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21.ザンドフルト

 アムステルダムにベースを置いた理由の一つは、鈴鹿サーキットを設計したフーゲンホルツ氏の手になるザンドフルトサーキットが近くにあって、手軽にテストに行ける事だった。
 実際、羽田からアムステルダムに着いたその日のうちに予約を取って3日後には日本から送られて来たF1をチェックするために、ザンドフルトで走らせた。1時間もかけずに行けるサーキットに、日本から送られて来る部品を組み込んで度々テストに行った。

 北海に面した海岸の松林の中を走るザンドフルトサーキットには、いろいろな動物が住んでいるらしい。
 何周か走ってピットに戻ってきたバックナムが、コースの向こう側でこんなに大きな蛇を踏んじゃったと親指と人差し指をまるめて見せた。裏の方には野ブタもいるから気を付けた方が良いと、ギンサーに忠告して片目をつぶった。
 夕方になってそろそろ終わりにしようと言ってる時に、ギンサーがラジエーターとフロントサスペンションに羽毛をくっ付けて帰って来た。コースを横切った鴨の群れを避けきれなかったと言う。ひっきりなしに車が走るレースの時と違って、たまにしか車の来ないテストの日には、動物達も気が緩んでいたのだろろう。
 ザンドフルトのサーキットは、そんなのんびりしたオランダのひなびた海岸にあった。

 このコースは我々専用ではないから、他のチームのテストにぶつかる事もある。そんな時にはテスト見物をしながらコースが空くのを待つしかない。
 車の修理屋らしい夫婦と友人達が、息子が乗るF2(1000cc4気筒)を油まみれになってチューニングしては走らせ、テスト品を組み替えては走らせている微笑ましいチームにも出会った。来週インターナショナルレースがあるから準備しているのだと言う。
「インターナショナルレースって、どんな国の選手が集まるの?」
「ベルギーとドイツの連中が少し」
 日本人がインターナショナルレースと聞くと、アメリカやヨーロッパやアジアなど世界中から海を渡って人が集まって来る様な感じを受けるが、ヨーロッパの人達は、隣の人が国境を跨いで来ればそのレースはインターナショナルレースというようだ。ごもっともだが、インターナショナルという言葉から受ける語感が、我々とは随分違う様な気がした。
 F2のもう一つ下のFVもいた。フォーミュラーVはフォルクスワーゲン・ビートルからボディを外した床だけの裸のシャーシーに、エンジンとシートを一つだけ付けた、世界中で最も安上がりなフォーミュラーカーだ。これに思いっきり派手な色を塗って楽しんで走っている高校生のグループもいた。ヨーロッパではこの辺からモータースポーツが始まるのかと羨ましく思った。
 コースの入り口近くには、広いコンクリート舗装の上に水を薄く張って滑り易くしたスキッドパッドがある。ドリフトやスピンを体験させて、ドライビング・テクニックを教えてくれるスクールなのだ。ここはモータースポーツを楽しむのに、この上ない環境だ。
 こんな光景をメインスタンドに座ってのんびり眺めて時間を潰している人達もいて、やっぱりヨーロッパは豊かで余裕があるなぁと、まだ貧しかった60年代の忙しい日本を思い出していた。
 そのメインスタンドの裏は遠浅の広い砂浜だった。アムステルダムから20kmしか離れてないポピュラーな海水浴場ということだが、5月中旬に来た時はさすがに北海に面した此のビーチに人影を見ることはなかった。

 7月10日のイギリスGPが終わって帰って来てみると、オランダもすっかり夏になっていた。アムステルダムの王宮前ダム広場では、話には聞いていたが初めてお目にかかるアメリカ人のヒッピー達が、上半身裸でギターを弾いていた。その側で学生達が「1日5ドルでヨーロッパを旅する方法」という本を片手に、何処に泊まって何を食べるか研究し合っていた。
 ホテル・ボルグマンの窓の下に見えるフォンデル公園では、恋人達が夜通しさまよい歩いている。眠りを妨げられて怒ったのか午前3時にもなると、今度は北国からの鳥達が大声ではしゃぎだし、こちらは眠っていられない。

ザンドフルトビーチ 眠気を振り払ってテストに出掛けたザンドフルトの砂浜にも夏が来ていた。色とりどりのキャンバスで、がっちり風よけを付けたビーチチェアーやビーチソファーが太陽に向かってぎっしり並んでいる。その中では水着の男女が本を読んだりお喋りしたり、日光浴を楽しんでいる。水着を着ていても泳ぐ訳でもない、せいぜい子供達が波打ち際をピチャピチャ走り回っているだけだ。
 ここは本当に海水浴場なのだろうか。
 その後私が住んでいたアメリカにも、人は泳がないがピクニックに行く冷たい海水の浜もあれば、沢山の河童どもが泳ぎ戯れて、レスキュー隊が目を離さず監視している立派な海水浴場も沢山あった。
 これらの砂浜は海岸、湖岸、河岸を問わず又泳げる泳げないを問わず、すべて「ビーチ」と呼ばれていた。サンタモニカ・ビーチとかデイトナ・ビーチのように。

 だからそのビーチが泳げるか泳げないかは、そこに行って見ないと分らない。その点日本の海水浴場という言葉は「海水に浴する場所」と、具体的で分り易い。
 ところで、オランダ人はザンドフルトのこの砂浜を、オランダ語で何と呼んでいたのだろうか。それを「海水浴場」と訳したのは、日本人の早合点だったのだろうか。

 

ツルーヴィル海岸 それから30年後の1995年ザンドフルトからドーバー海峡を右手に見て、南に400km(仙台から小田原)位しか下らないフランスのノルマンディーのツルーヴィルを訪れる機会があった。そこの駐車場から広い砂浜の海岸へ出る所に「水着を着ないで泳いではいけません」という分り易いマンガ付きのツルーヴィル市が作った看板が立っていた。
 ザンドフルトでは水着を着ていても泳がないのに、たった400kmしか南に下がらないツルーヴィルでは暑くて水着も着ちゃ居られない、そんなに水温の差があるのだろうか。
 もしかして30年間の地球温暖化で、ザンドフルトでも泳いでいるのだろうか。それともこれは、オランダ人とフランス人の情熱の温度差なのだろうか。