モータースポーツ > インディカー・シリーズ > GO FOR IT! > vol.1
今季はボディサイドに「With you Japan」のロゴを掲げたマシーンで戦う。開幕戦の5位は今後につながる成績。率直に嬉しかった。
僕は昨年の経験を活かし、順位を落としてもできる限り平常心を保って挽回のチャンスを伺った。レースが膠着状態のときはタイヤと燃料をセーブしながら前走者を追い、そして前のライバルがタイヤを酷使してスライドを起こした瞬間に勝負を掛けてブレーキング競争に持ち込む。こうしてコース上でオーバーテイクに成功する瞬間というのは本当にエキサイティングだ。そして昨年のレースとは決定的に違う瞬間を僕は体験した。それは33周目、最初のピットストップの時だ。「Pit!Pit!」無線でジミーが僕をピットに呼び戻す。僕は最終コーナーを立ち上がり、目の前を走るダニカ・パトリックと全く同じタイミングでピットロードへと向かった。「Get really close Taku, put your nose to under the gearbox...」つまり、自分のマシーンのノーズ先端を前走車のマシーン後端であるギアボックスの下に入れるほど近づいてピットに入ってこいということだ。一寸のムダもできない。緊張が走る瞬間だ。ダニカの所属するアンドレッティレーシングはピットストップがめっぽう速いことで有名だ。昨年はピットストップで何度も抜かれて散々な目に合ってきたが、今年のKVは違う。僕はビッタリとダニカの背後に張り付いた状態から、自分のピットボックスへとギリギリのレイトブレーキングでマシーンを止めた。タイヤ交換と給油作業を終えて、ナンバー1メカニックのブレッドが発進の指示を出す。僕はクラッチを蹴り飛ばしカーナンバー5のロータスを勢い良く再発進させた。リアホイールが空転するもどかしさのなか僕のマシーンはピット速度制限のリミッターが掛かるところまでスピードが乗る。前方のピットボックスではダニカも作業を終えたように見えた。そしてタイヤスモークを上げてダニカのマシーンが動き出そうとしていたその真横を僕はすり抜けたのだ。「やった!」ピットスップで順位を上げるなど、昨年は滅多にお目にかかれない出来事だったから、僕のモチベーションは一気に上がった。そして2回目のピットもイン/アウトラップを攻め込んでタイムを稼ぎ、立て続けにライバル勢からポジションを奪還。最後のスティントは単独走行でポディウム争いのグループを視界に捉えるまで挽回したが、終盤はハードタイヤの想定外のグリップダウンに悩まされて追い上げもそこまでとなってしまった。それでもインディカー・シリーズでは自己最高位となる5位まで順位を上げてフィニッシュ。 まだまだ手放しで喜べる結果とまではいかないが、レースでの課題も見えたし、ポジティブな要素もたくさんあった。新しいシーズンの滑り出しとしては幸先の良いスタートが切れたと言えるだろう。僕は第2戦に向けて大きな期待感を抱きながらセントピーターズバーグを後にした。
これまで何度もバトルを演じてきたNo.22ジャスティン・ウィルソンとの攻防。今回はなぜか最後まで詰め寄られ、接触してしまった。残念。
成績には残らなかったが、ロードコース用のセッティングにひとつの方向性が見えたのは朗報だった。第3戦ロングビーチでも力強く戦っていくつもりだ。
第2戦の舞台はアラバマ州に建つ常設ロードコースのバーバー・モータースポーツ・パークである。ここは起伏のある丘陵地帯に大小のコーナーが散りばめられていて、僕が慣れ親しんだヨーロッパのサーキット、とりわけイギリスのオウルトンパークによく似ている。予選の第3ステージで、上位6台だけが出場できるファイアストン・ファスト6に僕が初めて進出したのも、昨年の第3戦として開催されたここバーバーでの一戦だった。当然、開幕戦の5位を上回る成績を期待して、僕はアメリカ南部のアラバマ州に向かった。
チームはマシーンのセッティングで悩んでいた。昨年の第12戦ミドオハイオで、僕はこれまでの予選で最上位となる3位を勝ち取った。このときのマシーンの状態があまりに素晴らしかったので、チームはその後もミドオハイオでのパッケージングをベースにロードコースを戦ってきたのだが、その結果は芳しくなかった。そして、チームが冬の間に熟成をさせてきたセッティングも、昨年のミドオハイオを基本とするものだった。
しかし、冬の間のテストでも、このセッティングには納得がいかなかった。そこで今回は、昨年のミドオハイオよりもさらに遡った段階の、本当にベーシックな考え方のセッティングに戻すことにした。すると、たしかにバランスはいいのだが、タイムはでない。なんとなく、全体的に小さいところでまとまっている印象なのだ。僕はエンジニアたちとさらに議論を重ね、ミドオハイオのセッティングとそれ以前のセッティングを融合させた考え方を提案、決勝直前に行なわれる日曜日のウォームアップでこれを試すことにした。
ビンゴだった。ウォームアップでの僕の順位は3番手。「昨日このクルマだったらよかったのに!」 そう思っても後の祭りである。やや不本意な11番グリッドから決勝に挑むことは、それまでのセッティングで臨んだ前日の予選ですでに決まっていたのだから。
レース中の給油回数は3回。レース距離と燃費、そして燃料タンクの容量を考えると、バーバーでのレースは3ストップが基本となる。しかし、フルコーションとなってペースカー先導のスロー走行が続けば燃料の消費は減る。さらに、ペースを微妙に落として燃費を稼げば2ストップでレースを走りきれる可能性も広がる。1回ピットストップすれば1分近くタイムをロスするので、2ストップでいけるか、3ストップになるかは大きな違いだ。僕たちは基本2ストップでこのレースを走り切るつもりでいた。
マシーンが好調だったこともあり、僕は2ストップが可能な燃費で走りながら、トップにじわじわと近づく好ペースで周回を重ねていた。僕は26周目にグレアム・レイホールをパスして10位に浮上。続いて、インディ500を3度も制したベテランドライバーのエリオ・カストロネヴェスとサイド・バイ・サイド(横並び)になってヘアピンを駆け抜けていたとき、2台のタイヤが接触、このすきにふたり揃って順位を落としてしまった。
それでもその後のリスタートで順位を取り返し、続いてジャスティン・ウィルソンをヘアピンのアウト側からオーバーテイクして7位に浮上した。このとき、僕は開幕戦に続く上位入賞の手応えを掴んでいた。
F1時代からの知り合いであるジャスティンのことは、フェアなバトルができるドライバーとして信頼していた。お互いを尊重できるドライバーであれば、ギリギリの駆け引きになっても接触する心配はない。彼と僕はそういう関係だと信じていた。ところが、今回は少し様子が違った。ジャスティンが直後にいる状態でリスタートになったとき、大きく右に回り込むターン2で僕らはサイド・バイ・サイドになった。これまでのリスタートで、僕は何度も同じような状況になったが、そのたびにフェアプレイをしてきた。ところが、今回の彼は、コーナーの出口でアウト側にいた僕のほうに寄ってきたのだ。僕は彼との接触を避けようとしたが、最後は行き場がなくなって2台は絡み合い、ここで僕はフロントウィングを壊すことになった。
悔しかった。壊れたウィングを交換するためにピットに入り、順位を落としたことも悔しかったが、信頼できる仲間とでさえ、フェアなバトルができなかったことは僕には残念で仕方なかった。
ギリギリのバトルをするということは、ある意味、自分のレース展開を相手に委ねることでもある。別の言い方をすれば、相手次第で接触もすれば、フェアな戦いもできるということだ。
完走を最優先するのであれば、相手に展開を委ねるような戦いをすべきではない。となると、絶対に絡まれないような形でオーバーテイクするか、絡みそうなバトルになりかけたらこちらが早めに手を引くか、どちらかしか方法はない。
けれども、ほんのわずかなことで順位が変動し、ダブルファイルのリスタート環境下で各マシーンは超接近戦を強いられ、その上アグレッシブなドライバーが揃っているインディカー・シリーズで安全策ばかりとっていたら、上位入賞は覚束ない。
完走と上位フィニッシュのバランスが、今回ほど難しいと思ったことはない。ある意味、自分がこれまで信じていた「レースの方程式」が、少し崩れてしまったようなものだ。今後の戦い方を根本的に見直さなければいけない時なのかもかもしれない。
その後のレースは、前方のバトルを避けようとしているところに後ろからセバスチャン・ブールデに体当たりまがいのアタックを仕掛けられてまたもや順位を落としたうえに、チームの手違いで燃料が足りなくなり、予定外に3度目のピットストップを行なうなどした結果、コース上で挽回した順位は瞬く間に16位へ転落。まったく納得のいかない結果に終わってしまった。
ここバーバーはシーズン前から楽しみにしていただけにこの結果は本当に残念でならないが、今回のレースで僕らのセッティング哲学は確実に進化した。今後のレースを戦ううえで、これは非常に嬉しいニュースだ。
次回は第3戦カリフォルニア州ロングビーチ(現地時間4月17日)と、第4戦はブラジルのサンパウロ(現地時間5月1日)。どちらもユニークで難攻不落の市街地コースだが、開幕2戦での経験を上手く生かすことができれば、きっと力強いレースを戦うことができるだろう。みなさん、どうぞお楽しみに。