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チップ・ガナッシ・レーシング

インディカー・ドライバーだったチップ・ガナッシは、1989年にパトリック・レーシングの経営に加わり、翌1990年からチップ・ガナッシ・レーシングとしての活動を始めました。そして現在、彼らはインディカー最強チームとして君臨しています。 96年のジミー・バッサーを皮切りに、アレックス・ザナルディが97年と98年に、さらにはファン・モントーヤが99年にシリーズ・チャンピオンに輝きました。これまでにインディ500では3勝を挙げています。2000年にモントーヤと飾ったのが初勝利で、08年にはスコット・ディクソンと、2010年にはダリオ・フランキッティと優勝しています。
今年もチップ・ガナッシ・レーシングで走るディクソンは、03年と08年にチャンピオンとなり、09年からチーム入りしたフランキッティは、その09年から3年連続でチャンピオンの座を獲得しています。チームとしては、96年からの時と同じく4年連続の王座獲得を達成、2012年シーズンは新記録となる5年連続王座を目指します。 11年にはサテライトチームもスタート。若手の育成を行うと同時に、収集データ量の増加によるチームのエンジニアリング部門強化も果たし、さらなる栄光の時代を築き上げる意気込みです。

#10

ダリオ・フランキッティDario Franchitti

1973年生まれ。スコットランド出身。インディカーで通算20勝。イギリスF3で才能を見出され、DTMとITCに参戦。その流れで1997年、4メーカー激突のインディカー・シリーズへの参戦を開始しました。翌98年にはチーム・グリーンへと移籍してHondaドライバーとなり、99年にはファン・モントーヤと激しいチャンピオン争いを展開。最終戦を終えた両者は同点で、勝利数の多さでタイトルはモントーヤのものとなり、フランキッティは惜しくもシリーズ2位となりました。2007年にはアンドレッティ・グリーン・レーシングでインディ500を制覇し、そのままシリーズ・チャンピオンとなって、08年にはストックカーレースへの挑戦のためにインディカーを1年離れました。09年からチップ・ガナッシ・レーシングでインディカー・シリーズへの参戦を再開すると、すぐさまシリーズ・チャンピオンとなり、以来3年連続で王座を守り続けています。

#9

スコット・ディクソンScott Dixon

1980年生まれ。ニュージーランド出身。インディカーで通算27勝。両親がダートレーサーのディクソンは、ニュージーランドとオーストラリアで才能を開花させ、1999年のインディライツでアメリカデビューを果たしました。挑戦2年目の2000年にインディライツでチャンピオンとなり、01年には早くもインディカーへのステップアップを果たしました。そして、同年にペンシルベニア州ナザレスの1マイルオーバルで、20歳9カ月14日で初優勝。これは当時の最年少優勝記録でした。誰もがディクソンの才能を認めるようになっていた02年、彼はチップ・ガナッシ・レーシングからインディカー・シリーズへと出場するようになり、03年には初めてシリーズ・チャンピオンの座に就きました。そして、08年に激戦の末、2度目の王座獲得を達成しています。この3シーズンはチームメートがチャンピオンの座を守り続けていますが、ディクソンも09年がシリーズランキング2位、10年と11年は3位と好成績を残し続けています。

#38

グレアム・レイホールGraham Rahal

1989年生まれ。アメリカ、オハイオ州出身。インディカーでこれまで1勝。父はインディカーで3度チャンピオンとなり、インディ500でも1勝しているボビー・レイホール。グレアムのインディカーデビューは2007年で、08年にセント・ピーターズバーグでキャリア初優勝を飾りました。19歳での勝利は、今でもインディカーでの史上最年少勝利レコードであり続けています。2010年にはレギュラーシートを失いましたが、11年にはチップ・ガナッシ・レーシングのサテライトチームにドライバーとして抜てきされ、ブラジルのサンパウロで行われたストリートレースで、シーズンベストリザルトとなる2位フィニッシュ。予選ではボルチモアのストリートコースとケンタッキーの1.5マイルオーバルで2番手を記録し、シリーズランキングも9位という成績を残しました。今季は優勝争いへとさらに多くのレースに加わっていき、トップコンテンダーへと成長することが期待されています。

#83

チャーリー・キンボールCharlie Kimball

1985年生まれ。イギリス生まれ。国籍はアメリカ。その母国で入門フォーミュラを戦った後、キンボールはイギリスF3に挑戦して5勝、ユーロF3に進んで1勝などの成績を残しました。その後、2009年にインディカーの登竜門であるインディライツに参戦するためアメリカに戻り、2シーズンを戦って優勝は飾れませんでしたが、2010年には表彰台に5度上ってランキング4位に食い込み、11年に強豪チップ・ガナッシ・レーシングからインディカー・シリーズへデビューするチャンスをつかみました。ルーキーイヤーの成績は2度のトップ10フィニッシュ。年間ランキングは19位でした。フルシーズン参戦で経験を積んだキンボールは、再びチップ・ガナッシ・レーシングで走る12年シーズンに、いくつかのレースで上位でのバトルを戦い、表彰台フィニッシュを実現することを目標としています。