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佐野教授の手紙
8月20日イギリスからその4
サーティース宅に向けイギリスの田舎道を行く

 皆様いかがですか。東京は暑さが厳しいことと思います。幸いこちらは暑からず寒からずの良い季節です。但し天気は大変変り易く、全く予想出来ません。朝良い天気なので洗濯物を干すと午后にははげしい雨が降ったり、朝いやな雨だと思っているとすぐ晴れて快適な日になったりします。土地の人はALL SEASONS IN ONE DAY(一年中の季節が一日の中にある)と云っています。たしかに天気ばかりではなく、気温の上下も激しい様です。
 さてその后のこちらの様子ですが、仕事の方は今週でほぼ終りになり、特に書くべき事は有りません。但し図面以外に沢山の仕事が有りますが、これらは僕の仕事ではないのでただ良く見ているだけです。僕が一人でフラットに住んでいるので、まわりの人がみんな「さびしいだろう」と心配してくれます。みんな自分で料理を作るのかと同情してくれます。木曜日にローラの設計屋のマイケル・スミスさんが晩ごはんをたべに来いと云ってくれたので驚いてしまいました。特にそれほど親切だとは思っていなかったのですがそのうえ自分のうちはここから遠いので今晩は帰れないから泊って行けとのことですっかり恐縮しましたが、外人には遠慮は禁物とばかり、YESと云って連れていってもらいました。
 実はもう一人の設計屋のトニー君も彼のところに下宿しているので、ローラの設計室が移動したようなものです。トニー君の紹介が遅れましたが、彼は僕がローラにはじめて行った時は休暇をとっていたのでした。従って彼を含めて設計屋はローラには社長以外に3人いるわけです。オーストリア人のジョセフ君がむしろ新入で、今までローラの各車はエリック(社長)、マイク、トニーの3人が作っていたのです。
 さて、マイク(マイケルの略称)さんのロッドエンドがガタガタになったインプで出かけたのですが、驚くべきスピードなのです。常にフルスロットル。コーナーでは体がドアーにおしつけられるすごい運転。前の車とは1.5mと離れないで最高速で走るのです。いつもこんなに速いのかと聞くと、いつもはもっと速いと平然としています。
 彼の家はM4をロンドンと反対の方へ20マイルばかり行ったレデイング(READING)と云う我がスラウより少し大きい街の向う側なのです。云うなれば榎町(佐野さんが当時住んでいた新所沢の新興住宅地)のような新興住宅地で、同じ様なたてうり住宅の一つなのですが、さすがに日本よりは立派で、レンガづくりの二階屋で、一階が応接間と食堂、台所、2階が風呂、トイレと寝室が3つです。マイケルさんは聞いたら僕と同じ年の生れだとのことでいつもながら外人はふけて見えると云うよりかんろくが有るのに驚かされました。奥さんは小柄ですがとても親切で、この招待は彼女の力で実現した様に見られました。ちょうど宙彦君ぐらいの男の子がいるのですが、父親に良くにて外人でも赤ん坊はかわいいものです。食事といっても特別なものではなく、ふだんの晩ごはんをごちそうしてくれたのですが、なおのこと彼らの好意がうれしくなります。食事のあとで奥さんを含めて12時までいろいろな話をしましたが、奥さんはどこも同じで、学校のこと、給料のこと、子供のこと、などの質問をします。皆の話しを総合すると、僕のクラスでは、この国ではマイケルさんよりも良い給料をもらえるだろうとの事ですが、彼の生活は、給料は少し良いが、物価が高いので、まあ、僕と殆ど同じか、少しひくい様です。彼の家は土地が80坪ぐらいで上記の建物で450万とのことで、ここでは我が家クラスなのです。一番良い寝室でとめてもらったわけですが、すべて清潔で好意に満ちていて、今迄の海外生活では感じられない楽しさを体験しました。


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