Honda
モータースポーツグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード
Goodwood Festival of Speed 2005 with Honda
第五話 夢のグッドウッド開催レポート vol.4
目の前をほとんど全開で駆け抜けていくHonda RA272の、澄み切ったエキゾーストノートは何にたとえられるだろうか。どんなソプラノ歌手も及ばないほどの魅力的なサウンドに聴こえるというのが、率直な印象である。このサウンドを聴くためだけにグッドウッドへ出かけると言っても、即座に納得することができる。グランプリマシンの魅力とは、かくも偉大で、かつ不思議なものなのである。
 
今年で13回目となるヒストリックマシンの世界的なイベントのひとつであるグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで、Hondaがメインスポンサーとなったことは別に驚くには当らない。なぜなら、Hondaは1999年から毎年、歴史的なマシンの数々を出場させているからである。
シンプルで美しいRA272。この小さなボディの後方に、横置きされた1500cc水冷4サイクルV型12気筒エンジンが官能的なサウンドを放つ。
1964年にドイツのニュルブルクリンクでF1にデビューして以来、途中何年かの休止期間はあったものの、40年以上の長きに渡ってHondaはF1へのチャレンジを続けている。歴史を眺めると、F1に関わったメーカーは数多くあるが、40年におよぶ歴史を持つのはHondaの他には1、2を数えるのみである。その歴史的な重みを、ヨーロッパのファンは理解している。それゆえにHondaのマシンに最大限の賛辞ともいうべき歓声と拍手を送るのだ。
 
グッドウッド・フェスティバルでは、ドライバーとして活躍した父親がドライブしていたマシンをその息子が走らせることがたびたびある。今回は残念ながら実現されなかったが、ニュルブルクリンクのF1デビュー戦でRA271のステアリングを握ったアメリカ人ドライバー、ロニー・バックナムのご子息、ジェフ・バックナムが、このイベントでRA271の後継モデルであるRA272のステアリングを握る予定だったと聞いて、その歴史の永さを思わずにはいられなかった。
 
一方、HondaがF1に参戦して初めてコンストラクターズ・チャンピオンを獲得したWilliams Honda FW11は、Hondaにその栄光をもたらしたネルソン・ピケのご子息、ネルソン・アンジェロ・ピケがステアリングを握った。1000馬力以上ものパワーを発揮するモンスターマシンを見事なドライビングで走らせるシーンも、味わい深きものがあった。
写真左は、ネルソン・アンジェロ・ピケ。父親そっくりの風貌をたたえ、Williams Honda FW11を走らせた(写真右)。父をはじめとする当時のドライバーは、こんなマシンを操っていたなんて!と驚きを隠さなかった。
しばらくして、今度は現役F1ドライバーの一人、ジェンソン・バトンがドライブする2005年のF1マシン、B・A・R Honda 007が独特の甲高いサウンドとともに、メインストレッチに入ってきた。観客から一際高い歓声があがる。バトンはコース中ほどで速度を落とし、再びフルスロットルで加速して見せる。派手なスキール音とともに、タイヤスモークが舞う。そして観客は再び喝采を浴びせる。走らせる方も、観る方も、心底F1マシンを楽しんでいる。このように、ドライバーとマシン、観客が渾然一体となった雰囲気こそ、グッドウッド・フェスティバル最大の魅力なのである。レースファンの心を満たしてくれる最高のイベントともいえるグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード。まさに、夢のような3日間であった。
(文:川上 完 終り)
左の写真は、モニュメントの前でチャールズ・マーチ卿と写真におさまるジェンソン・バトン。お客さんの笑顔を間近にしたことが最もうれしかったらしい。白煙を上げ、Honda最新のF1のエキサイティングな走りを披露した(写真右)。
2004年のニュルブルクリンク24時間レースに参戦したNSX-R GTマシンも走った。ステアリングを握るのは、B・A・R Hondaのサードドライバー、アンソニー・デビッドソン。

川上 完(かわかみ たもつ)
フリーランスのカメラマンを経て、クルマ好きが嵩じてモータージャーナリストとなった。ヒストリックカーを愛し、古い時代からのレースにも詳しい。3000個ともいわれるミニチュアカーのコレクションを持つ愛好家。新潟県は越後湯沢在住。ヒストリックカーに関する著書多数。
< BACK
Hondaモータースポーツグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード