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バイク少年本田技研へ 佐野教授の「60's Honda F1物語」

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白子の研究所の設計室で。木造の粗末な建物での多忙を極める毎日だったが、仕事は楽しかった。
ホントは天文学者になりたかった
(佐野彰一×高木理恵) 

知り合いの子どもが、何時間もミニカーのタイヤの動きを眺めているのを見て、男の子の「クルマ好き度」に感心したことがあります。そしてその子は、「大人になったらタイヤになりたい」と、私に野望を語ってくれました。 さて、60年代Honda F1の車体設計をした佐野さん。その少年時代には、どんな職業につきたかったのでしょう?

――あの、佐野さんは、子どもの頃から、クルマを作りたいと思っておられましたか?

「私は、星を見るのが好きだったので、望遠鏡を作って、夜になると裏庭でずっと空を見ていました。実は、天文学者になりたかったんですよ」

――うーん、とてもロマンティック! また、望遠鏡を自作してしまうというのが、いかにも佐野さんという感じです。でも、結局、その道には進まれなかったわけですよね。それはなぜですか?

「おやじにね、星が好きなんで天文学の勉強をしたいと言ったら、『お前、天文学者になって、どうやってメシを食っていくんだ?』と言われて……。それで断念した」

――おお、お父様は現実的!(笑)

「まあ、しょうがないな、という気持ちでしたね。そうしたら、世の中には航空学科というものがあることを知って、じゃあということで、進学する時には、この航空学科にしよう、と」

――なるほど、飛行機を作りたかったのですね?

「いや、星に近いというか、宇宙に一番近いと思ったので(笑)」

――これまた、わかりやすい! でも、その選択が大正解だったのですよね?

「ええ。そういう意味で、私も幸せだったと思うのですが、いま振り返っても、クルマというものは限界まで軽くしないといけないものなので、航空学科で教わったことは、すべて役に立ちましたね」

――しかも東大ですよね、もう、大変なお勉強をされたんでしょうね……。

「いや、実は東大に入るためにガムシャラに勉強したとか、そういうことはなかった」

――エエ〜! じゃ、もう何気なくって感じで……?

「ごく普通に勉強して、そして試験を受けたら、大学に入っちゃった(笑)」

――そ、それ以上言うと、みんなに、怒られちゃいますぅ〜!(笑)

「いや、そもそも私自身に野心がなかった。また、東大に入ってもとを取ろうなどという考えも、まったくなかったし……。まあ、結果的に見ると、もとは取れましたけどね(笑)」

野心がなかった、とおっしゃる佐野さんですが、それは、欲がなかったといえるのかもしれません。勉強もガムシャラにしていなかったとはいえ、佐野さんは、必要なことはちゃんと頭の中にストックしていたはず。
そして佐野さんが大学の航空学科で学んだことが、のちに、Honda F1マシンを作る上で、大きなインスピレーションになるのでした。

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