2017年6月25日(日)

Honda Racing Insights - Meet the team

F1チームの構成は、とても複雑です。技術的要素の強いスポーツであり、マシンはさまざまなテクノロジーが絡み合って成り立っています。だからこそ、人間という要素が際立ち、ドライバーに注目が集まるのだとも言えます。

しかし、そうしたドライバーが駆るマシンもまた、人間によってデザインされ、組み立てられ、運用されていることには、なかなか関心を持たれません。Hondaでは、スポークスマン的な役割を担う長谷川祐介F1プロジェクト総責任者の名前はよく知られていますが、ほかのチームメンバーのことは、ほとんどないかもしれません。

長谷川は自分の仕事をこう説明します。

長谷川祐介「私はサーキットでのオペレーションと、ファクトリーでの開発の両方を担当しています。全体の中での役割は、現状における目標を設定することと、何に最優先で注力すべきかという方向性を決めることですね」
「中村さんは私に一番近いメンバーの一人で、ミルトンキーンズの拠点を担当してくれています。サーキットでは私に直接報告をくれる立場です。ただ、オペレーション全体のうち、私ができることは限られていますから、逐一すべての報告を求めるわけではありません。ただ、もし組織やチーム方針に関わること、もしくはエンジンの交換やアップデートといった重大な決断が必要なときには、私のところへ相談に来ます」

長谷川の言う”中村さん”とは、チーフエンジニアの中村聡のことです。中村は、無限を経て、Hondaがフルワークスで参戦していた第3期までF1の世界で働き、2008年にHondaの市販車「アコード」のエンジン開発担当に異動しました。レースの世界で働くことはずっと夢だったと言います。

中村聡

「私は小さいころからレースファン、特にF1のファンなんです」と中村は振り返ります。

「小学生のとき、テレビでF1を見て、アラン・プロストやナイジェル・マンセルのアグレッシブな走りが大好きでした。彼らは私のヒーローだったんです。2013年ごろにモータースポーツ部門に戻り、F1エンジンの開発を担当しました。そして、2015年に現場オペレーションの責任者に就任しました」

F1への復帰は、中村に新たな役割を与えました。それは、Hondaのミルトンキーンズにある拠点のオペレーションのトップとしての仕事、それに加えてミルトンキーンズ、さくら英国ウォーキングにあるMcLaren Technology Centre(MTC)の三拠点の連携を構築するという大仕事だったのです。

中村聡 「基本的な私の役割は、McLarenと日本のさくらのエンジニア間の連携を助ける立場です。レース現場で起きたことを開発側にフィードバックする、つなぎ役のようなものですね」
「また、レース現場以外ではミルトンキーンズが拠点になりますが、その責任者としての役割も担っています。したがって、ミルトンキーンズに戻れば、多くのスタッフのマネジメントをしなければなりません。また、ヨーロッパでF1の技術やオペレーションに関する最新の情報を収集し、さくらと一緒にそれらをどのようにHonda」に取り入れていくかを検討することも大事な仕事です。レースやテストでの開発やデータ収集ではありませんが、これも開発を進めるためには必要なことです」

中村の部下の一人である、小林大介。彼はストフェル・バンドーンのマシンに搭載するパワーユニットの担当エンジニアです。小林は、サーキットよりもファクトリーでの仕事のほうがハードだと感じています。

小林大介

「僕の主な仕事は、自分の担当のマシン、ストフェルのMCL-32からPUに関するすべての情報を収集し、それを元にさくらとコミュニケーションを取ることです。マシンのパフォーマンスをモニターし、どうやったら最大限のポテンシャルを引き出せるかを検証します。これにはフェルナンド側のエンジニアたちとも連携します。そういう意味ではガレージの中でのもう1台のマシンとのライバル関係はありませんし、むしろ情報を共有して一緒に作業をしていくというやり方です。フェルナンド側のPUエンジニアは僕の一番の親友でもあるので、プライベートも含めて一緒にいることが多く、自然と多くの情報を共有することになります」

小林大介 「ファクトリーに戻ると、サーキットで集めた全てのデータを検証します。たとえばPUのマッピングや小さなパーツの調整、ドライバーの運転の仕方など、あらゆる側面からパフォーマンスの向上のために改善できる部分を探し、さくら側にレポートします。
次のレースに向けた準備としてはシミュレーターでのデータ収集の作業も大事な仕事ですので、MTCにも頻繁に通っています。サーキットで準備の時間はほぼ取れませんから、ファクトリーで出来る限りの準備をしておくことがとても重要な仕事と言えます。外からはなかなか見えにくい部分ですが、ほとんどの準備はサーキット外で行われているのです」

レースウイークが終わっても多くの仕事を抱える小林ですが、過去に市販車のハイブリッドシステムを開発していた経験と比べて、F1の仕事についての印象を語ってくれました。 「レースは一番やりがいがある仕事だと感じています。結果がすぐに分かるのがいいですね。市販車を担当していたときは、すぐにその結果を知ることができませんでした。自分がした仕事のフィードバックが来るのはだいたい2~3年後で、そのときには担当が変わっていることも多いです。でも、今はレースの順位という形で非常に明確な結果をすぐに得ることができます」

「サーキットで一番大変なのは、データとドライバーの感覚の両方を理解することですね。これはとても難しくて、うまくいくときもありますが、データが示すこととストフェルの言うことが全く違うということもあります(笑)ただ、そのようなデータ上ではほとんど見えてこないドライバーの要望に対して、彼が満足行く形で応えることが出来た場合はとても嬉しいです。この仕事の中でも最も楽しい部分かなと感じます。」

もう一人サーキットでの役割を担う人物として、PUのハードウェア管理をするチームメカニックの中野健二に話を聞きました。

中野健二

「私はメカニックなので、サーキットでのPUの扱いに関して大きな責任を負っています。PUそのものを触ることが仕事なので、自分の手で開発が必要な部分を見つけることもできると思っています。改善点を発見し、さくらへフィードバックすることで進化につながるということが、大きなモチベーションになっています」

「でも、それは同時にこの仕事で一番きつい部分でもあるんです。一番大変なのは、プレッシャーが大きいことですね。ご存知のように、今季はとても苦しい戦いが続いています。パフォーマンスがよくないときこそ、現場でのミスは許されません。メカニックとして、我々は常に完璧な仕事をしなければならないのです」

ヨーロッパ出身のチームメンバーと働くことについて、中野は文化の違いがあることは認めるものの、仕事に対する考え方は似ていると言います。 「もちろん、文化と言う意味では大きな違いはありますが、メカニックはすべてに対して完璧でなくてはならず、そのために準備と鍛錬を欠かさないという考え方は、日本でも英国でも同じです。ですので、国籍を超えて彼らと一丸となり、うまく働くことが出来ていると思います。」 中村、小林、中野ら日本人スタッフはHondaの社員なので、2008年限りでHondaがF1参戦を休止したときには、市販車部門へと異動していました。しかし、彼らのレースへの思いは決して途絶えず、PUサプライヤーというHondaの新たな挑戦に際して、日本からミルトンキーンズへ移ることになりながらも、再び戦いの場へ戻るチャンスを手にしました。

一方で、Honda F1プログラムの日本人以外のスタッフは、また違ったキャリアを歩んでHondaへ来ています。今年初めにルノーから加入したシステムエンジニアのフランス人、セドリック・ストゥドゥワーは、ケータハム、トロロッソといったチームでの経験もあります。

セドリック・ストゥドゥワー「もちろん、日本とヨーロッパの文化に違いはあります。ただ、それを言うならヨーロッパの中だって、フランス人は変わっていますよね(笑) 最初は誰もが壁のようなものを感じるので、お互いの仕事のやり方を知らなければなりません。今は、みんなの考え方や仕事に対するアプローチ方法を理解できたと思います」
「私自身が適応していかなければなりませんが、同様に周りも合わせてくれることが必要だと思います。F1での仕事というのは、さまざまな文化が交わるものなので、全員がお互いに合わせなくてはならないのです」
「Hondaは、私が異なる文化を持ち込むことを狙いに、私を迎え入れてくれたのだと思います。文化とは、知識や経験といったこともそうですが、それよりも、長いF1でのキャリアで培った仕事への取り組み方でしょう」

ストゥドゥワーはPUに搭載するソフトウェアの担当で、エンジンの点火タイミングや、走行中のパフォーマンスと信頼性に関する膨大なデータのモニタリングを司ります。また、ファクトリーに戻れば、2018年から始まるザウバーへのPU供給プロジェクトのリーダーの一人としての役割も務めています。そんな多忙な中でも、ストゥドゥワーは自身をポジティブに保つ方法を身に着けているようです。

「プレッシャーは感じますが、ルノーにいたときと同じです。我々は常にシャシーチームからプレッシャーを受けていましたから。コースサイドでこうしたプレッシャーを受けるのも仕事のうちです。最初はそれが仕事のやり方に影響を及ぼすこともあるかもしれませんが、何年もこの仕事を続けるうちに、こうしたプレッシャーをプラスの要素にしなければならないと気づきました」

ストフェル・バンドーン

チームスタッフには、それぞれ仕事のストレスを発散する方法があります。中村は、空いた時間に50㏄バイク「モンキー」のエンジンをいじるのが好きですしストゥドゥワーも自分なりの手段を持っていると言います。

「家族がフランスにいるので、自分の趣味を持つというのは少し難しいんです。娘や妻と過ごす時間が欲しいので、できるだけ多くフランスへ帰るようにしています。レースウイーク以外は週末に帰国するんです。だから、私の趣味は家族と過ごすことですね」

ERSの技術者であるオーウェン・リチャーズも、同じように家族との時間を大切にしています。彼にとっては、Hondaの考え方が自分のモチベーションを高め、レースへの情熱を絶やさずにいられると感じているようです。

オーウェン・リチャーズ「私には9カ月を迎える”ベティーメイ”という娘がいます。さらに、妻のお腹の中にもう1人いるので、プライベートでは慌ただしく過ごしているんです。また、マウンテンバイクでレースをするのが大好きなのですが、幸いにもHondaはオフの時間にレースをすることを許可してくれて、感謝しています。他のチームでは、そうそう許してくれないでのすが、HondaはF1という非日常の世界で働くことの大変さを理解し、スタッフが働きやすくなるように配慮してくれているのだと思います」
「ヨーロッパの人間からすると、日本のチームにいられるのがうれしいですし、本当に楽しいんです。一緒に働くスタッフの多くは、我々の文化とは何もかもが違うことが楽しいという理由もあってHondaに入ってきたと思います。判で押したように似ている他のチームとは異なり、それがHondaをユニークな職場にしているのだと思います。これまでいろいろなチームやファクトリーで働いてきましたが、こういう環境で働けるのはうれしいですね」

Honda Racing Insights

リチャーズはメルセデスのKERS(運動エネルギー回生システム)プロジェクトでF1でのキャリアをスタートさせ、コスワースやロータスで経験を積みました。その後、ミルトンキーンズのファクトリー立ち上げスタッフの1人として、Hondaへ加入。プロジェクト全体の歩みを知る存在です。だからこそ、今季苦境に立たされていても将来への希望を捨ててはいません。

「一番難しいのは、自分たちがしていることをきちんと理解してもらうことですね。我々は一人としてうつむいて座しているわけではないことを伝えていかなくてはなりません。みんな懸命に取り組んでいるんです」

「四隅から組み立てているパスルのようなもので、時間はかかります。でも、今あるものが一つにまとまって本来の力を発揮できれば、かなりいいものに仕上がるはずです」

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