グッドウッドを訪ねて


 2007年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードは、Mud & Rainだった。訪れたのは、開催3日間のうちの終わりの2日間だったのだが、太陽が顔を見せたのは最初の半日だけ。後の一日半というものは、大雨と泥濘にたたられてしまった。
 しかし、こんな悪条件の中でも、英国人はさすがである。日が照ろうが、雨が降ろうが、グッドウッドを訪れる人の数は絶対に減らない。英国の人たちのクルマ好きが半端なものではないことがよくわかる。

 今年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードのテーマは「Spark of Genius(天才のきらめき)」。天才といってもさまざまあるが、限界を超えることのできるクルマとドライバー、そして強い意志が一堂に会することができたというところだろう。
 たしかに、豪雨の中でも何事もなかったように、エンジン全開でコースを突っ走るマシンを見ていると、ただ者ではない天才たちであると実感する。この国では、クルマは文化なのだ。

 会場に着くとまず、例年のようにグッドウッド・ハウス正面に飾られるモニュメントを見る。今年のモニュメントは、鳥居のような高さ30mはあろうという巨大な数個の枠組みの奥から、今年ホストメーカーを務めるトヨタの歴代レーシング・マシンが数珠つなぎで降りてくるというもの。その下には、2007年仕様のF1マシンなどが展示されていた。

 朝9時半頃に会場に到着すると、数個所ある広い駐車のほぼ7割程度はすでに埋まっていた。あとからあとから、ひっきりなしにクルマが入ってくる。この一般観客が乗って来るクルマを見ているだけでも「これぞグッドウッド!」という感じがする。
 古くは1950年代のライレーやウーズレー、ローバー、ヒルマン、オースティン、MGなどを始めとして、中にはレプリカーやキットカーに混じって、本来ならグッドウッドの本コースを走ってもおかしくないほどのヴィンテージカーやクラシックカーが入ってくる。

 そんなクルマの1つである1930年代のベントレー・サルーンで駐車場に入って来たオーナーの一人に尋ねたことがある。「何でこのクルマでイベントに参加しないのですか?」と。返ってきた答えは「いや、僕のベントレー 4 1/2Lはこのイベントの常連なんだよ。今日も走ると思うよ。ぜひ見てやってくれたまえ・・・」というものだった。
 観客に20歳代の若い人たちはもとより、家族でやってくる人たちが多いことも特徴だ。当然子供たちの数も半端ではないのだが、そのマナーのよさには感心させられる。たとえば、子供たちが展示してあるクルマに触ろうとすれば、母親なり父親が必ず注意しているし、子供たち同士でも「それ、触っちゃいけないんだよ」と注意しあう光景も珍しくない。やはり、この国にとってクルマは文化なのだ。

 突然、パドックの方でF1マシン特有の甲高いエンジン・サウンドが響き渡った。いよいよ、今日のプログラムの始まりである。1993年に第1回が開催され、今年で15年目となるグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードだが、毎回テーマが決められて、それに準じたイベントや展示が行われるのが慣例となっている。

 冒頭にも記した通り、2007年の今年のテーマは「Spark of Genius − Breaking Records, Pushing Boundaries(天才のきらめき、記録更新と限界への挑戦)」というもの。日本語で言うと分かりにくいのだが、要するに「天才的なドライバーとデザイナーのひらめきで生まれた高性能マシンたちの饗宴」ということなのだろう。特に、1930年代から1960年代にかけてのGPレースやF1で活躍したドライバーとマシンをフィーチャーするとともに、アメリカのユタ州、ヴォンネヴィルにあるソルトフラッツ(Salt flats)での速度記録に挑戦したマシン、あるいはドラッグ・レースや世界最長、最過酷なパイクスピーク・ヒルクライムにもスポットを当てている。
 英国で開催されるクラシック・イベントとしては、きわめて珍しいテーマである。例年の通り、コースを走り、また、展示されるクルマたちは、いずれもベテラン(1886年〜1904年)、エドワーディアン(1905年〜1916年)、ヴィンテージ(1919年〜1930年)、ポスト・ヴィンテージ(1931年〜1939年)、そしてクラシック(第二次世界大戦後)と、各々英国流に年代別に分けられた名車というにふさわしいクルマばかりで、ファンにとってはまさしく桃源郷である。
 さらに、グッドウッドの特徴は、クルマばかりではなく、モーターサイクルや自転車などに至るまで、およそ動くものであれば全てを受け入れてくれるところだ。この間口の広さも、高い人気と破格の観客動員数を実現する大きな理由となっているのだ。

 今年もHondaはF1マシンを3台(1968年のRA301、1986年のWilliams Honda FW11、そして2007年のRA107)とモーターサイクルを8台(1962年のRC145、1966年のRC173など)を持ち込んでいる。
 ドライバーは、実際に1968年にこのマシンで戦ったジョン・サーティースその人がステアリングを握る。FW11は現役のF1ドライバー、アンソニー・デビッドソンと、ジル・ド・フェランが走らせ、最新のRA107はジェンソン・バトンに委ねられるといった具合だ。
 モーターサイクルのライダーも豪華なメンバーがそろう。トミー・ロブ、ルイジ・タベリ、ボブ・ヒース、スチュアート・グラハム、ジム・レッドマン、などそうそうたる顔が並ぶ。多くのライダーは、すでに還暦をとうに過ぎているはずだが、マシンにまたがればフル・スロットルでコースを駆け抜ける。