モータースポーツ > インディカー・シリーズ > GO FOR IT! > vol.3
ニューハンプシャーではマシンの仕上がりも上々。8番グリッドからスタートした決勝でもアクシデントを乗り越えて首位に浮上するほど好調だったが、僕にとっては嬉しくないタイミングで雨が降り始め、7位に終わった。
悔しい。とにかく、悔しい。過去にも悔しいレースは数限りなく経験してきたが、初優勝のチャンスをすんでのところで逃したニューハンプシャーのレースは、しばらく忘れることができないくらい悔しいレースとなった。
ニューハンプシャーでインディカー・レースが開催されるのは13年ぶりのこと。したがって、現役ドライバーのなかにこのコースでレースを戦った者はひとりもいなかった。ただ、コースの走行経験という意味での例外は、ファイアストンのタイヤテストのためにこのコースで800kmほどを走行したトップチームに所属する数名のドライバー。チームメートのトニー・カナーンもそのひとりだった。
ひとことでいえば、ニューハンプシャーは非常に特殊でトリッキーなコースである。コース全長が1マイル(約1.6km)という意味ではミルウォーキーもニューハンプシャーもまったく同じ。ただし、ミルウォーキーがバンクのないほぼフラットなコースであるのに対し、ニューハンプシャーはコース内側こそフラットに近いものの、そこからアウトにいくにしたがって徐々にバンクが立ち上がっていく形状になっているのだ。しかも、その途中には角度が急激に変化する部分がある。ここを通過するとき、マシンの挙動は不安定になるので、細心の注意が必要になる。
それでも、僕たちは走り始めから好調だった。予選直前のプラクティスは8番手。予選では十分に上位が狙える仕上がりだった。
クジ引きで決まった予選での出走は10番目。チームメートのカナーンは3番手の出走である。通常、コースコンディションはセッション後半になるにしたがって改善されていく。当然、カナーンよりも僕のほうが有利な状況となると予想された。そのカナーンは、ターン1からターン2までスロット全開では走り抜けられなかったという。ところが、僕は全開のままターン1とターン2をクリアできた。この結果を予選中のテレメトリーで確認していたエンジニアたちは、かなりの上位グリッドが期待できると信じていた。
ところが、カナーンは3位を勝ち取っていたのに、終わってみれば僕は8位に留まってしまったのだ。その原因は、風にあった。おそらく出走順で6番目か7番目くらいから、コース周辺に気まぐれな風が吹き荒れるようになっていた。この影響を受けて、僕は8番手に沈み込んでしまったのだ。「風でスピードが変わる?」と聞いて奇妙に思われるかもしれないが、ちょっとした風の影響でスピードが伸びたり伸びなかったりするくらい、インディカーはシビアで繊細な戦いを演じているのだ。
とはいえ、マシンの感触はいい。「これをうまく生かせれば追い上げは可能」 そう自分に言い聞かせ、僕は決勝レースに臨んだ。
路面のバンク角が微妙に変化するためもあり、ニューハンプシャーでは基本的にレーシングラインは1本しかない。つまり、コース上でのオーバーテイクはとても難しいことになる。それでも僕は、リスタートでポジションを上げたほか、燃料セーブによりピットストップを1周引き延ばすことに成功させ、周回遅れを利用してオーバーテイクをしかけるなどして、チップガナッシのダリオ・フランキッティに続く2番手まで浮上した。僕は再び初優勝に向けてチャレンジしているこの瞬間、そしてディフェンディングチャンピオンのフランキッティに戦いを挑むことに興奮していた。
この頃、サーキット周辺に弱い小雨が降り始めていた。通常、オーバルレースでは少し雨が降り始めただけでもセッションが中断されることがあるが、この日は路面が濡れるほどでもなかったせいか、なぜか中断とはならなかった。それでも、安全を確保するためにフルコースコーションが提示された。いうまでもなく、リスタートは僕にとって最大のチャンスである。逆に、マシンの速さではチップガナッシが圧倒的に有利なため、リスタート以外ではまずオーバーテイクできない。そのときを、僕は全神経を集中させて待ち構えていた。
そしてリスタート直後のターン1への進入、普通だったらターン4の脱出から自然とアウト側に膨らんでいくところを、僕を強く意識していたせいか、ダリオは加速しながらコース中央に近いところまで僕を押さえ込んできた。そしてこの直後に2台のラインが交錯、ダリオはウォールに接触してリタイアに追い込まれ、僕はフロント・タイヤがパンクし、フロントウィングを壊すダメージを負ってしまった。
なんてことだろう。僕の目にはダリオが急激にイン側に寄ってきたように見えなくもなかった。テレビの解説者もこのとき、ダリオに事故の責任があるとコメントしたようだが、その一方で、僕自身のリスクマネージメントとして、ダリオともう少し距離を置いてリスタートすべきだったという対処法があったのも事実だろう。しかし、いまとなってはすべて後の祭りである。ラップダウンになるのはギリギリで避けられたが、僕は最後列まで順位を落とした。
これで僕と他のドライバーはピットインのスケジュールがまったく異なるものとなった。このため、レースが残り45周になったときにはトップに浮上、そのまま10ラップ以上にわたって首位を走り続けた。しかも、空模様はまだ怪しいまま。展開次第では再び優勝にチャレンジできるチャンスが転がり込んでくるかもしれない。正直、そう思わなくもなかった。しかし、雨が降り始めるよりも前に燃料がなくなったため、僕はピットストップを余儀なくされた。これで優勝のチャンスは消え去ったも同然である。
7番手でコースに復帰して走り始めていると、やがて雨が降り始めた。さっきまでであれば恵みの雨になり得たが、いまは災いの前触れでしかありえない。しかも、雨が降り始めていったんはフルコースコーションになったものの、フィニッシュまであと8周目になったところでなんとグリーンフラッグが振り下ろされ、レースが再開されたのである!
これでコース上が大混乱に陥ったことはいうまでもない。前方を走るクルマの一台がリスタートで単独スピンを喫し、このとき起きた多重アクシデントに僕も巻き込まれて万事休す。その直後にレースは赤旗中断とされた。これにより、リスタート直前のオーダーを最終結果にすることが決まったため、僕は7位の成績を残すことになった。
優勝のチャンスを目の前にしながら、またしても運命のいたずらに翻弄されてしまった。オーバルレースは本当に難しい。そのことを僕は心で噛み締めながら、第13戦が開催されるソノマに向かった。
美しいソノマのロードコース。しかし、成績のほうは予選16位、決勝18位と振るわなかった。次戦もてぎまでに、チームがマシンの改良に成功することを祈らずにはいられなかった。
乾燥したカリフォルニアの丘陵地帯がどこまでも続くソノマ。隣接するナパ・バレーと並び、この一帯は良質なワインを生み出すことで知られている。このソノマに建つインフィニオン・レースウェイは12のコーナーを持つテクニカルでチャレンジングなロードコースだ。ヨーロッパのサーキットにも少し似たところがあり、コースレイアウト的には僕がもっとも得意とするタイプ。しかし、僕は昨年のソノマで予選17位、決勝18位という屈辱的な結果に終わった。
その直前に開催されたミッドオハイオでの感触があまりに良かったために、ソノマにも同じようなアプローチのセッティングを持ち込んだのだが、そのことが失敗に終わり、僕らは不本意な成績を残すことになったのだ。
今年、ファイアストンはロードコース用のタイヤを見直した。この影響で、チームはロードコースでのパフォーマンスを大幅に失ってしまったようだった。それでも昨年好調だったミッドオハイオで、結果的には異なるセッティングで臨んだ今年もコンペティティブに戦うことができたのだから、僕は少なからずソノマに期待していた。特に僕らは昨年の失敗を繰り返さないよう、セッティングを大きく見直して挑んでいたからだ。ところが週末を通じて僕らはグリップ不足に苦しみ、予選16位、決勝18位と、成績としては昨年とほとんど変わらない惨敗に終わってしまった。
9月19日に決勝が開催される今年のインディジャパンは、オーバルではなくロードコースがその舞台となる。しかも、日本でのインディカー・レース開催は今回が最後。当然、日本のファンの皆さんの前で走れるこの機会を何よりも楽しみにしてきた。その前哨戦ともいえるソノマで苦戦を強いられたことは、僕の心の重荷となって残った。
しかし、KVレーシング・テクノロジー・ロータスはすべてのロードコースを苦手としているわけではなく、なかにはミッドオハイオや今年のエドモントンのように、トップチームと互角の勝負が演じられるコースもある。もてぎでも、チームがコンペティティブなマシンを用意してくれることを心から祈っている。