MENU

HONDA

検索

勝利の味 佐野教授の「60's Honda F1物語」
二輪レースのキャリアがHondaを勝たせた!
(佐野彰一×高木理恵)
Hondaと言えば、F1だけでなく、二輪のレース活動も忘れてはならない。1959年にマン島TTレースに初出場で入賞した歴史を持ち、今年の4月にはWGPで通算500勝をマーク。
――では、そんなHondaバイクの技術というのは、60年代のHonda F1に何らかの影響があったのでしょうか? 佐野さん、教えてください!

「F1エンジンのレイアウトは、実はほとんどバイクと同じでした。違うのは、大きさくらいかな? あと、バイクは空冷で、F1は水冷ということ。手馴れた設計で、それまでのバイクの経験をなるべく生かしながら作ったエンジンを、クルマ(四輪)に積んだ。これによって、早く結果を出せたのだと思います」

ここで、当時のF1エンジンとバイクのエンジンの設計図を見せてもらい、あまりにも似ているのでびっくり! 機械オンチの私でさえ、パッと見で、これは同じレイアウトだなあということがわかったほど。
イラスト
写真
バイクの経験を生かしたエンジンはパワフルだったが、整備性の悪さは問題外。写真の1965年には少しはマシになったとはいえ、Honda F1はセッティング変更に時間がかかる難物だった。バックナムも頭を抱え込む? ゼッケンを貼るのは、監督の中村良夫さん。
――このエンジンは、参戦初期に使っていたものですか?

「メキシコで勝った時まで、このエンジンを積んでいました。だから(メキシコでの勝利で)有終の美を飾ることができましたね」

――バイクの技術があったからこその勝利、というと、ちょっと言いすぎになるんでしょうか?

「いや、HondaがF1で成功したのは、バイクの経験を生かすことができたからと思います。バイクのエンジンを、そっくりそのまま、F1に取り入れた。それが勝因じゃなかったのかな」

――最初は佐野さんを苦労させた横置きエンジンですけど、最終的には、それが勝利を運んできたんですね。

「エンジンの積みかたも、バイクのレイアウトそのもの。だから、変速機(ミッション)の歯車交換をする時は、横のフタを取ってやらなくちゃいけなかった。ミッション交換なんて、いまのF1だと、そのまま車体の後ろからできますよね。でもウチの場合は、まずカバーを外し、そしてクラッチを外して、やっと歯車の交換ができた。

当時のHondaの人は、サーキットごとに歯車(ミッションのギヤ比)を交換するなんてことを知らなかったんでしょうね。バイクのレースでは、サーキットごとにスプロケットを変えるだけで、変速段数のひとつひとつはいじってなかったと思います」


――じゃ、メカニックも大変だったでしょうね。何で、こんなレイアウトにしたんだよ!と文句言われませんでした?

「横にパイプをつけていたから、クラッチも取れなくなっちゃたりしたけど、文句言ってきたのは、しばらくしてからですよ!(笑)。F1のことを知っていたら、すぐ文句がきたと思うけど。だから、やっぱり(当時の)Hondaは、ギヤの交換をすることを知らなかったんじゃないかなと……」

――それでF1参戦ですから、スゴイ! でも、結果を見ると、バイクの技術を利用できて大正解でしたね。

「もう、圧倒的にパワーありましたね、あのエンジンは。(F1のレギュレーションが)3リッターになってからは、シリンダーも大きくなって、もう横置きなんてできなくなりましたけど、もしF1が1.5リッターのままだったら、そのまま横置きでいっていたかもしれませんね」

佐野さんのお話を聞いていると、何かを開拓するというおもしろさがヒシヒシと伝わってくる。きっと当時は、Honda F1計画に係わっていたみんなが、目をキラキラと輝かせていたのだろう。できれば、タイムマシンに乗って、一緒に参戦したいと思う私でした。
トップページへ戻る 次のページへ
佐野教授の60’s F1物語へ 丸野エンジニアの手記へ 幻のHondaインディ計画へ 佐野教授とコレクションホールを行くへ 佐野教授の手紙へ 時代背景へ