2018.08.29
6週間に5レースという目まぐるしい連戦のラストを飾った第12戦ハンガリーGP。夏休み前最後となったこの一戦で、Toro Rosso Hondaはガスリーが6位入賞というめざましい結果を残しました。
しかし、喜びに浸っている時間はありません。休みが明ければ、スパ・フランコルシャンとモンツァという、F1を象徴する2つのサーキットで行われる過酷なレースが待ち受けています。
この2つのサーキットは、年間カレンダー上で最もパワーユニット(PU)に厳しいサーキットです。このような高速のトラックでは、ドライバーは走行中のほとんどの時間、アクセルペダルを踏み込み続けていなければなりません。
「カレンダー上で最もパワフルなサーキットと言えるスパとモンツァでは、マシンの信頼性を高めることが非常に重要になります。スパにはロングストレート、モンツァには多くのストレートセクションがありますから」副テクニカルディレクターを務める本橋正充はそう語ります。
「我々は特に前半戦のアゼルバイジャンでのレースを通して多くのことを学びました。ロングストレートではオーバーテイクされてしまいましたが、その原因の一つは、回生で得たパワーをサーキットのどの場所で効率的に使用するかという、エネルギーマネジメントの戦略にありました。そのため、その後のエネルギーマネジメントを改善していくにあたり、そのレースの中で得られた教訓は非常に大きなものでした。アゼルバイジャンのロングストレートはカレンダー最長で、距離だけで言えばスパを上回りますが、スパはスパでエンジンの全開率がラップを通して非常に高いので、エネルギーマネジメントも含めたPU性能がレースのキーとなります」
スパ・フランコルシャンには、ターン1にあるヘアピンコーナーのラ・スルス(La Source)からストレートエンドのレ・コーム(Les Combes)まで、20秒近くフルスロットルで走行するセクションがあります。その先には難所のオー・ルージュ(Eau Rouge)、そしてラディオン(Raidillon)が控え、マシンは若干の減速を強いられます。バクーにも同じようにエンジン全開で走行するセクションが配置されていますが、中盤にスパのようなコーナーはありません。
「エネルギーマネジメントは各トラックで最速のタイムを出すために最適化していきますが、同時にレース中の状況も考えなければなりません。レースの中でオーバーテイクが多いロングストレートではエネルギーマネジメントがキーとなりますが、それらのバランスを最適化することは非常に難しいんです」
スパ・フランコルシャンがシャーシ、PUの観点から見てカレンダー上で最もチャレンジングなサーキットである一方、モンツァはよりシンプルなトラックです。しかし、だからと言って簡単というわけでは決してありません。
「2つのサーキットはそれぞれ異なる特徴をもっているので、どちらがより難しいかは決め難いですね。ロングストレートでのエンジン全開走行は、燃焼室だけでなく、ドライブトレーン(エンジンで生み出した動力をタイヤに伝達する一連の機構)の温度上昇にもつながります。モンツァは典型的なストップ&ゴーのサーキットですから、マシンの信頼性をキープするのが難しいんです」
「例えば、気温が高い環境でマシンを使用する場合です。フルスロットルで走って急ブレーキをかけ、またフルスロットルでの走行を繰り返していると、冷却する時間がほとんどありません。その結果、エンジン内の温度上昇が徐々に進んでいってしまいます」
「スパのロングストレートがPUにとって過酷なのは間違いありませんが、そのあとに控える短いストレートや長いコーナーなどでエンジンを冷却することができます。このように、PUの観点から見ても2つのトラックは異なるキャラクターを持っています」
スパとモンツァの2連戦に効率的に備えるべく、チームはダイナモ上で各トラックに似たコンディションを作り出し、エンジン全開での走行時間が最新仕様のPUにどのような影響を及ぼすのかをテストしています。
「エンジン全開で走行すればするほど、PUの信頼性に影響が出ます。エンジンが高温化すれば、ノッキングが起きる可能性も高くなりますし、特にストレートの出口でうまくエンジンをコントロールできるようにしなくてはなりません。内燃機関エンジン(ICE)を損傷させてしまうことにもなりかねませんからね」
「ですから、もちろんダイナモでそうした状況を想定してのテストも行っています。テストの際には、バクーのロングストレートで収集したデータを基にしていますね。ダイナモでは、全てのサーキットを想定したシミュレーションを行うことができます。例えば、シリンダー圧によるダメージをチェックしたい場合は、ストレートで走行しているのと同じ環境をダイナモで作り出します。そうしたテスト中は、PUは高速サーキットを走行しているときと同じような音を出しています」
エンジン内の温度上昇を解決する方法としてはマシンのボディワークに穴を開け、冷却機関により多くの空気を取り入れることが挙げられます。しかしそうすることで空気抵抗を増加させてしまうため、スパのような高速サーキットでは別の解決策が必要になるのです。
「エネルギー回生システム(ERS)の一部であるラジエーターやヒートエクスチェンジャーは冷却に使用するのはもちろんですが、それだけでなくパワーマネジメントにも関わるコンポーネントです。ときには意図的にエネルギーの蓄積や放出の量を減少させたりしますが、それは内燃機関とERSの関係性に似ているとも言えます」
「当然ですが、ボディワークにより大きな開口部を作れば、ラップタイムに大幅な影響が出てしまいます。スパやモンツァのようなハイスピードサーキットでは特にその影響が顕著です。ですから、我々は開発の段階から高温化の回避と対処について研究を重ねてきています」
カレンダーの中で特に大きな人気を博しているスパ・フランコルシャンとモンツァ。マシン、そしてPUにとって過酷な試練が課されるこの2つのトラックで結果を残すことは、チームにとって大きな達成感を得られることを意味します。数多くのテストや準備を重ねているので、困難なこの2レースに向けても本橋は特に大きな懸念はしていないと言います。
「我々はすでに、何度も過酷なサーキットで戦ってきましたからね! ハンガリーでのエキサイティングなレース、バーレーンでの驚き、そしてエネルギーマネジメントに苦慮し、最も過酷な戦いを強いられたアゼルバイジャンなど、さまざまなレースを経験してきました。その中でエネルギーマネジメント、燃料やノッキング現象について多くのことを学ぶことができたんです。スパ、そしてモンツァに挑むにあたってすばらしいテストになっていると感じています」
常に過去から学び、それをよりよい未来の実現に繋げていく。急激に進化を遂げてきたF1というスポーツの本質が、そこにはある。