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佐野教授の手紙
7月31日イギリスからその1
佐野青年のイギリス生活が始まった

 見送り有難うございました。出発がさらに遅れたので帰りが大変だったでしょう。子供達はどうしましたか?
 こちらはもちろん無事ロンドンへ着きました。途中アンカレッジ、コペンハーゲン、ハンブルグ、フランクフルトはみんな日本よりかなり北にあるのですが、とても暑く夏はどこでも同じ感じでした。但し幸いロンドンは例外で非常に涼しい。上衣を着ていても少し寒い感じがします。太陽がカンカン照れば日なたは暑くなりますが、日陰では涼しく、夜は毛布を3枚かけても少し寒い程です。
 我々の本拠はロンドンの中心から西へ約20マイルにあるスラウと云う古い町です。位置だけに関していえば東京では地図の感じで中央線に沿って、立川か八王子といったところです。すぐ南にウィンザーが有り、宿舎のベランダから城がM4のすぐ向うに見えます。女王がいる時は旗が上っています。
 M4と云うのはイギリスのほこる最新のハイウエーで、モーターウエーと呼んでいますが、ロンドンの西部から西へ向っている片側三車線のフリーウエーで、制限速度が70マイル/時、標識、インターチェンジも完備していてアメリカ並です。その上無料です。既にロンドン市の南環状線を車で走ったのですが、一般の道路はみんな狭く、その上曲りくねっていて、東京の方がまだ良いくらいですが、このM4は東京では第3京浜がなんとか匹敵出来る程度です。聞くところでは、この道路は女王がウインザーの城へ通うために特に早く完備したとのことで、すべて女王陛下ならではのところが、どこかの国を思わせられて苦笑します。
 この町とロンドン市街の間のM4の南側にロンドンのヒースロー国際空港があって、ちょうど宿舎の上を離陸した飛行機が通ります。さすがに発着が多く、プロペラ機がのんびり上昇していると、うしろからジェット機がすぐ飛び立って来て追突しないかと思う程です。
 我々の宿舎はこの古い町の中くらいある新しい5階建のビルの一番上にある貸室ですが、1つ当り、寝室2つ、リビングキッチン、料理室、風呂、トイレがあり、No.1とNo.2の2つを借り切っています。中は広く、きれいで近代的です。要するにマンションです。
 テレビはチャンネルは2つしかありませんが良く見えます。番組は堅いものが多く、ターザン、アイスパイ、ロビンフッド等をやっています。台所は電気式レンジが有ってすべて電気でやります。貯湯式の湯沸しも有っていつも90℃以上の湯が使えます。食事は全部自分で作るのはめんどうですが、材料は我が家より豊富です。ミソ、しょうゆ、米、ソバ、ラーメン、のり、しんこ、つくだに、等、日本のものはイギリスホンダのおかげで不自由しません。洋食なら、スーパーに行けば好きな材料が買えます。
 金曜にこちらに着いたわけですが、チームはドイツGPの準備が終ったところで、殆ど仕事はありません。僕の仕事も協力者がアメリカから帰ってこないので特に仕事はなく、土曜はトランスポーターにF-1を積み込んで、新しく作る車のことをジョン・サーティースと打合せて終りました。宿舎とガレージとは車で6〜7分程で、近くて便利です。

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