モータースポーツ > 全日本モトクロス選手権(JMX) > 成田亮V8への軌跡
10月21日、宮城県・スポーツランドSUGOで開催された全日本モトクロス選手権第9戦/第50回MFJ-GPモトクロスで、TEAM HRCの成田亮が2012年のIA1チャンピオンを獲得しました。この最終戦までに、2位に45ポイント差をつけて臨んだ成田は、ヒート1を5位でフィニッシュした時点で自身8度目となるタイトルを確定。ヒート2では今季14勝目を挙げ、有終の美を飾りました。今回のチャンピオン獲得は、Hondaにとって2006年以来6年ぶりの栄冠となります。
「ヒート1で優勝してチャンピオンを決めたかったのですが、トップを走っていたときに、優勝を意識しすぎて転んでしまいました。それが悔しくて喜びも半減でしたが、チャンピオン獲得という目標を達成できてほっとしています」
成田は全9戦で18ヒート中14勝を挙げるという高い勝率で頂点に立ちましたが、そこに至るまでは決して平坦な道のりではありませんでした。前年までに通算102勝を挙げ、チャンピオンシップV7を達成していた成田は、開幕前から想像を絶するほどの重圧と戦っていたのです。
「新しいマシンで勝つこと、そしてチャンピオンを獲得すること。自分にしかできない重要な任務だと自覚すればするほど、それが重荷となっていきました。もちろん自信はありましたが、周囲の期待も次第に大きくなり、今までに経験したことのないプレッシャーを感じていました」
今季、Hondaは新型のファクトリーマシンを成田に託しました。フレームからデュアルエキゾーストまでフルモデルチェンジしたCRF450Rは、成田のライディングにより開幕戦の熊本(HSR九州)で、両ヒート優勝というパーフェクトウインを成し遂げました。実はこのデビューウイン直前まで、ニューマシンの開発は極秘裏に進められてきました。
「ニューマシンに乗り始めたのは3月に入ってからです。僕は練習車と本番車を、完全に同じ仕様にして走り込みたいのですが、今年のファクトリーマシンは機密車両だったので、発表されるまではだれの目にも触れないように注意する必要がありました。そのため、事前のテスト走行はもちろんですが、自主練習のときでさえコースを借りきって、僕だけのためにチームスタッフが菅生まで足を運んでくれていました。04年にCRF450RでIA1(当時は国際250cc 2ストローク250cc/4ストローク450cc)でチャンピオンになったことがあり、Hondaのマシンの乗りやすさはよく知っていましたし、その素性のよさは今年のファクトリーマシンにも受け継がれていました。ですから、とてもなじみやすくて、開幕戦から好成績を残せたのですが、厳密に言うと、マシンに完ぺきに慣れたのはシーズンが終盤に入ってからでした」
開幕戦から始まった成田とCRF450Rの快進撃は、第2戦川越(オフロードヴィレッジ)、第3戦広島(世羅グリーンパーク弘楽園)と進んでも衰えず、6連勝を達成。成田は広島を特に重要なラウンドと捉えていたので、ここでのパーフェクトウインは非常に価値のあるものでした。
「広島はランキング2位の新井宏彰選手(カワサキ)が得意とするコースでしたので、5月の第3戦と10月の第8戦が今シーズンのヤマ場になると考えていました。チャンピオン獲得だけでなく、全勝という目標を掲げていましたので、『2位でもいいや』と妥協するつもりはありませんでした。その広島でピンピン(パーフェクトウイン)を決められたので、『これならいけるぞ!』という気持ちになりました。なぜなら、広島のあとには菅生(スポーツランドSUGO)、千歳(北海道オフロードパーク)、藤沢(藤沢スポーツランド)と、得意なコースが控えていたからです」
ところが、成田は最も得意だったはずの地元菅生で、今シーズン初めて優勝を逃してしまったのです。ヒート1は転倒を喫しながらも優勝をもぎ取りましたが、ヒート2では新井選手を逃がしてしまい、2位でフィニッシュ。開幕から続いた連勝記録は、7でストップしました。シリーズチャンピオンを狙うためには無理に全勝を目指す必要はなく、毎戦コンスタントに2位か3位をキープすればいいという考え方もありますが、成田のスタイルは、それとは正反対です。
「ベテランと呼ばれる年齢(32歳)になりましたが、自分ではまだ20代だと思っていますし、負けん気の強さは変わっていません。それが自分の強みだと思っていますし、センスとかテクニックではなく、勝ちたいという気持ちを人一倍持っているだけです」
シーズン初の2位に唇をかんだあと、気持ちをリセットした成田は、再び勝ち星を重ねていきました。第5戦千歳では、チームメートの平田優と今季初の1-2フィニッシュに加えてパーフェクトウイン。第6戦藤沢でも、両ヒートを完全に掌握し、ランキングトップの座を固めます。開幕から夏のインターバルを迎えるまでに、成田が挙げた勝利数は6戦12ヒート中11勝。ランキング2位の新井選手に58ポイント差という圧倒的な成績を収めました。
「夏休みの間はマシンテストに明け暮れました。『勝っているからこれでいい』という考えは、僕にもチームにもありませんでした。パワー、操縦安定性、乗りやすさ……あらゆる要素について注文を出し、改善されては走り込む。そういう作業をシーズンを通して繰り返してきました。夏休みはマシン作りに集中するのに絶好の機会だったからです。エンジンにはエンジン担当、サスペンションにはサスペンション担当というように、それぞれエンジニアがいて、本当に多くの人に支えられているという実感がありました」
9月からスタートしたシリーズ終盤戦に、成田はさらに性能がアップしたCRF450Rで臨みました。ところが、第7戦名阪(名阪スポーツランド)では、自らのミスで転倒したこともあり、優勝/11位と大荒れ。第8戦広島ではペースが上がらず、6位/優勝と、本来の成田らしからぬリザルトが続いてしまいました。
「シーズン終盤で取りこぼしが多くなったのは、やはりプレッシャーのせいだったと思います。気負いすぎて失敗し、それでスイッチが切れてしまったこともありました。ただ片方のヒートを落としても、もう一方は勝っていましたし、最終戦でも最後のヒート2は勝って締めくくることができたので、その点では納得しています。シーズン全勝という目標は達成できませんでしたが、決して実現不可能なことだとは思っていません。これからもシーズン全勝を目指しながら、チャンピオンシップをV9、V10……と積み重ねていきます」


生年月日:1980年5月1日
出身:青森県
身長:171cm
体重:72kg
血液型:O型
3歳からモトクロスを始め、地方選手権などで活躍する。1994年、14歳で全日本モトクロス選手権の国際B級250ccクラスに初出場し、その年にチャンピオンを獲得。また同年に、史上最年少で国際A級250cc(現在のIA1)ライセンスを取得する。1996年からは国際A級250ccクラスに参戦し、2002年にチャンピオンを獲得すると、04年まで3連覇を達成した。以降もトップライダーとして活躍を続け、12年にTEAM HRCへ移籍。Hondaの新型ファクトリーマシン「CRF450R」を駆って参戦した12年は、2位に圧倒的なポイント差をつけて自身8度目となるIA1チャンピオンに輝いた。
| 西暦 | No. | マシン | チーム | クラス | ランキング |
| 1995年 | 1 | ヤマハ | 125cc | 2位 | |
| 1996年 | 1 | ヤマハ | 250cc | 16位 | |
| 1997年 | 16 | Honda | Private | 250cc | 14位 |
| 1998年 | 12 | Honda | Seki Racing MotoRoman | 250cc | 3位 |
| 1999年 | 3 | Honda | Seki Racing MotoRoman | 250cc | 3位 |
| 2000年 | 3 | Honda | Seki Racing MotoRoman | 250cc | 5位 |
| 2001年 | 5 | スズキ | 250cc | 4位 | |
| 2002年 | 4 | スズキ | 250cc | チャンピオン | |
| 2003年 | 1 | スズキ | 250cc | チャンピオン | |
| 2004年 | 1 | Honda | Seki Racing MotoRoman | 250cc | チャンピオン |
| 2005年 | 982 | Honda | MotoSport Outlet | AMA125 | スーパークロスWEST 24位/AMAナショナル 26位 |
| 2006年 | 982 | ヤマハ | IA1 | 2位 | |
| 2007年 | 982 | ヤマハ | IA1 | チャンピオン | |
| 2008年 | 1 | ヤマハ | IA1 | チャンピオン | |
| 2009年 | 1 | ヤマハ | IA1 | チャンピオン | |
| 2010年 | 1 | ヤマハ | IA1 | 5位 | |
| 2011年 | 982 | ヤマハ | IA1 | チャンピオン | |
| 2012年 | 1 | Honda | TEAM HRC | IA1 | チャンピオン |
| 勝数 | 日程 | レース |
| 1勝 | 1995年4月30日 | 名阪ヒート2 |
| 2勝 | 1995年5月14日 | 鈴鹿ヒート1 |
| 3勝 | 1995年5月28日 | 広島ヒート1 |
| 4勝 | 1995年6月11日 | 菅生ヒート1 |
| 5勝 | 1995年7月9日 | 和寒ヒート1 |
| 6勝 | 1998年9月6日 | 菅生ヒート2 |
| 7勝 | 1999年4月18日 | 名阪ヒート2 |
| 8勝 | 1999年7月18日 | 藤沢ヒート1 |
| 9勝 | 2000年4月23日 | 名阪ヒート2 |
| 10勝 | 2000年6月4日 | 菅生ヒート2 |
| 11勝 | 2001年6月10日 | 菅生ヒート2 |
| 12勝 | 2001年9月23日 | 菅生ヒート2 |
| 13勝 | 2002年4月28日 | 茨城ヒート1 |
| 14勝 | 2002年5月12日 | 広島ヒート2 |
| 15勝 | 2002年5月26日 | 熊本ヒート2 |
| 16勝 | 2002年7月21日 | 藤沢ヒート1 |
| 17勝 | 2002年9月8日 | 名阪ヒート1 |
| 18勝 | 2002年9月8日 | 名阪ヒート2 |
| 19勝 | 2002年10月13日 | 広島ヒート1 |
| 20勝 | 2003年4月13日 | 名阪ヒート1 |
| 21勝 | 2003年4月13日 | 名阪ヒート2 |
| 22勝 | 2003年4月27日 | 茨城ヒート1 |
| 23勝 | 2003年4月27日 | 茨城ヒート2 |
| 24勝 | 2003年5月11日 | 広島ヒート2 |
| 25勝 | 2003年6月8日 | 菅生ヒート1 |
| 26勝 | 2003年7月6日 | 和寒ヒート1 |
| 27勝 | 2003年7月6日 | 和寒ヒート2 |
| 28勝 | 2003年7月20日 | 藤沢ヒート1 |
| 29勝 | 2003年7月20日 | 藤沢ヒート2 |
| 30勝 | 2003年9月7日 | 名阪ヒート2 |
| 31勝 | 2003年9月28日 | 熊本ヒート1 |
| 32勝 | 2003年9月28日 | 熊本ヒート2 |
| 33勝 | 2004年4月11日 | 名阪ヒート2 |
| 34勝 | 2004年4月25日 | 茨城ヒート1 |
| 35勝 | 2004年4月25日 | 茨城ヒート2 |
| 36勝 | 2004年5月9日 | 広島ヒート1 |
| 37勝 | 2004年5月9日 | 広島ヒート2 |
| 38勝 | 2004年5月23日 | 熊本ヒート1 |
| 39勝 | 2004年5月23日 | 熊本ヒート2 |
| 40勝 | 2004年6月6日 | 菅生ヒート1 |
| 41勝 | 2004年6月6日 | 菅生ヒート2 |
| 42勝 | 2004年7月4日 | 和寒ヒート1 |
| 43勝 | 2004年7月4日 | 和寒ヒート2 |
| 44勝 | 2004年7月18日 | 藤沢ヒート1 |
| 45勝 | 2004年7月18日 | 藤沢ヒート2 |
| 46勝 | 2004年9月5日 | 名阪ヒート1 |
| 47勝 | 2006年4月9日 | 名阪ヒート1 |
| 48勝 | 2006年4月9日 | 名阪ヒート2 |
| 49勝 | 2006年4月23日 | 茨城ヒート1 |
| 50勝 | 2006年4月23日 | 茨城ヒート2 |
| 51勝 | 2006年5月14日 | 広島ヒート2 |
| 52勝 | 2006年6月11日 | 熊本ヒート2 |
| 53勝 | 2007年3月25日 | 菅生ヒート1 |
| 54勝 | 2007年4月8日 | 名阪ヒート1 |
| 55勝 | 2007年4月29日 | 川越ヒート1 |
| 56勝 | 2007年4月29日 | 川越ヒート2 |
| 57勝 | 2007年7月8日 | 和寒ヒート1 |
| 58勝 | 2007年9月9日 | 名阪ヒート1 |
| 59勝 | 2007年9月9日 | 名阪ヒート2 |
| 60勝 | 2007年10月7日 | 広島ヒート1 |
| 61勝 | 2008年4月13日 | 名阪ヒート1 |
| 62勝 | 2008年4月27日 | 川越ヒート1 |
| 63勝 | 2008年5月11日 | 菅生ヒート1 |
| 64勝 | 2008年5月11日 | 菅生ヒート2 |
| 65勝 | 2008年5月25日 | 広島ヒート1 |
| 66勝 | 2008年5月25日 | 広島ヒート2 |
| 67勝 | 2008年6月8日 | 熊本ヒート1 |
| 68勝 | 2008年6月8日 | 熊本ヒート2 |
| 69勝 | 2008年7月6日 | 和寒ヒート2 |
| 70勝 | 2008年10月12日 | 広島ヒート1 |
| 71勝 | 2009年4月5日 | 名阪ヒート2 |
| 72勝 | 2009年5月17日 | 広島ヒート1 |
| 73勝 | 2009年6月14日 | 菅生ヒート1 |
| 74勝 | 2009年6月14日 | 菅生ヒート2 |
| 75勝 | 2009年7月5日 | 和寒ヒート1 |
| 76勝 | 2009年7月5日 | 和寒ヒート2 |
| 77勝 | 2009年7月19日 | 藤沢ヒート1 |
| 78勝 | 2009年7月19日 | 藤沢ヒート2 |
| 79勝 | 2009年10月11日 | 広島ヒート2 |
| 80勝 | 2009年10月25日 | 菅生ヒート1 |
| 81勝 | 2009年10月25日 | 菅生ヒート2 |
| 82勝 | 2010年4月4日 | 名阪ヒート1 |
| 83勝 | 2010年4月4日 | 名阪ヒート2 |
| 84勝 | 2010年4月18日 | 川越ヒート1 |
| 85勝 | 2010年4月18日 | 川越ヒート2 |
| 86勝 | 2010年5月30日 | 菅生シュートアウト |
| 87勝 | 2010年7月4日 | 和寒ヒート1 |
| 88勝 | 2010年7月18日 | 藤沢ヒート1 |
| 89勝 | 2010年9月12日 | 名阪ヒート1 |
| 90勝 | 2011年5月15日 | 広島ヒート1 |
| 91勝 | 2011年6月12日 | 名阪ヒート1 |
| 92勝 | 2011年7月3日 | 和寒ヒート1 |
| 93勝 | 2011年7月3日 | 和寒ヒート2 |
| 94勝 | 2011年7月17日 | 藤沢ヒート1 |
| 95勝 | 2011年8月7日 | 菅生ヒート1 |
| 96勝 | 2011年8月7日 | 菅生ヒート2 |
| 97勝 | 2011年9月11日 | 名阪ヒート1 |
| 98勝 | 2011年10月9日 | 広島ヒート1 |
| 99勝 | 2011年10月23日 | 菅生ヒート1 |
| 100勝 | 2011年11月6日 | 熊本ヒート1 |
| 101勝 | 2011年11月6日 | 熊本ヒート2 |
| 102勝 | 2011年11月20日 | 川越ヒート2 |
| 103勝 | 2012年4月8日 | 熊本ヒート1 |
| 104勝 | 2012年4月8日 | 熊本ヒート2 |
| 105勝 | 2012年4月22日 | 川越ヒート1 |
| 106勝 | 2012年4月22日 | 川越ヒート2 |
| 107勝 | 2012年5月13日 | 広島ヒート1 |
| 108勝 | 2012年5月13日 | 広島ヒート2 |
| 109勝 | 2012年5月27日 | 菅生ヒート1 |
| 110勝 | 2012年6月17日 | 千歳ヒート1 |
| 111勝 | 2012年6月17日 | 千歳ヒート2 |
| 112勝 | 2012年7月1日 | 藤沢ヒート1 |
| 113勝 | 2012年7月1日 | 藤沢ヒート2 |
| 114勝 | 2012年9月9日 | 名阪ヒート1 |
| 115勝 | 2012年10月7日 | 広島ヒート2 |
| 116勝 | 2012年10月21日 | 菅生ヒート2 |
