MENU

HONDA

検索
19.ロッテルダムからフェリーでイギリスへ

 クレルモンフェランのレースの朝、ホンダのピットにフランコルシャンでも顔を見せていたロンドンの高校生3人組が又姿を現した。
 何とか話しのきっかけを作って友達になりたいらしいが、忙しい振りをして出来るだけ捕まらないようにしていた。彼等の喋る英語が大変分りにくくて、何回聞き直しても何を言っているのか、さっぱり分らないから敬遠していたのだ。
 ヨーロッパ大陸の人達が外国語として習った英語の方が、学校で英語を勉強した我々には、よっぽど分り易い。

 何年か前和光研究所で、外人が何か喋っているがぜんぜん分らないからちょっと来てくれ、と守衛所から電話があった。
 メルボルンから来たという朗らかな観光客が2人いた。何回か聞き返しているうちに、「ホンダの工場を見に来た」と言っているらしいことがやっと分った。
 「ここは研究所でお見せ出来ませんが和光工場へはこの道を行ってください」と地図を渡してお引き取り願った。この人達の英語も、これは本当に英語なのだろうかと思ったほど変わった英語だった。
 そういえば「マイ イングリッシュ イズ パルフェクト」と言っていた学生時代のインド人の友人も凄かった。
 後年ロスアンジェルスに駐在しアメリカ中を渡り歩いて、ルイジアナの田舎のねっとりした英語や、カリフォルニアのアフリカ系アメリカ人の英語などいろんな種類の英語を聞いた後だったら、そんなに驚く事はなかっただろう。
 しかしその頃、イギリスではきれいなクイーンズ・イングリッシュだけが使われていると思い込んでいたので、そのイギリスの首都ロンドンの高校生の英語がこんなに解らないなんて世間知らずの私には大ショックだった。

ロッテルダムの港でイギリスに向かう船が水位調整用のロックに浮かんでいる

 そのイギリスに向かって、フェリーで北海を渡ろうとロッテルダムの港にやって来た。
 今まで使っていた左ハンドルのレンタカーを返し、F1を積んだトラックをフェリーに乗り入れてデッキに上がった。何か変だと思って見下ろすと、我々のフェリーはロックの中に浮いていたのだ。ロッテルダムの港は干満の差が大きいのだろう、岸壁に対する船の高さを一定に保つ為に船着き場はロックの中にある。
 オランダでは国中に張り巡らされた沢山の水位の違う川をロックで水位を合わせて船を走らせている。これからイギリスへ出港しようとする船がロックの中に浮いていても誰も異様に思わないらしい。
 しばらくすると、ロックの中にじゃぶじゃぶと水が注ぎ込まれ回りの水面と同じ高さになったところでゲートが開いた。フェリーはやっと自由の身になって”新マース川”に浮かんだ。
ロッテルダム港  でもこの川は本当はライン川の下流のはずだ。第二次大戦中、国土の1/4が海面下のオランダにとって、命より大事な堤防をドイツに壊された。そのドイツを延々と流れ下って来たラインの名を嫌い、ベルギーを流れて来たマース川と繋いで”新マース川”と呼んでいる様だ。

 それから1時間近く延々と新マース川を下り、ユーロポートの石油コンビナートを過ぎて、ようやく北海に出た。
 高緯度の夏の夕日は沈みそうでなかなか沈まない。赤から赤紫に、赤紫から青紫に次第に移り変わってゆく空の下で初めて見る北海は深い青色だった。
 私が週末、気分転換にエンジンの音のしないヨットでレースをやっている湘南の海ともコートダジュールの明るい海ともまったく異なる海だ。何か変わった事が起きるのではないかと、しばらく船室の丸窓から水平線を眺めていたが、連日の疲れでいつの間にか眠ってしまった。
 学生時代に乗った青函連絡船以来の慣れない船旅。浅い眠りを少しは寝たかなと時計を見ると午前4時。なのにキャビンの窓は、もう白っぽく明るい。
 眠たい目をこすってよく見ると、どうやら船はテムズ川に入って来たらしい。大分スピードを落としているし、波も静かだ。
 朝日に輝く一面の白い霧を透かして港のクレーンや倉庫が、薄く微かに見えて来た。白いキャンバスに木炭で描き始めたデッサンの様だ。
 「さあイギリスに着いた」と思った瞬間目が覚めたが、何となく起き上がりたくない気分だった。

 フェリーを降りてトラックの積み荷をチェックし、右ハンドルのレンタカーを借り直した。ヨーロッパに来てやっと慣れた右側通行から頭を切り替えて、テムズ川沿いにロンドンへ向かって霧雨の中を走り出した。生まれつき右側通行のフランス人運転手達は、初めての左側通行に戸惑っているのか調子が出ないようだ。ロンドンの街を突っ切る時に、英語を話せないフランス人が迷子になってはまずい。左側通行に慣れた日本人が前後をレンタカーでピッタリ挟んで走る事にした。
 混み始めたロンドンの街をどうにかすり抜けて郊外に出ると、ロータリー(イギリスではラウンドアバウトというらしい)に突き当たった。信号がないから電気代が節約できて、いかにもイギリス人らしく経済的だし車が来ないのに信号を待つ必要も無い。しかし一旦停車して、ぐるっと半周回らないと直進出来ない。またロータリーの中を車がびゅんびゅん走っていると、いつ入っていけば良いのか慣れないとタイミングが取りにくい。
 躊躇していると後ろに長い行列ができるからエイヤッと飛び込むと出るのがどの道だったか分らなくなってぐるぐる回ったりする。何周回っていてもよいのだそうだ。
 後年、パリのエトワール広場を車で横切りながら、渋滞している間に横に並んだ車を数えてみた。11列になって凱旋門を回っていた。しかも12本の道路を結んでいる世界最大のラウンドアバウトだ。ここを擦り傷一つ負わずにスイスイ列を変えてくぐり抜けるには、信号が赤でも車が来なけりゃさっさっと渡ってしまう、あの融通の利くパリジャンのエスプリがなければダメなのだと思ったものだ。

 ラウンドアバウトも何とか抜け出して走っていると、イギリスの道路が昨日まで走っていたヨーロッパ大陸の道路とは何か違っているような気がしてきた。フランスでは、どんな田舎道のカーブも必ずバンク(内側が低く傾斜)になっていた。それとは対照的にイギリスではバンクのないカーブの路面を横滑りしないように、ざらざらに舗装してある。
 イギリスのスポーツカーのサスペンションが、ガチガチに硬いのは、この滑らない平坦なカーブを高速で走り抜けても車を傾かせない為かもしれない。
 スポーツカーのサスペンション・スプリングがあんなに硬いのだから、もっと速いイギリスのF1のスプリングは、石みたいに硬いのではないか。
 ある時レース場でロータスのF1の車体をこっそり揺すってみた。意外や意外、大変柔らかい。そうか、サスペンション・スプリングは柔らかくし、アンチ・ロールバーを堅くして車が傾かないようにしているのか。そうすれば、二階建てバスでも転ばないでロンドンの街を走り回れるんだ。などど素人なりに納得したことがあった。

 イングランドの田舎を物珍しく眺めながら走っているうちに、シルバーストーンのレース場に近いということでホテルを予約してあったBicesterという町に入ってきた。車を止めて、おばあちゃんに道を聞いた。
「バイセスターのキングス・アームズというホテルはどの道を行けばよいのですか」
おばあちゃんがけげんそうな顔をしているので、こちらの発音が悪いのかと、また少し自信をなくして手帳の住所を見せた。
「ああ、ビスターのキングス・アームズはそこよ」
指差す方を見ると、もう目と鼻の先に旅館といった方が良いような木造二階建の随分古びたホテルが、うっそうと茂った木々の間に見える。
「でも、バイセスターのキングス・アームズ…」
と言いかけると、
「バイセスターじゃないの、ビスターと読むの」
「はあー、そうなんですか…..」
 Manchesterはマンチェスター、Lancasterはランカスターと、「che」も「ca」もちゃんと読むのに、Bicesterは真ん中の「ce」をすっとばしてビスターと読むのか。
 フランス語はほんの少しの例外を除いて、ほとんどの言葉を規則通りに発音するのに、英語は不規則な読み方が多すぎる。
 だけど日本では御徒町や先斗町を、オカチマチ、ポントチョーと読むのだと外国人に教えれば、
「ドウシテデスカ?ソンナノナイヨ!」
と反発されるだろう。それだけではない。団扇(ウチワ)や剃刀など、とても外国人には読めないだろう。「剃刀」を眺め回して、書いてもない字を「カミ」と読み、それから最初の字を「ソリ」と発音し、「刀」は黙って飲み込んで意味を納得する。鋭くキレる日本人でなければ出来ない技だ。まあ、お相子というところか。いや、下手をすると日本語はメチャクチャだとイギリス人に言われるかもしれない。

 「今夜はキングス・アームズ(王様の両腕。クイーンじゃなくて残念だが)に抱かれておとなしく寝るか」と、部屋割り担当の私はホテルのフロントでチームメンバー全員分のチェックインをした。それから、
「後で河島取締役と中村所付が来るからよろしく」
と、頼んだところ、(前もって予約を増やしておけばよかったのだが)
「もう満室だから隣のキングス・ヘッドに泊まってくれ」
ときた。キングス・ヘッド(王様の頭)はどんなに大きく立派なホテルかと思って外に出てみた。何だ、王様の片腕分ぐらいしかないちっぽけな旅館。
この辺の人達は、王様を尊敬しているのか、からかっているのか、さっぱり分からない。
 シェークスピアが生まれ育ったストラトフォード・アポン・エイボンから50Kmしか離れていない、このビスターの人達は、ずいぶん芝居気が強いようだ。
 しかし「キングス・ヘッド」という名前は社長向きでも、これでは貧弱過ぎてホンダの役員に泊まってもらう訳にはいかない。仕方が無い。若いメカニック三人に我慢して「王様の頭」に枕を並べて寝てもらうことにした。