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HONDA

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HRCの歴史

1990年〜1994年
1990年

17歳でデビューしたLoris Capirossiがホンダ史上初となる2ストローク125ccクラスのワールドチャンピオンをRS125Rで獲得、この小さなイタリア人に、翌年の連続タイトルに繋がる初タイトルをもたらす。
Alex Vieira、Jean-Michel Mattioli、Stephane MertensとRVF750は非常に人気のあるボルドール24時間レースで6連勝。
Eric Geboersはホンダで自身2度目となる500MXタイトルを獲得。
Jeff StantonとCR250は3回USスーパークロスチャンピオンとなったうちの2度目のタイトルを獲得。
オーストラリアのベテランMalcolm CambellはRC30で自身2度目となる連勝でオーストラリアスーパーバイクタイトルを獲得。

1991年

Luca Cadaloraがホンダに加入、NSR250でGP250ワールドチャンピオンシップに勝利、ホンダ史上10人目となる250ライダーズタイトルの栄冠をもたらす。
Wayne GardnerとMick DoohanがRVF750で鈴鹿8時間耐久レースに勝利。
ホンダ2ストロークテクノロジーが世界のモトクロス、スーパークロス界を席巻、George Jobeが500MXワールドタイトルを獲得、アメリカ人ライダーTrampas Parkerがワールド250タイトルを獲得、Jean-Michel BayleはUSへと活躍の場を変え、CR250でスーパークロスタイトルを、CR500でUSモトクロスチャンピオンシップを獲得。
Miguel DuhamelとRC30はデイトナ200で勝利。
NR750市販車の製造を開始。

Honda NSR500 1994年 / Wayne Gardner 500cc ブラジルGP 1987年 Honda NSR500
1992年

HRCの新星Mick Doohanが新しい「ビッグ・バン」エンジンのNSR500でGP500ワールドチャンピオンシップを席巻するものの、怪我によりタイトルを失う。
にも関わらず、ホンダはGP500のコンストラクターズタイトルを獲得。
イタリア人Luca Cadaloraが2年連続でGP250ワールドチャンピオンシップを獲得。
オーストラリア人GPライダーDaryl Beattie、Wayne GardnerとRVF750は鈴鹿8時間耐久レースに勝利。
Greg AlbertynがCR125で125MXの栄冠を獲得。
篠崎隆が代表取締役に就任。

1993年

伊藤真一がホッケンハイムのドイツGPにおいて、燃料噴射を装着したNSR500で200マイルの壁を突破。
小柄なドイツ人Dirk RaudiesがRS125RでGP125チャンピオンシップを獲得。
Ricky Grahamが初タイトル獲得から11年の時を経て、USグランドナショナルのタイトルを獲得。
CR250がモトクロス界を席巻、Greg Albertynが250MXタイトルを、Doug HenryがUS250MXでの相次ぐ勝利に繋がる1勝目をあげ、Jeremy McGrathが250USスーパークロスシリーズのタイトルを獲得。

1994年

Mick DoohanがNSR500で以降5連続チャンピオンとなるきっかけとなる勝利をつかみ、ホンダも7度目となるコンストラクターズタイトルを獲得。
ニュージーランド人ライダーAaron Slightとアメリカ人ライダーDoug Polenが最新テクノロジーを搭載した新型RC45スーパーバイクで、鈴鹿8時間耐久レースでホンダ史上10度目となる優勝を達成。
ホンダは史上10度目となるGP125コンストラクターズタイトルを獲得。
スウェーデン人ライダーMarcus Hanssonが500MXワールドチャンピオンシップに勝利。
Jeremy Mcgrathは引き続き250USスーパークロス界を席巻。
金沢賢が常務取締役に就任。