30万人以上が観戦に訪れる歴史あるレース

インディアナポリス500マイルレース、通称インディ500は、一つの場所で開催され続けているレースとしては、世界で最も長い歴史を持っています。初開催は1911年で、レースは2度の大戦中を除いて毎年行われてきました。今年は103回目の開催です。フォーミュラ・ワン世界選手権(F1)やル・マン24時間耐久レースも、歴史の面ではインディにかないません。

インディ500は観客動員数の多さでも世界ナンバーワンの座に君臨し続けています。全長2.5マイル(約4km)のコースは、バックストレッチを除いて背の高いグランドスタンドに囲まれていて、迫力があります。観客席の総数は一切公表されませんが、インフィールドに陣取る大勢のファンも含めれば、毎年の決勝日に集まるファンは優に30万人を超えています。それだけの人々が、毎年500マイルの長距離レースを同時体験するのです。

インディ500は、約1カ月に及ぶイベントです。5月初旬にプラクティス(練習走行)が始まり、決勝レースは5月の最終日曜日に行われます。この間には、丸1週間にわたるプラクティスと、2日間の予選が行われます。以前は、予選が2つの週末を使って行われ、その間のウイークデイにも練習を重ねられるスケジュールとなっていましたが、参戦チームの費用負担を減らすため、近年になってレースの日程が圧縮されました。それでも、一つの週末にプラクティスから決勝レースまでを行うほかのレースとは明らかに異なり、インディ500は、今年も長期にわたって開催されます。

決勝を戦う33台に残るまでの過酷な道のり

今年は、予選の前にプラクティスの期間として4日間が用意され、そのほぼすべての日に午前11時から夕方6時までという長時間にわたる走行が許されます。そして予選は週末の2日間を使い、インディ500特有のルールに従って、33のグリッドが決定されます。

インディ500の予選初日には、“再度のアタックをしてよい”というルールがあります。通常のレースなら一発勝負ですが、インディ500では一度アタックを終えても、その記録を放棄することで、より速い平均速度を出すべくアタックができるわけです。

予選初日は全マシンが決勝進出をかけてアタックを行いますが、同時に翌日のポールデイでのグループ分けと出走順番も初日の予選で決まることになります。この予選でトップから9番手に入ったマシンには、翌日のポールデイでポールポジションを争う「ファスト9」に参加する権利が与えられます。決勝に出場できるのは上位33台で、当落線上のドライバーは“オン・ザ・バブル”と呼ばれます。“オン・ザ・バブル”の選手を少しでも上回るスピードを記録するドライバーが現れると、当落線上のドライバーは33個のグリッドから弾き出されます。これをバンプアウトと呼びます。この日も各エントリー(ドライバー)が行えるアタックは3度まで。初日が終了した時点で10番手から30番手までの選手はグリッドが確定するため、バンプアウトされる心配がないほど速い予選アタックを行える選手はいいのですが、そうでない場合は予選終了間際に、ライバルたちに逆転のチャンスを与えないギリギリのタイミングでコースインし、最後のグリッドを手に入れるという戦い方も考えられます。ただし、それを実現するためにはルールを熟知することや、非常に冷静な状況判断能力を持つこと、そしてときには運も必要です。

その翌日には、決勝レースでのグリッド順を決めるポールデイが行われます。最速ドライバーが栄えあるポールポジション(PP)を手にできるのですが、インディ500の予選では一周の速さを競うのではなく、4周連続のスピードで争われます。ウイングをギリギリまで寝かせ、空気抵抗を減らしたマシンを使い、時速360kmを超えるスピードで行う4周の連続走行は、とてもデリケートです。ドライバーたちは高度なドライビングスキルを要求される上に、ほかのレースとは比較にならない集中力も求められます。空気抵抗を減らすためにマシンを路面に押しつける力(ダウンフォース)を減らしたセッティングでは、気温、路面温度、風向きとその変化、風の強さ、湿度、タイヤの摩耗など、刻々と変化する状況によってマシンのハンドリングが影響を受けるため、変化を敏感に感じてドライビングを修正していかなければいけません。超のつくハイスピードでの走行には度胸も必要ですが、それ以上に冷静さ、マシンの状態を感じ取る能力、それに対応するだけの経験による裏付けも求められます。

ポールデイは午後0時15分に「ラストローシュートアウト」と呼ばれている予選から始まります。まずは前日の予選で31番手から33番手に入ったマシンが最後列のグリッド順を決めるためアタックを行います。そして午後1時15分からは、前日に1番手から9番手までに入った9人による、栄光のポールポジションを争う「ファスト9シュートアウト」が行われます。こうして、33のグリッドが決定すると、カーブデイと呼ばれるファイナルプラクティスが金曜日に開催されるまで、コース上を走行することは一切できません。土曜日は市内を巡るパレードが行われ、明けて5月の最終日曜日には、決勝レースが盛大に行われます。

勝者の証はシャンパンではなくミルク

インディ500は毎年5月末、メモリアルデイ(戦没将兵追悼記念日)の週末に開催されます。ピットストップを5回以上も行う長距離レースはドライバーだけでなく、マシンにとっても、チームのクルーたちにとっても過酷な戦いです。

4周連続の予選アタック、2日間にまたがる予選、バンプアウト合戦など、100年以上もの長い歴史を刻んできたインディ500には、数多の伝統やしきたりがあります。中でもユニークなのは、約1カ月にわたる死闘の末に勝者となったドライバーが、表彰式で牛乳を飲むというものです。2017年には、Andretti Autosportから挑んだ佐藤琢磨選手が、この歴史あるレースを日本人ドライバーとして初めて制覇。表彰式で牛乳を飲む栄誉を手にしました。2019年のHondaドライバーの中では、スコット・ディクソン(08年)、ライアン・ハンターレイ(14年)、アレクサンダー・ロッシ(16年)、佐藤琢磨(17年)がインディ500で勝利を飾っています。

また、インディ500の優勝者は、栄誉とともに巨額の賞金を手にします。100年以上歴史を持つ500マイルレースであるインディ500は、現代に残るアメリカンドリームなのです。

INDY500の豆知識

約3時間に渡りオーバルコースを走り続けるインディ500の特徴の1つが走行距離の長さです。決勝では全部で約800キロメートル(804.672キロメートル)を走行します。インディ500の“500”は、決勝の走行距離500マイルに由来しています。

インディ500のマシンは、オーバルコースを早く走るために通常のサーキットを走るマシンと大きく異なる点がいくつかあります。代表的なものとしては、ブレーキを使うタイミングがピットストップなどに限られ、大きなブレーキを必要としないため、ブレーキが小さいです。

オーバルコースでの旋回能力を上げるために、右後輪タイヤのほうが左後輪よりも直径が大きくなっています。そのためマシンは走り出すと自然に左に曲がるようになっています。

インディ500のマシンのフロントおよびリアのウイングは、空気抵抗を減らし、最高速度を上げるためロードコースのマシンと比べると小さなものをつけています。ちなみに、今シーズンこのウイングのセットが使用されるのは今回のインディ500、第9戦テキサス、第14戦ポコノの3戦です。

インディ500はレース距離が特に長く、レース中には何度もタイヤ交換や燃料補給を行ないますが、作業できる人数には制限があります。F1は何人で作業してもいいのですが、インディカー・シリーズでは6名までです。国内のレースではスーパーフォーミュラも6名、SUPER GTは7名までと制限されています。

インディカーは環境問題への意識から穀物を主原料としたエタノールを85%、ガソリン15%の混合燃料(バイオ燃料)を使用しています。

インディ500の優勝トロフィー(ボーグウォーナートロフィー)には、ユニークな特徴があり、歴代優勝者の顔の彫刻が並んでいます。1936年のインディ500の優勝トロフィーとして登場し、のちに追加された土台も含めて高さは165cm、重さは50kgもあります。「佐藤琢磨選手の祝勝のために、このトロフィーが日本に運ばれ、初めてアメリカ以外の国でお披露目されたことも話題となりました。」