team HRC現場レポート

シーズン中盤に差しかかった、全日本モトクロス第4戦(7月7日・菅生・スポーツランドSUGO)において、成田亮選手(#114・CRF450RW)が今季初の完全優勝(1位/1位)を果たし、IA1ポイントリーダーの地位を固めています。Team HRCのインサイドストーリーをお伝えする現場レポート。今回は成田選手を担当する千葉長利メカニックに、レースマシンのセットアップについて伺いました。

千葉長利メカニック

Vol.59

ワークスマシン解説

今年のレースマシンは、'19モデルの量産車がベースで、エンジンも車体も非常に量産に近い仕様です。プロトタイプを走らせていたシーズンは、あちこちに削り出しや砂型のスペシャル部品が付いていましたが、今年は一般のお客様が乗っているCRF450Rにより近い仕様となります。量産車の実戦検証がテーマになっていて、変更点を簡単に言うとクラッチとホイールとサスペンションを強化しています。

CRF450RW
CRF450RW

まずエンジンですが、一部の部品がスペシャルになります。クラッチはHINSON製を採用しています。油圧クラッチは成田車だけのスペシャル仕様で、ケースを改造して取り付けてあります。

CRF450RW
CRF450RW

排気系統に関しては、当初のテストでは山本(鯨)車と同じノーマルのヘッダーパイプを気に入っていたのですが、乗り込んでいくと高回転域がもっと欲しくなり、今のヨシムラ製ヘッダーにたどり着きました。エンジンセッティングは、成田の好みに合わせて全域で濃いめにしてあります。レース中は結構レブらせるし、思いきり回すイメージがありますが、実際は吹け上がりが早すぎるのを嫌います。私が感じるベストセッティングの状態だとピックアップがよすぎるようで、濃いめで少しもたつくぐらいが成田にとってベストなのです。ギクシャクせずに30分+1周を走ることを考えると、理にかなっていると思います。

成田亮(第4戦 SUGO大会)
成田亮(第4戦 SUGO大会)

成田ぐらいのベテランになると、ベースセッティングが決まったら大きくは変えません。あとは微調整のレベルになります。FIのセッティングは中川チーフが担当しています。成田のコメントをチーム全員で聞いて、開発エンジニアと中川チーフが相談してアジャストする感じでしょうか。'20モデルに採用されるHSTC(Honda・セレクタブル・トルク・コントロール)は、ワークスマシンにも搭載されています。エンジン回転の急上昇に応じて発生トルクを制御する仕組みですが、成田車では回転を抑えすぎないように、気持ちと吹け上がりがリニアに一致するところを見つけてセッティングしているようです。

成田亮(第4戦 SUGO大会)
成田亮(第4戦 SUGO大会)

エンジンのメンテナンスについては、まず、オイル交換は基本的にヒート毎に実施しています。交換しなくても持ちますが、汚れ方や異物の有無などを目視することで、不具合が発生していないか確認するためです。ドライのハードパックのようにクラッチに負担がかからないコースでは、オイル交換のタイミングを変えます。土曜の予選レース前に交換を見送ったり、予選後もそのまま日曜朝の公式練習まで引っ張ったり…。もちろん、ヒート1とヒート2の前には必ず交換します。使用オイルは“MOTUL 300V ファクトリーライン・オフロード 5W40”です。

サスペンションは、前後とも量産先行仕様です。ただフロントフォークの下端だけは、太いアクスルシャフトに対応したスペシャル仕様です。成田は思いきりジャンプを飛んだり、激しいブレーキングをしたりするので、フロントに剛性を求めます。そのため太いアクスル径に対応したハブも含め、ワークス仕様のホイールが装着されています。リア周りでは外観からもわかると思いますが、スイングアームが量産先行仕様のスペシャル部品になります。

太いアクスルシャフトに対応したスペシャル仕様
太いアクスルシャフトに対応したスペシャル仕様

サスセッティングの方向性は、柔らかめで大きく動かしながら奥で踏ん張るというのを基本にしています。車体姿勢は静的にも低くするため、1G(マシンが自然状態で前後サスが縮んだ状態のサスストローク長さ)を多く取ります。尻下がりというわけではなく、フロントも合わせて下げています。量産車の標準よりも低くて私が跨がっても足が着くくらいです。なお、シートも10ミリほど削っています。1Gを低くしただけ残りのストロークは少なくなりますが、その中でスムーズな動きとボトムの踏ん張りを求めます。

成田亮(第4戦 SUGO大会)
成田亮(第4戦 SUGO大会)

サスセッティングが決まったのは、今年だったら開幕戦の後でしょうか。シーズンオフにケガをしたので、例年よりはテストが遅れぎみでした。普段は開幕前に決まっていて、あとは微調整だけです。成田はサスを決めるときにそのコースだけに特化しないで、他のどこへ行っても合うようにセッティングする能力があるからです。一度決めたセッティングが合わなくなった際には、まず自分のライディングを振り返って乗れていないからかもしれないと考える。それでも納得がいかないときは、当初のセッティングが合わせ込み不足だったと判断し、そこで初めて微調整を行うことになります。やはりシーズンオフは熊本でテストすることが多いので、開幕戦HSR九州ではまず合っています。その後、川越に行ったらちょっと違う…、広島でもズレているかな…ということはあります。でも先ほど言ったように、それは成田のセッティングでカバーできている範囲なので、あまり問題にはなりません。

成田はサスを決めるときにそのコースだけに特化しないで、他のどこへ行っても合うようにセッティングする能力がある
成田はサスを決めるときにそのコースだけに特化しないで、他のどこへ行っても合うようにセッティングする能力がある

ハンドル周りについては、幅の狭さとシンプルであることが成田仕様の特徴です。レンサルのファットバーは、特注したナリタスペシャルです。グリップは“アラミド”を使い続けています。一度ロクスンを参考にして“タッキー”を試してみましたが、グリップがよすぎてスロットルが開きすぎるためアラミドに戻しました。

ブレーキレバーは自然な位置ですが、クラッチレバーは可能な限り内側に追い込んでいます。ずいぶん前に腕をケガしたことがあり、レバーの外側に指をかけられるようにパーチを追い込むのです。ハンドルバーには一昨年までいろいろスイッチを付けていたのですが、何も付けずにすっきりさせたいという本人の要望を尊重し、現在は右にセルのスタートボタン、左にキルスイッチがある程度です。

タイヤチョイスに関しては、ブリヂストンの場合、ハード、ミディアム、ソフト、マッドと大まかに4種類のグループがありますが、第4戦菅生ではマッドを履きました。私の読みではマディの底など硬い部分もあるので、マッドよりもソフトかなと思ったのですが、成田は他のライダーよりも1段ソフト寄りを選ぶ傾向があるのです。たとえば他車がハードなら、成田はミディアム。他車がミディアムなら、成田はソフトというような選択になることが多い。その訳はラインを変えて攻めるタイプだからです。あえてベストラインから外れて勝負するためには、深いサンドやぬかるみでトラクションしてくれるタイヤが必要で、それが他車よりもソフト寄りを選ぶ理由なのです。

第4戦菅生ではマッドタイヤをチョイス
第4戦菅生ではマッドタイヤをチョイス

シーズンの途中で、マシンに新しい仕様が入ることもあります。そんなとき成田は積極的にテストしますが、レースで使うかどうかという判断は慎重になりがちです。エンジンであれ、サスペンションであれ、タイヤであれ、レースでどのような挙動を示すか、あらゆる状況を完全にシミュレーションすることが困難だからです。テストした感触でメリットがあっても、レースのラスト1周で攻めたときにどうなのか…。そこまで評価した結果が、成田車のセットアップにつながっています。