か!」などと、中村さん(平田優担当)のようなメッセージを書いたことがありました。ゴールしてから、転倒の影響でハンドルが曲がっていたことが判明したのですが、レース中はそんな素振りを見せずに走り続けていたのです。普通ならメカニックに向かって、ここが壊れているんだよという言い訳をジェスチャーしたりするものなのですが、小方選手の一途な姿勢を見直しました。

小方誠 小方誠 小方誠 小方誠 小方誠