サーキットにいる時のエンジニアは、コンピューターの前に座って、付きっきりでデータを見ています。でも、データだけでは分からないことは数限りなくあるんですね。だからこそ、実際に走るドライバー達に、走行して感じた事を色々と言ってもらいたい。ドライバーの言葉には、改良のヒントが山ほどありますから。
 
 逆に言えば、彼らが何も言ってくれなければ、データだけ見ていても分析結果を掘り下げられなくなってしまう。その意味でも、現場は宝の山なんですよ。ただ、それは必ずしも、いつも分かりやすい形でその場に転がっているわけではありません。エンジニアは、一見何でもない事象から、手がかりを探し出さなければいけないわけです。
 
 その点、佐藤琢磨というドライバーは、かなりいろんなことを言ってくれるドライバーですね。彼自身、クルマと一緒に速くなっていくタイプなんですよ。それはどういうことかと言うと、たとえばジェンソンは、クルマがそのサーキットにそんなに合ってなくても、そこそこ走らせてタイムを出してしまう。一方の琢磨君は、最初はジェンソンよりタイムが劣っていても、クルマが良くなっていくにつれて、どんどん速くなる。だから余計、一生懸命クルマを作ろう、仕上げようとするわけです。
 
―エンジニアとしては、そういうドライバーの方がやりがいがある?
 
 やりがいがあるし、ある意味やりやすいですよね。タイムだけ見ていればいいわけだから。タイムを、クルマの仕上がりの指標にしやすいわけです。ジェンソンは器用に乗りこなしてしまう分、タイムだけでは見えにくいところがある。
 
―レーシングドライバーは必ずしも、技術に詳しい必要はないですか?
 
佐藤琢磨
 ありません。技術的にどうするかは、エンジニアが考えることですから。ドライバーは、クルマを速く走らせてくれればいいんです。ただ、技術的に詳しければ、これはこういうことかなと、考えながら走ってくれる。琢磨君はその点が非常に優れていますね。技術的な知識に関しては、入社2、3年目のエンジニアより詳しいくらいです。かなり高いレベルにあります。彼は、ジェンソンのデータと自分のデータを重ね合わせて、ブレーキングポイントとかスロットルワークとか、そういう走りの違いも見るし、クルマがどういう動きをしているかも見ている。
 
 琢磨君がユニークなのは、ここをこう変えればクルマの挙動はこういうふうに変化するはずだ、というのが理論的に分かっているところ。そして実際にそう変えて、それを試して納得できる唯一の存在だということです。エンジニアは、頭で分かっていても、それを自分で走らせることはできませんからね。
 
―クルマを走らせることができるF1ドライバーはたくさんいるにしても、そこまで理解してドライブしているドライバーは少ない?
 
 少ないでしょうね。僕が実際に知っているドライバーは、ジャック・ビルヌーブ、オリビエ・パニス、それからダレン・マニングとかですが、技術的な知識ということでは、琢磨君が最高ですね。一緒に仕事したことないので分かりませんが、もしかしたらミハエル・シューマッハはそのレベルにあるかもしれません。とにかく稀有なドライバーであることは、間違いないですね。((下)へ続く)

※今週末8月15日(日)は、第13戦ハンガリーGPです。皆様のご声援をよろしくお願いいたします。
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