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全17戦のスピーディな戦い全17戦のスピーディな戦い

1970年代にはF1グランプリも開催されていたカリフォルニア州ロングビーチの市街地コース。ここでKVレーシング・テクノロジーのドライバーは3人揃ってQ1で敗退した。どうやら、マシンのセッティングが市街地コース用タイヤにマッチしていないことが不振の原因のようだ。

 今年のIZODインディカー・シリーズは全17戦。ひとたびシーズンが始まれば隔週、もしくは連続週でレースは開催され、一気に最終戦まで走りきってしまう。おかげで気がつけばもう終盤戦に差し掛かろうとしてしまっている。このコラムも、第2戦まで書き終えたところで諸々の事情から執筆がストップしてしまっていました。掲載を楽しみにしていたファンの皆さん、ごめんないさい。でもここから復活です! 僕にとってはどれも忘れ難い戦いばかりだけど、できる限り思いの丈を語りながら、今回は前半戦の様子を駆け足で振り返ってみることにしました。

ストリートコースが苦手な理由ストリートコースが苦手な理由

 第3戦は市街地コースが舞台のロングビーチ。オーバルコース、ロードコース、そして市街地コースで繰り広げられるインディカー・シリーズでは、コースの特性にあわせてタイヤの構造やコンパウンドも変わる。つまり、オーバルはオーバル専用、ロードコースはロードコース専用、そして市街地コースでは市街地コース専用のタイヤがファイアストンから供給されるのだ。ところが、僕の所属するKVレーシング・テクノロジー(この後はKVRTと省略する)は、どうも市街地コース用タイヤの使い方を苦手としているらしく、なんとチームの3台全車が予選Q1敗退という悲惨な状況になってしまった。市街地用タイヤの攻略は今後の大きな課題になるだろう。こうなると、純粋なスピードではトップチームとの勝負に持ち込めないので、 決勝では徹底的に燃費を稼ぎ、ピットストップのタイミングを引き延ばすことで順位を上げる作戦で挑んだ。今回はこれが奏功し、トップ6くらいでフィニッシュできそうな展開だったが、ライバルのひとりに追突されてタイヤがパンク。これで上位入賞のチャンスをフイにしてしまった。

雨煙とともに消えた初優勝の夢雨煙とともに消えた初優勝の夢

ブラジルではトップチームのドライバーとの真っ向勝負の末に首位に立った。あとはピットストップのタイミングさえ間違っていなければ……。とはいえ、ウェットコンディションでトップクラスのスピードを披露できたことは大きな自信につながった。

 第4戦サンパウロは忘れたくても忘れられない一戦だ。21歳でイギリスに渡って初めて勝利を飾ったレースは雨のアイルランドだったし、イギリスF3時代も雨のレースは大好きだった。当然、インディカー・シリーズでもウェットレースを楽しみにしていたのだが、昨年は一度もなし。それどころか、テストを含め、インディカーでウェットタイヤの感触を確かめたことはこれまで一度もなかった。いくら雨が得意といっても、これでは裏付けがなさすぎる。だから、雨を待ち遠しく思ういっぽうで、ごくわずかだが不安も抱いていた。雨が降ったとき、ドライコンディションでは対等に渡り合うことのできないトップチームとの差をどれだけ詰められるか? もしくは、彼らを打ち破ることができるのか? その答えをはっきりした形で得られたのが、今年のサンパウロ戦だった。
 ドライコンディションで行なわれた予選は10位。市街地コースにおけるKVRTの実力を考えれば、残念ながらこれが限界だった。ところが、決勝日はスタート前に雨が降り始めたのだ。初めてのウェットタイヤに緊張しつつも、僕の胸は期待で膨らんだ。スタート直後にトップグループでアクシデントが発生。これをすり抜けると、2010年チャンピオンのダリオ・フランキッティとグレアム・レイホールを立て続けにオーバーテイクして4番手に浮上。雨のなかを走るインディカーはグリップレベルが低く、まるで氷の上を走っているようだが、状況は誰にとっても同じこと。そうしたなか、僕は水を得た魚のごとく“雨のサンパウロ”を駆け抜けていた。さらにトラブルでスロー走行中のマイク・コンウェイをパスして3位となったところで、雨脚が強まったことを理由にレースは一時中断。それにしても、今日ほどレースを続行したいと思ったことはない。雨のレースなんて滅多にないチャンスなのだ。僕はコックピットに収まったまま再開の瞬間を待ち続けたが、結局コンディションは改善されず、続きは翌日に行なわれることとなった。
 迎えて月曜日、サンパウロ上空は雲に覆われていたが、雨は降っていない。滅多に弱音を吐かない僕だが、さすがに現状では、ドライでトップを追い上げるレースをイメージするのはムズカシイ。豪速ガナッシ勢が僕の真後ろで不敵な笑み浮かべてるし、今日はガマンのレースになるかもしれないと覚悟を決めていた。ところが、全車ドライタイヤを装着してフォーメーションラップに臨んだところ、なんとポツリポツリと大粒の雨が空から落ちてきたのだ!このときヘルメットのなかで、僕がどれほど狂喜乱舞したことか。はっきり言いましょう、勝利を確信(笑)。ひとつ不安要素があったとすれば、レースがドライタイヤのままでスタートしそうだったこと。「えっ、マジ?ウェットレース宣告とかしてタイヤ履き替えないの!?」バックストレートでも雨脚は強まるばかり。一瞬にして完全ウェットとなった路面に黒光りするスリックタイヤ。ウルトラタイトな1コーナーのシケインをアクシデントに巻き込まれることなく無事に切り抜けられるか......。あまりにもリスキーな状況に、普段はキレまくっているインディカードライバーたち(笑)も、慎重に慎重を重ねたスタートを切る。僕らは無事にアクシデントフリーでシケインを通り抜け、ウェットタイヤを求めて全車ピットロードに駆け込んでいった。
 僕は3番手のポジションを守ったままコースに復帰。数周のうちに目の前にいたペンスキーのライアン・ブリスコーを仕留めると、僕はトップを走るウィル・パワーの後方にジリジリと迫った。ブリスコーと同じペンスキー所属のパワーは、ロードコース並びに市街地コースでは無敵の強さを示してきたドライバーである。しかし極端にグリップの低い雨のストリートコースであれば勝算はある。勝負どころになったのはフルコーション明けの再スタートだ。フロントロウからの対決である。ウィルはポールポジションからわずかに僕をリードして1コーナーのブレーキングゾーンへ突入したが、僕はブレーキングをギリギリまで遅らせ、パワーに競り勝った。トップチームのペンスキーに真っ向から勝負を挑み、そして打ち破ることに成功したのだ。雨が降れば誰にも負けない。みんな見た?(笑)
 この後、僕は一気にスパートしてパワーを1秒ほど引き離し、集団のペースをコントロールしていく。油断はできないが、勝利は目前に迫っている。僕は驚くほどリラックスしていて、冷静にステアリングを操りながら、レースを楽しんでいた。
 やがてコース上でアクシデントが発生し、フルコーションとなる。ピットストップを行なうのであれば、ピットロードがオープンとなる前に無線でそのことが知らされる。しかし、このときは様々なやりとりを行いながらも、ピットストップに関する連絡は何もなかった。うまく燃料をセーブすれば無給油でもレースを走り切れる可能性があることはスタート前にチームから聞かされていたが、どうやらピットストップは不要になったようだ。この状況なのだから、チームが残りの燃料とレース距離の綿密な計算を行っているのは火を見るより明らか。僕は何の疑いもなく坦々とペースカーに続いていたが、ピットがいよいよオープンになり、ピットロードの入り口に近づくと、後続のパワーらが突然僕の直後に迫った。ん??彼らはピットストップを行なうらしい。本当に僕は給油しなくてもいいのか? そんな不安が頭をもたげる。しかし、ピットロード入り口はもう目の前。準備ができていないままピットに飛び込んでポジションを落とすわけには行かない。僕はチームを信じて、コース上に留まることにした。
 案の定、僕を除くほとんどの上位陣はピットロードに駆け込み、給油を行なった。この瞬間、無給油で最後まで走り切らない限り、僕は優勝できないことが確定した。この後、僕がピットに入れば、先に給油を済ませているパワーらがトップに立つのは目に見えているからだ。
 結果的に、僕は無給油でレースを走ることができなかった。しかも、その後は一度もフルコーションとならなかったので、他のドライバーがレーシングスピードで走行しているなか、ひとりピットに駆け込むことになった。これで大きく順位を落としたことはいうまでもない。結果的に8位でフィニッシュしたが、目前にあった勝利を逃したことで、僕の気持ちは暗く沈み込んだ。
 チームは最低でも、もう1回フルコーションがあると踏んでいたようだ。そうすれば僕は無給油のまま走り切れ、優勝できる。しかし、現実にはそうはならなかった。
 フルコーションは、ある意味で偶然の産物だ。自分たちの手でフルコーションとすることはできない。ところが、チームはこのフルコーションに賭けた。言い換えれば、偶然に自分たちの運命を委ねてしまったのだ。
 もしも自分が追う立場で、しかも実力的にとてもかなわない相手と勝負するなら、こういう戦い方もアリだろう。しかし、僕のスピードはライバルを上回っていた。偶然に頼らなくても、自力で栄冠を引き寄せることができたのだ。
 考えてみれば、実力で優勝できる展開というのは、KVRTにとって初めての経験だったのだろう。そうしたなかで誤った判断を下したことは、残念で仕方ないけれど、理解できなくもない。この教訓があれば、次にチャンスが訪れたとき、ミスを犯すことはないはず。そう考えて、わき上がる悔しさをぐっと胸の奥へ仕舞い込むことにした。