全日本モトクロス2012 TEAMHRC現場レポート
Vol.022012年ファクトリーマシン解説

3つの主戦場と3種類のファクトリーマシン

全日本モトクロス開幕戦に続き、第2戦でも完全優勝を遂げた成田亮を筆頭に、TEAM HRCは絶好調。そんな開幕ダッシュの原動力になっている、ファクトリーマシンCRF450Rについて、開発責任者の本田太一氏に解説してもらいました。

ご存じのようにHondaのモトクロス活動には、大きく分けて3つの主戦場があります。MFJ全日本モトクロス、FIMモトクロス世界選手権、アメリカのAMAスーパークロス/モトクロス。この中でもAMAではファクトリーマシンが禁止されているので、量産車のポテンシャルアップとさらにモディファイを施す技術が重要になります。全日本のTEAM HRCでも量産車ベースのファクトリーマシンを走らせているのは、このようにAMAを見据えているためです。一方、世界選手権と全日本は、FIMレギュレーションという点では共通かもしれませんが、コースの規模やライダーの技量も違いますし、要求される性能も違います。Honda World Motocross Teamは、昨年のMFJグランプリでイブジェニー・バブリシェフとルイ・ゴンカルベスがテストしたマシンを使用しています。右出し/左回し/右マフラーという排気レイアウトが話題になり、今年の全日本にも投入されると噂されていたようですが、あれは世界選手権用のファクトリーマシンです。マスの集中化を図った車体など、追究しているテーマは共通なのですが、そのアプローチの仕方がTEAM HRCの3台とは異なっているのです。

今季のTEAM HRCは3台のファクトリーマシンを走らせていますが、仕様はおのおの異なっています。これは新しい技術をさまざまな条件でテストする必要があるためで、各車に優劣や上下関係を持たせているわけではありません。その3台の詳細ですが、まず小方車(#40 CRF450R)は'12年モデルをベースに'13年以降の量産車を見越した新機構を盛り込み、戦闘力の高いマシンに仕上がっています。KYBの最新型サスペンションを装備し、エンジンも小方の好みに合わせてモディファイ。点火時期やA/F(空燃比)を変更し、全域で上乗せした感じの出力特性になっています。小方は結構回すタイプなんですが、昨年バブリシェフやゴンカルベスと一緒にテストする機会があって「あまり引っ張らないで早めにシフトアップした方がいい」とアドバイスを受けて以来、走法改造に取り組んでいるところです。この小方車でテストして高評価が得られたスペックは、近い将来の量産車に採用される可能性が高い。そういう役割を担いつつも、開発だけに専念しているわけではありません。小方車ももちろん勝ちにいっています。

次に平田車(#6 CRF450R)ですが、小方車との相違点は、よりアメリカを意識したマシンであるということです。つまりAMAレギュレーションにのっとったモディファイに限定し、ここで好結果が得られたらすぐにHGA(本田技術研究所二輪R&Dセンター)からアメリカへ渡せるような流れですね。AMAでは基本的に削ったり軽くしたりするのは不可ですが、何かを追加したり重くする改造なら認められる。したがって昨年からバルブタイミング、排気ポートなどを変えながら、ACGも重いものを試したりしています。ただし圧縮比については、AMA仕様のように上げられません。アメリカではレースガスを使用できるのでハイコンプ化によってパワーを出しますが、日本では普通のハイオクなのであそこまで高くできません。若干は上げていますが、エンジンの燃焼状況を見ながら最適化するレベルにとどめています。出力特性的にはライダーの好みに合わせ、多用する低中速を重視したものにしてあります。

平田車にもKYBサスペンションを採用していますが、小方車よりもさらに進んだ作動性や減衰力特性を試みています。また車体的には、スーパークロスで要求されるフレーム剛性を平田車でテストしています。縦とか横とか一方向ではなく、剛性バランスを崩さないように全体的にアップさせたものです。平田が全日本で実証したニュースペックは、アメリカに渡してタイムリーに使ってもらいます。行き先はTeam Honda Muscle Milkのトレイ・カナード、ジャスティン・ブレイトン、そしてプライベートチームのチャド・リード。あとはテストライダーとして、ジェレミー・マクグラスにも乗ってもらっています。全日本からスーパークロス、そしてアウトドアモトクロスへと応用が利くのかという疑問もあるでしょうね。確かにセッティングは違いますが、基本的なところは共通点が多いのです。

最後に成田車(#1 CRF450R)ですが、これは今まで熟成してきたCRF450Rの長所をさらに伸ばし、高い次元でまとめた試作車です。キーワードはマニューバビリティ。自由自在に操れる操縦性、扱いやすさということです。バイクを設計する際に安定性を出すのは比較的簡単ですが、安定性を確保した上で操縦性を向上させるのが難しい。これまでのCRFにも優れた操縦性がありましたが、年々厳しくなる音量規制に対応するためにマフラーが大型化すると、概して操縦性が損なわれる方向になります。具体例としては、重心から離れた位置にあるマフラーが重たくなると、マシンを思い通りに振り回したり狙ったラインに入ることができません。そこで、これは常に取り組んでいることですが、マスの集中をさらに強化しこのような形を試作してみたのです。たまたまですが開幕からの2戦は、HSR九州もオフロードビレッジも比較的タイトなコースだったので、ニューマシンの操縦性を実証するにはうってつけでした。成田が使ったラインは、誰にも真似ができないはずです。もちろんモトクロスはライダーの腕によるところが大きいのですが、開幕から4ヒート連勝できたことでマシンの正しさも証明できたのではないかと思っています。

その成田車のフレームですが、'09年のモデルチェンジから3年経過する間に寄せられた要求に応えるため、全体的にデザインを一新しました。コンパクトな新設計エンジンは、従来の扱いやすい特性をさらに進化させつつ耐久性の向上を図ったものです。ボア×ストロークは同じですし、型式が変わってしまうほどの変更ではありませんが、将来的に標準となるようなものを砂型で試作しています。成田の乗り方ではオーバーレブまで回すのですが、とくに専用のエンジンが必要だったわけではありません。確かに高回転域は重視しましたが、タイトなコースもあるので低回転域も出してあり、いずれにしてもセッティングの領域です。そして外観的な特徴でもあるデュアルエキゾーストですが、音量規制への対応とマスの集中を両立させる方法として採用しました。結果的に左右バランスも取れていますし、現時点では完成度の高いレイアウトだと言えるでしょう。Hondaには'06〜'09モデルのCRF250Rをデュアルエキゾーストにした実績があり、十分なデータの蓄積もあります。実は1本マフラーと2本マフラーのどちらがいいのか? と問われても正解はありません。エンジンや車体との兼ね合いもあって、重量の増減やバランスの配分などを考慮しながら、その時点でのベストチョイスを決めています。

小方車や平田車とは異なり、成田車にはショーワのサスペンションを採用しています。アメリカでも世界選手権でもショーワが標準ですが、内部構造はおのおの別物です。例えば世界選手権ではSFF(セパレート・ファンクション・フロントフォーク)を使っていますが、成田車には従来の熟成型を装備しています。TEAM HRCでKYBとショーワを併用するのは、競争原理によって技術的進化を促進させるためです。タイヤも同じような考えから小方車と成田車にダンロップ、平田車にはブリヂストンを採用しています。ちなみにアメリカと世界選手権では、全車ダンロップです。

これまでお話ししましたように、開発面では各ライダーに異なる役割を担ってもらっているので、TEAM HRCの全車を同一仕様にすることは考えていません。相違点につきましては、どのマシンが一番進んでいるとか、古いとかいうことではなく、それぞれ違う特性を狙っていると考えていただければ幸いです。もちろん小方車が現行マシンをベースとしていて、成田車が次世代を見据えた試作車であることは確かです。ただし操縦性を突き詰めた結果、トラクションが悪くなることもあり得ますし、試作車には長所と短所が背中合わせとなるリスクもあります。その点では量産モディファイ車の方が、トータルバランスが大きく崩れることはなく安定しています。

成田車のポテンシャルが一番高くて、成田車だけが勝ちにいくマシンというわけではありません。ファクトリー活動は開発もさることながら勝つことが究極の目的ですから、戦闘力のないマシンを投入することはありません。3台とも勝ちにいっていますし、3人全員がチャンピオン候補です。第2戦終了時点のランキングでは首位成田、3位平田、5位小方ですが、最終的にはTEAM HRCで1-2-3を独占できたら美しいですね。


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