team HRC現場レポート

全日本モトクロス選手権第6戦(9月15日・奈良・名阪スポーツランド)において、山本鯨選手(#400・CRF450RW)が今シーズン2度目のパーフェクトウイン(1位/1位)を収めました。IA1ポイントリーダーのチームメート、成田亮選手(#114・CRF450RW)に対し、4点差まで急接近し、タイトル争いをヒートアップさせています。Team HRCの取り組みをお伝えする現場レポート。今回は山本選手を担当する国府方智雄メカニックに、話を聞きました。

メカニックの国府方智雄氏

Vol.61

山本選手がパーフェクトウインを達成した第6戦をライダー担当メカニックが振り返る

おかげさまで、山本が開幕戦以来のピンピンを取ることができました。名阪はライダー自身が勝負どころと決めたラウンドですし、そのために埼玉から奈良へ移住したくらいですから、アドバンテージもあればプレッシャーもあったと思います。練習から近畿選手権参戦まで含めれば、相当な走行時間を費やしているはずです。普段は一人で練習している山本ですが、必要に応じて私かサブメカニックの佐藤崇弘が名阪に出張しました。私だけでも月に2回ぐらい、1回の出張で2、3日…。練習メニューは秘密ですが、内容の濃い走り込みを重ねてきました。

通常はレースの2週間ほど前に、開催地で事前テストを行います。エンジンやサスペンションのセッティング変更、前回のレースで浮き彫りとなった課題への対応、タイヤチョイスなどが目的です。今シーズンはマシンが成熟していますので、大きな仕様変更などは行っていません。コースに対するライダーの習熟度を上げることも、事前テストの目的の一つです。今回の名阪スポーツランドのように、コースレイアウトが大きく変わった場合、事前の走り込みが重要でした。

山本鯨
山本鯨

今年は山本と成田によるデッドヒートが続いていますが、我々の間ではほどよいテンションとともに秩序が保たれています。事前テストでは各々マイペースで走っていますし、2人が競り合うような状況にはなりません。以前には全員でヒート練習をやったこともありましたが、今シーズンは個別に走ることが多くなりました。たとえ山本と成田が同じ時間帯にコースインしても、片方がセッティングで、もう片方は走り込みというように、自然とかぶらない状況になっています。

私がHondaに来てから15年になりますが、ライダー担当メカニックとしては4年目です。それ以前は備品管理やタイムキーパー、サブメカをしていました。今とは全然スタンスが違い、チーム全体に貢献するポジションでしたが、ライダー担当メカニックになると、タッグを組んで自分たちが勝つことだけに集中します。我々メカニックはマシンをノートラブルで仕上げてライダーに預けるのが使命です。

メカニックの国府方智雄氏
メカニックの国府方智雄氏
Team HRC
Team HRC

もちろんレースになれば、山本と私は一心同体です。サインボードで会話しながら、一緒に戦っています。山本に対する私のサインは、メッセージが多くなります。今シーズンの戦況は、ほとんど山本と成田の一騎打ちなので、成田が目の前か真後ろにいることが多く、そこでタイム差やラップタイムを出しても意味がないからです。もちろん成田が視界から消えれば、プラス何秒、マイナス何秒という情報が必要になりますし、経過時間や残り周回なども伝えます。

第6戦近畿大会
第6戦近畿大会

我々のサインの中で典型的なのは「下半身!」と「声!」でしょうか。どちらも山本からのリクエストで出しているものです。下半身でホールドすれば腕アガリを軽減できますが、競り合いが激しくなるとついつい自分の理想のフォームを忘れてしまうのです。成田を抜きたい、あるいは抜かれたくないという気持ちが強くなってフォームが乱れる。前半で競ったりすると後半で腕アガリを起こすので、走りを観察しながら「下半身!」を出します。「声!」というのは、深呼吸をうながすサインです。走りに集中しすぎると息を止めてしまうことがあるので、声を出すことで深呼吸を引き出します。気持ちをリセットする意味もあります。

メカニックの国府方智雄氏
メカニックの国府方智雄氏

それ以外のサインはアドリブですね。特にネタ帳を用意しているわけでもなく、走りを見ながら感じるままメッセージを送っています。例えば山本のタイムが落ちてきたら、単純にタレているのか、終盤の勝負に備えて体力を温存しているのか分かるので、無意識のうちに彼の考えとシンクロしていきます。ただし、山本と私のタイミングが常に一致するわけではありません。私が考えているよりもスパートが早くて、ちょっと慌てるときがあります。

いくら山本でもスタミナが無尽蔵にあるわけではありません。だからスパートのタイミングは、成田の出方を見ながら判断することになるのですが、これが意外と難しい。テストや練習では山本が圧倒的に速くて、持久力も十分あるのですが、レースになると成田がとんでもない力を発揮するのです。レースにならないと上がらないというか、経験上ピークをどこに設定したらいいのか心得ているのでしょう。

メカニックの国府方智雄氏
メカニックの国府方智雄氏

ご存じのように全日本モトクロスでは、スタートから30分経過後に初めてコントロールラインを通過するトップのライダーに対し、ラスト1周を意味する「L1」が提示されますが、Team HRCでは残り時間とレースリーダーのアベレージタイムから計算し、独自に「L4」「L3」「L2」「L1」のサインを出します。

ただしマディコンディションになると、ラップタイムも乱れがちになるので、残り周回を判断する精度も落ちます。またレースリーダーがコントロールラインを通過するタイミングがぎりぎりのときも同様です。30分なら「L1」ですが、29分59秒だと「L2」になります。その辺りは公式のデータを受信しているタイムキーパーと無線でやりとりしながら決めていますが、メカニックよりもタイムキーパーの方が正確に判断できる傾向があるかもしれません。

山本鯨
山本鯨

今シーズンは接戦ばかり、しかも終盤での逆転劇が多いので、レース直後のテンションは相当なものです。仮にヒート1で競り負けたとしても、そのままの精神状態でヒート2に臨むのはよくありません。特に山本はクールに走った方が実力を発揮しやすいタイプなので、ライダーが熱くなったときに一緒に熱くなってはいけない。メカは冷静でいないとバランスが取れない。そういう意識は高く保っているつもりです。

(左から)山本鯨、成田亮
(左から)山本鯨、成田亮
メカニックの国府方智雄氏
メカニックの国府方智雄氏
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