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23.シャトーブリアンとグレープフルーツ

 仕事が厳しく忙しければ忙しい程、お腹の空く若いF1チームのメンバーにとって食事は大きな楽しみであり、慰めでもあった。ただ此の頃のヨーロッパでは日本食にありつけないのが多くの日本人にとって悩みの種だった。
 そのせいもあって、アムステルダムの整備基地から昼食を買いに行く私に何時も難しい注文が出された。最初はいろいろなサンドイッチの取り合わせとコーヒーやジュースを買ってきた。しかしホテルのコンチネンタル・ブレックファーストが、直ぐ空になるお腹には満ち足りず、夕食が待ち遠しい結果になった。
 あれこれ様々な食べ物を試したあげくに落ち着いたのが、パサパサではあるが長い米粒のご飯を付けた中華料理に、支那茶を添えたテイクアウトだった。
 商売上手な中国料理店のおやじさんともすっかり顔馴染みになった。「今日はこんなのがあるよ」とか「これも旨いからたべてごらん」と、オマケに貰っているうちにザーサイを見つけて、只で沢山付けて貰った。
 これで我々の中華昼食が定着することになった。

 中華のテイクアウトに飽きると、気分転換に近くの立ち食いカウンターだけのランチ屋に行くこともあった。店の入り口の屋台では、生ニシンの片身のシッポををつまみ上げて勇ましく口に放り込んでいる。「どうだオマエも食べてみないか」と誘われたが生臭そうで辞退した。
 中に入ってパスタを食べながら気になったのが、お皿にドンブリをひっくり返した様な形に生の挽き肉が盛ってあるやつ!タルタルステーキというらしいが、桜色の完全な生肉である。それをフォークで何もかけずに平気で食べている。
 精が付くということだ。またお腹をこわした時に食べると良いという。オランダ人はいったい何を食べるとお腹をこわすのだろう。


 アムステルダムからモナコへ行く途中のディジョンでは、エスカルゴが旨いぞと勧められた。しかし梅雨時に石垣を這いずるあのカタツムリを食べてお腹をこわし、レースに負けては研究所の皆に申し訳ないと思って食べなかった。
 ところが後年、何回かパリに出張しているうちに、エスカルゴが旨いのに気が付いた。しかもディジョンがエスカルゴの名産地だという。
 日曜日、ディジョン見物に行ったついでにエスカルゴの専門店はないかと散々探したが見付からず、あきらめて遅めの昼食を食べようと入った駅前のレストランのメニューにエスカルゴを見つけた。これがただニンニクと塩コショウのバター焼きなのだが、何と旨かったことか。殻の奥に残ったスープはもちろんの事、エスカルゴが一つづつ置いてあった皿の凹みの底に溜まった味の滲み込んだ少しのバターもパンできれいに拭き取って食べてしまった。大満足だった。
 F1の時にも美味しいカタツムリをたっぷり食べれば良かったと悔しがってる私を、TGV(仏新幹線)は時速300kmでパリへ連れ戻した。


モナコの魚屋さん
私にとって最初のレースは、緊張の連続
何を食べたかほとんど覚えていない

 モナコは我々にとって最初のレースだったのでとても緊張していて頭の中にはF1の事しかなかった。毎晩どこで何を食べていたのか全然記憶に残っていない。
 ただ、その頃東洋人は1人も見掛けなかったモナコの街で、醤油を発見した事だけは忘れられない。
 食料品店の大きなショーウィンドウに並んだ色とりどりの食材の真ん中に、一本だけ突っ立ていた封を切っていないキッコーマンの黒っぽい一升瓶が、強烈な謎として今でも私の頭の中に突っ立っている。誰が、誰を料理する、いや何を料理するのに使ったのだろうか。


 ベルジャンGPの時のホテルは、コースに近い道端にあるひなびた建物だった。昔は馬小屋だったいう別棟の食堂で年季の入ったテーブルの上に毎晩出てきたのは、ホテルの主人夫妻が料理してくれるラムステーキだった。
 しかし、ラムというのは子羊だ。どこか物悲しい泣き声とあの無邪気な顔が思い浮かんで、ナイフもフォークも持ち上がらない。でも他に食べる物がないので仕方なく口にすると、これがどうして牛肉より味があって旨い。しかも毎晩食べても飽きないし、さすがにこのホテルの定番だけの事はある。それにお代わり自由も嬉しかった。それ以来、ヨーロッパやアメリカの不慣れなレストランでは、旨いかどうか分らないビーフステーキよりもラムステーキやラムチョップを注文するようになった。


 フランスの中央山岳地帯にあるクレルモンフェランには、ミシュランタイヤの工場もあるが、周りは牛や羊の放牧が盛んで牧歌的な土地柄だ。
 いつも旨いものをたらふく食べていそうな市長が、レース前夜の歓迎会で、「オーヴェルニュ名産のブルーチーズをたっぷり食べて行ってください」と挨拶をした。
 いろいろな種類のチーズを並べたザルを持ってギャルソンが回って来たので、隣のメザース君に聞いた。
 「どれが旨いの?」
 「これは薄い塩味、これは滑らかな舌触り、これはコッテリしている」
しかし味は他人の舌先の言葉からはなかなか伝わって来ない。「これとこれとこれ」と指差すと、ギャルソンは厚さ5cmはあるチーズを3種類、7cm位の3角に切って私の皿にのせた。
「いや、こんなには食べられないんだよ もっと小さく切ってくれないか」と言っても後の祭り。ギャルソンは笑って取り合わない、また何時もの失敗だ。ここではチーズの一切れが日本の10倍だったのを忘れていた。
 ブルゴーニュワインとぴったりで絶妙に旨いのだが、もう食べきれない。ああ、ミシュランタイヤの様な市長のお腹を借りたくなった。


 イギリス料理に旨いものはないという人がいる。
 大戦中の飛行機の格納庫が残っていたシルバーストーンのレース場にはまだ大した建物も建っていなかった。恐らくみんなが昼食を食べられる充分なレストランもなかったのだろう。朝ホテルを出る時、コックがサンドイッチの入ったバスケットとリンゴジュースを持たせてくれた。
 プラクティスの準備も整って、レンガ造りのピットの裏の芝生でバスケットを開けてびっくり。ローストチキンのスライス、生ハムにレタス、キングサーモンの薄味スモーク、キュウリに塩をまぶしただけのもの、それにローストビーフなど、ホテル・キングス・アームズのコックが王様の腕にヨリをかけて作った、贅沢な具がいっぱい挟まったサンドイッチが詰まっている。みんなで奪い合うように食べて、さわやかな味のリンゴジュースを飲んだ。
 一息ついて麦畑の上の青い空に浮かぶ白い雲を眺めていたら、イギリス人のピクニックの楽しさが少しは味わえたような気がしてきた。


 オランダGPが終わって一旦日本に帰ることになり、バックヤードいっぱいに部品箱を並べて送り返す荷物を黙々と整理していた昼過ぎ、監督が、
「今夜は御苦労さん会をやろうよ」
と提案してみんなを喜ばせた。
組立、調整の神様と称され、ヨーロッパの二輪レースでホンダチームを率いて連戦連勝し、F1チームではオジィチャンと親しまれた関口久一監督と筆者  夕方になって、アムステルダムの住人メザース君が選んでくれたレストランへ出かけた。「費用はチーム持ちで、何をオーダーしてもよろしい」という監督の寛大なお言葉に、一同意気込んでメニューに目を走らせた。
 私は肉料理の中で一番高価な、シャトーブリアンをメインにした。シャトーブリアンとシャトー・ブリアン「光輝く館」を勘違いしていた。美味しそうにやけてツヤツヤと輝き、館のように堂々とした肉のかたまりに違いない。
 ところがシャトーブリアンは、人の名前だということを、ずっと後になってから知った。
 デザートはメニューの中にグレープフルーツ(葡萄状果物?)を見付けたので、勇気を出してとってみることにした。英語の本で「たわわに実を付けたグレープフルーツの木」などと読んだことはあったが、その木を見たことはなかった。ザクロの皮をむいたような形の果物かも知れない、と想像していた。

 外国を旅行していると、料理の味も形も分らないメニューでオーダーしなければならない。どんな料理がでてくるのか、不安と期待が行き交う内心を押し隠しながら冗談を言い合うのにも慣れてきた皆が、シャンパンで乾杯。
 前菜とスープが終わると、真っ白い皿の上に、大きめの蕎麦猪口を伏せたぐらいの固まりで鈍く光って旨そうな香りの、正に「光輝く館」といったシャトーブリアンが、丸く削った小さなフライドポテト達を供なって目の前に現れた。
 ナイフを入れると、ミディアムレアに焼けた肉の色が何とも美味しそうだ。口の中でとろけるように柔らかい。香ばしい味と香りが舌の付け根まで染み渡る。
 いやー、やっぱり今まで食べたビーフステーキの中では飛び抜けて旨い。小さく見えた固まりも案外量がある、と喜んでいると、隣人が私の横腹をつついて、
「デザートは何を頼んだの?」
「グレープフルーツだよ」
「さっきから後ろのテーブルでボーイが悪戦苦闘してるけど、あれかい?」
私も気になって、ちょっと振り向いてみた。
 高級レストランはボーイの教育が違う。夏みかんのようなものを、指では一切触れずにナイフとフォークだけで皮をむき、一袋ずつ袋を剥がして中身を取り出している。
「まだデザートの出番じゃないのに、時間がかかるから今からやってるのかな?だけど本当にあれがグレープフルーツかなあ。葡萄とは似ても似つかぬ形だけど」などと考えながらサラダを済ませた。
 すると、あの夏みかんの中身がお皿に盛られて私の前に置かれた。ヤッパリこれがグレープフルーツというものなんだ。ボンタン味の夏みかんと言ったところだが、果汁もたっぷり、香りもさっぱりしていてシャトーブリアンの後にはピッタリだ。美味しい。
 今夜はボーイに大奮闘してもらったので、大枚のチップをテーブルに置き、チーム全員の会計を済ませて爽やかな夜更けの街に出た。